episode60 : 強者と英雄

「君たち、やるね」「すごく強い」


 マキナとルナを相手に、未だ善戦する相手がいた。


 一橋家の代表。双子の兄妹、一橋れいと一橋真衣まい。年齢は19歳、俺より歳下だがその能力は高く、現在の一級第2位に位置している。


 現在のギルドマスターの娘息子らしく、本来全ての能力を一人で使えるところを、二人で使える能力が別れていて、二人で一人の代表として扱っている……とか。


「いくよ真衣。――遠隔設置・爆撃」


 兄の能力は設置と破壊。

 魔法陣を刻んだ宝石を使って遅延型の魔法を設置、また設置した魔法陣を無理やり破壊することもできる。


「にぃ、了解。――起動術式・発動」


 妹の方は起動と修正。

 兄が設置した魔法を任意のタイミングで起動させたり、魔法陣の内容を書き換える能力。


「…………」


 マキナは投げられた宝石を避けるが、真横まで飛んできた宝石は空中で突如爆発する。

 爆風にあえて逆らわず、マキナは兄妹から距離をとる。


「にぃ、あいつ避けるの上手い」「厄介だ」

「けど、避けるだけじゃ僕たちには敵わない」「ん、生意気な新人には負けられない」


 そう睨みつけるのは俺の顔。

 歳下のガキから睨まれるのは、あまりいい気分じゃない。しかしまぁ、舐めていたじいさんは倒したし、少しはこちらの戦力を理解しただろう。


「双葉のじいさん、やられちゃったね」「やられちゃった」

「でも、あいつも生意気だったよね」「生意気おじいちゃん。倒されて清々する」


 ……そうでも無いらしい。子どもにボロボロに言われる老人、可哀想。

 というか、あのじいさん、仲間内でも腫れ物扱いだったのか。あんな性格であの弱さじゃ、老害だなんだと言われてもしょうがない。


「……貴様らは、己の仲間をも侮辱するのか」

「わっ、こいつ喋った」「言葉が分かる」


 倒された双葉を散々に言う双子に、マキナが口を開いた。


「やはり、人間とは実にくだらない生き物のようだ」

「何こいつ?」「知らない」


 何故か少し怒っているみたいだが、"人間"と主語を無駄に大きくするのは辞めてもらいたい。一応、お前の主も人間なんだぞ。


「まぁいいや。倒そ」「ん。――術式修正・水雷弾」

「――近接モードに移行」


 マキナの周囲に転がる宝石のうち、青色に輝く石たちが淡く輝きを放つ。その瞬間、マキナを狙う無数の水弾が発射される。


「まだまだ。――魔法陣破壊。――設置・グラビティホール」

「――起動術式・発動」


 防御姿勢を取ったマキナへ、回避を封じるとばかりに強力な重力の領域が展開される。足元が固定されその場から動くことが出来なくなったマキナ。


「勝ったね」「あと1ぴき」

「シールド展開――多重障壁」

――疾走


 動けなくなった程度で倒されるのならば、とっくに神に敗れている。

 雷と水が弾け白い煙に覆われた場所から、四角い防御障壁だけが姿を現す。


「……いない?」「おかしい」

「ターゲットロック。――速射ラピットファイア


「なっ、真衣後ろ!」「ウソっ。――術式修正・水晶壁」


 死角からの速射。

 しかし、双子の強みは役割が分かれていることと、魔法を事前に仕込んでいること。


 反応が遅れた速射にも対応できるだけの発動速度を持つ。


「無駄だ」


 俺の従魔の中で最も速い速射を防がれたと思ったが、マキナはそれも想定していた。


――パキン


 たったで、神の攻撃も防ぐ魔法を断ち切った。これには余裕そうだった双子の表情からも笑みが消える。


「な、んだよ……それ」「やばい」

「魔法を無効化した程度、驚くでない」


 キラキラと水晶が舞う中、剣と銃を握ったマキナが輝いていた。美少女な姿も相まって、美しさまで感じる。


「今までのは本気じゃ無かった……のか」「ついに、本気?」

「何を言っている」


 驚く双子を相手に、マキナは堂々とした立ち振る舞いで彼らを振り返る。

「我が主より、"全力でもてなせ"との命令だ。"殺すな"とも。その命の元、我々が全力を出すことはあっても、


 全力と本気の何が違うのか……というツッコミはこの際置いておこう。

 マキナの言い放ったその気持ちに嘘はなく、だからこそ彼ら双子にマキナの言った言葉がどのような効果をもたらしたのかは明確だ。


――なめられている。


 それも、絶対に本気にはならないという煽り文句付きで。


「こ、こいつっ……!!」「ふざけんな」


 それは、生意気なじいさんを見下すほど高いプライドを持つ双子に対する圧倒的な挑発行為でもあった。

 結果としてマキナの予想通りに双子は怒りを顕にし、そんな彼らを見てニヤリと笑うマキナの性格が全面に出ている。


「奴の小賢しさは天下一じゃ。いつもなら憎たらしいと思うところじゃが、今回ばかりは褒めたいの」

「……お前は戦わなくていいのかよ。あんなに意気揚々と出ていったのに」


 いつの間にか俺の隣に戻ってきていたハクが、マキナの煽りに賛同して笑っていた。


「そのようなことを言うでない。お主の助けが必要じゃと思って戻ってきたのじゃぞ」

「それは…………、余計なお世話になって欲しいな」


 俺はマキナたちの戦闘から目を移し、全ての戦闘をかいくぐってやってきた一人の女性へと向き直る。


「わざわざ俺が全ての戦闘を見て回るまで待ってたのか」

「…………不意打ちとは、卑怯者のやる事です」

「不意を作るのも戦略だと思うが」

「……では、私の信念が待てと言っておりました」


 彼女はかなり早いうちに俺の近くまでやって来て、しかし攻撃を仕掛けることも無く、俺が全ての戦闘を見終えるまで待っていたのだ。


 睦美詩佳しいか。資料では神剣使いだと書かれていたっけ。一級第四位。特に対人戦、対人型の魔物において最強であると謳われている。


 そして、何よりも彼女を最強たらしめている最大の原因は、彼女のにあった。


――神眼

 その眼は遥か未来を見据え、天命すらも切り裂くとされる。

 ただしそんな絶対防御をも超える絶対回避な眼に代償が無いはずもなく、彼女が背負う代償はあまりに重かった。


 彼女には、のだ。


「最後までご覧にならずよろしいのですか」

「いいさ。どうせマキナが勝つ」

「信頼されているのですね」

「まぁな。少なくとも、お前らみたいに権力やら等級を守るためだけの関係とは違う」

「耳が痛い限りです」


 常に閉じられた眼。

 けれど、確実にこちらを捉えている。


 俺の嫌味を込めた発言には苦笑いで返し、こちらの無礼な発言を咎めることも無い。


 落ち着いていて、丁寧。七瀬リーダーと似た物腰だが、彼の底知れない性格と違い、どこまでも真っ直ぐな物言い。


 純粋で綺麗な心とは、きっと彼女のような人が持っているのだろう。神が彼女にその眼を与えたとすれば、それは正しい選択であり、……なんて酷いことをする。


「俺自身の実力は見ておきたい……ってとこか」

「そうです」

「悪いが手加減はしないぞ」

「望むところです」


 神に彼女に、神と敵対する俺が向かい合っているのは、果たして偶然なのか。


 だとすれば、彼女は既にこの結末を知っているのか。

「……まぁ、くだらないよな」


 必然?天命?

 んなものはクソ喰らえだ。


 俺は既に神を殺している。神が全てを見据えているのなら、そんな結末はありえない。確定した未来なんてつまらない。


「全力で行く」

「負けません」


 俺が勝つか、彼女が勝つか。

 結果よりも、過程を楽しもうじゃないか。



 ……あぁ、なんだろう。

 大見得切ったのはいいが、こりゃ大変だ。

 武器を手にし、相対して分かる。全く隙がない。


 どこから攻撃を仕掛けても有効打になりそうもない。迂闊に前へ出れば、狩られるのはこちら側。

 だが、このままじっとしても居られない。


「ハク、お前は援護に徹してくれ」

「了解じゃ。もしもの時は下がってくるが良い」

「その可能性みらいはゼロだ」


――飛翔加速


 先に飛び出したのは俺。

 転移にも近い速さで宙を駆ける。


「――気配斬り」


 キンっ、と刃同士がぶつかり合う。

 今のは九重家の男が使っていた技。


「私の剣の師匠は彼ですから」

「俺の心まで読まないで貰えますか……ねっ!!」


――ロックブラスト


 俺は剣を押し出す反動を使って後ろへ飛び、後退の隙を魔法で補う。


 彼女の足元を狙った数発の岩弾。

 彼女は回避するまでもなく、全て剣で切り落とす。


「――一閃」

――水晶壁


 俺と彼女との間に生み出した鉄壁の壁も、彼女の一撃を止めるには不十分。

 ただのなぎ払いで粉々に砕け散る。


「――狐火・地獄炎」

「……」


 水晶を斬るために止まったほんの一瞬を見逃さず、ハクが足止めの炎を放つ。

 迫る炎に対し、彼女はあっさりと後方へ跳んだ。


 あれは切れないのか?

 まぁ、完全に読まれて避けられてるし、足止めにしかならなそうだ。


「サンキューハク!」

――影渡り


「――光照剣」


 その刹那、世界から影が消える。

 当たり一体を飲み込む眩い光が、彼女の剣から放たれたのだ。


 影がなくては移動が出来ない。


「……厄介だ」


 今のところ考えつく作戦は一つとして彼女には届かないと、俺は心の内で悟っていた。

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