episode59 : 前触れと傲慢

――九十九涼視点――


 模擬戦をするため移動した先は、再検査を行ったガラス窓のある大部屋だった。

 先に準備をしておいてくれと言われ、特に意味のない準備をしていた。


「お主がやる気なのは珍しいの。こういった面倒事は嫌いじゃと思っておったが」

「そりゃ嫌いだぞ?けど、ここでまとめて実力を見せておけば、今後が楽になりそうだった」

「理由はそれだけでは無い顔じゃな」

「あぁ。俺がどれだけ高位の等級を手に入れたとしても、ナンバーズ……他の一級と会えることなんて滅多にないチャンスだ。今の俺がどの程度の力があるのか、試しておきたい」


 俺はここまで成長してきた。

 無論、これからだって強くなるための努力は惜しまないし、大切な家族のためならばどこまでだって強くなってみせる。


 魔物、魔族、神……。敵対する脅威は数多くいるが、それは同じ人間にも当てはまること。もし、もしも――この世界と敵対することになった時、最も警戒すべきは一級覚醒者であることは百も承知。

 今の俺の能力がどこまで通用するのか。それを確かめるまたとない機会だろう。


「その様子では、妾たちの出番は無さそうじゃの」

「いいや。今回はこっちも全力を出す。どうせ俺の能力をこのまま隠し通すのは難しいんだ。だったら、今ここで、お前らも強さを見せつけておきたくないか?」


 俺が弱いとバカにされるのは慣れっこだが、仲間が侮辱されるのは気に入らない。俺の勝手な自己満に付き合わせてしまうが――

 ハクの表情を見るにそこは心配要らないらしい。


「おっと。……来たみたいだ」


 誰かが隣の大部屋に入ってきたようだ。

 その強い気配は姿が見えなくても分かる。他の覚醒者とは明らかなステータスの差を感じる。


「ナンバーズ。やっぱりその名前は伊達じゃないな。俺も気を引き締め直さないと――っ?!」


――ドクッ


――心臓が跳ねる。

――息が止まる。


 姿は見えない。

 しかし、そのかが侵入した瞬間、心臓がおおきく跳ね上がった。不気味な気配に背筋が凍りつく。


「はぁ……はぁ…………な、んだ……?」


 俺は一歩後退り、奥の見えない窓を見上げ睨みつける。

 鼓動は早くなり、止まった呼吸をなんとか動かそうと過呼吸になる。


 桁が違うとか、そんな次元では無い。

 明らかに他とは異なる存在が一人。……それが人間なのかも分からないが……、壁越しの、それもただの気配だけで……


「ば、化け物か――」


 せめてその姿だけでも捉えなければ。


 その思いで、何とか顔を上げる。


 ――消えた?


 それは、恐らくほんの一瞬の出来事だった。

 あれだけ巨大な気配が、嘘のように消え去ったのだ。まるで、そこには初めからかのように。


「…………今のは」


 俺は片膝をついて荒くなった呼吸を整える。

 隣にいたハクへ視線を向けるも、未だハクは窓の一点を見つめ続けている。今の気配を感じたのは俺だけでは無かった。


「本当に人間だったのか?まさか、別の何かが紛れんでいる可能性が……」


 おおよそ人間とは思えない何者かがいた。


 なんでそんな奴がここにいたんだ?


 あちらが気がついたかは分からないが、ろくでもない面倒事に関わってしまったのは確かだろう。それが試練に関係あるかまでは知らんが――、今の俺では勝てないだろう。


「九十九!準備は……って、どうした?顔色悪いぞ」

「あ、赤崎さん。えっと、今入ってきたのは……」

「ん?あぁ、ナンバーズの方々が到着したんだ。あちらも準備万端みたいだし、降りてきてもらうが」

「そうですか。…………お願いします」


 ひとまず、今は何も感じない。

 もしナンバーズに紛れていたとして、戦えば分かるだろう。最悪、逃げることも視野に入れておいて。


「ハク、大丈夫か」

「……すまぬ。あまりに強烈な気配に思考が止まっておった。あれは人間なのか?」

「違うと思いたいな。人間だとしたら……相当化け物に近い」


 戦う前から疲労が凄い。

 今のが原因で負ける……なんてことは辞めて欲しい。


「なんだ?本当にただのガキ一人か」

「これでは一方的な試合になりそうだ」

「せめてそのプライドごと弔って差し上げましょう」


 これまた偉そうな、上から目線の大人たちが隣の部屋から降りてきた。姿を見せて早々に、各々俺に対する感想を漏らす。

 そのどれもが傲慢に溺れた、既に勝ったような口ぶり。


「……やっぱりここには居ないな」


 先程の気配の正体が気になるところ。


「九十九君、準備が良ければ言ってください」

「いつでも問題ありません」


 しかしまぁ、これが終わってから考えるとしよう。


「では、終了の条件はどちらかの全滅、またはこちらの判断で試合続行が不可能と思われた場合とします!お互い、お怪我の無い程度に全力でお願いします。――開始!」


 七瀬リーダーのやや緊張した掛け声とともに、くだらない試合が幕を開けた。



「ふん。わざわざこちらから攻める必要もあるまい。われわれが見てやるから好きに攻撃するといい」


 開幕、初老の男性が両手を広げ、嫌な笑みを放ってきた。

 なんだあの余裕?舐めてんのか。


「それじゃ、お言葉に甘えて――」


――召喚

ロックスライム、デザートイーグル、ブラン、メタ、ベクター、ルナ、マキナ。


『魔法陣を構築します』


 俺の周囲に真っ赤に輝く大きな魔法陣が展開され、そこから俺の従魔たちが召喚される。


 本来、魔法陣などなくても召喚できるのだが、これはいわゆる演出ってやつだ。あらかじめ賢能さんに頼んで、派手な演出を用意してもらった。


「ハクも、今回はやるだろ?」

「もちろんなのじゃ!!」


 何故こんな演出を用意したか。

 それは……


「な、なんだコイツらはっ?!」

「ままま魔物……?」

「ひっ」


 一瞬で表情を真っ青にする奴らを見てやりたかったから。

 散々煽り散らしてくれたんだ。このくらいのやり返しは許されるというもの。今のだけでご飯二杯はいける。


「お前ら、丁重にもてなしてやれ。絶対に殺すなよ」


――クラッグフォール


 俺は戦闘開始の合図とばかりに、土魔法を放つ。


「全員散開しろぉぉぉ!!」


 早くも表情に余裕が消えた者たちが散っていく様子を眺め、さて俺はどうしようか。


 混ざってもいいが……、俺がでしゃばるのは最後にしたいし。

 今は従魔たちの戦闘を見守ることにする。


「く、来るなぁぁぁ!!――グラビティホール!」


 あれはさっき煽ってた老人。相手はベクターか。

 事前に貰った資料によると……双葉和寿。双葉家の代表ね。ずいぶん弱腰で逃げ回ってるけど、まだ現役なんだよな?


――ウィンドカッター


 お、ベクターくん。手加減しているのか。

 そこで初級魔法とは。


「ひぃぃっ」


 老人が放った超重力の領域を容易く突破し、ベクターの風魔法が老人の目の前に着弾。足にでも当たっていれば切断されていたかもしれない。

 外したのもわざとだろう。


「わ、ワシに手を出せばただでは……っ、うっ、こうなれば、――エンドフォール!!!」


 双葉家は、重力系の魔法が得意……と。


 弱すぎないかって?強さと得意かどうかは別の問題だろ。それに、まだ勝負は終わってないし。


 ほら、周囲の空間ごと飲み込むみたいな、でかい空間の穴がベクターに向かってる。あれに飲み込まれれば、跡形も残らないだろうよ。


――影渡り


 もちろん、だが。


 そう。

 みんな忘れがちだが、ベクターは影渡りが使える。


 俺の専売特許じゃないぞ?


 一瞬で影に隠れたベクターは、老人の背後に姿を現すと初めて見たスキルを使用した。


――怨霊


 青白い人魂が老人の頭の周りを回る。

 次第に彼の表情から生気が抜けていき、ものの数秒で白目を向き倒れてしまった。


「怖っ」


 あっけなく終わった戦闘から移り、今度は二対二を繰り広げている戦いに目を向ける。


 相手は動きにくそうな長いドレスを着たおばさんと、真っ黒のスーツに身を包んだ細目のおじさん。


 えー、四万十美恵よしえと九重柊真とうま。四万十家と九重家の代表。


 相手はイーグルとブラン。よく見るコンビだ。


「ひ、卑怯ですわよ!!地面へ降りてきなさい!!」

「文句を言っても仕方がない。撃ち落とすぞ――妖刀抜刀・旋風」


 荒ぶるおばさんに対して、それなりに冷静なおじさん。武器は刀。スーツ姿なのに何故かしっくりくる。


 低い姿勢で刀を構え、紫色に染まる鞘から一瞬の抜刀。斬撃が風となって空を切り裂きイーグルたちを襲う。


――隠密

――疾走


 しかし攻撃が届くより早く、二体の姿が消える。

 ブランの隠密がイーグルも隠し、さらに目で追えないほどの速度で宙を駆ける。

 俺は魔力と賢能さんの鑑定があるから見失わずに済んでいるが、普通の人には気配を感じることすら困難だろう。


「消えた?一体どこへ……」


――猛毒突

――双爪撃ソウショウゲキ


 イーグルがブランを男の元へ落とし、素早く旋回したイーグルが男の背後へ回り込む。


 物理的に姿を消した後での、正面背後からの挟み撃ち。


「――気配斬り!グハッ」


 おぉー、なんと正面からの毒攻撃を防いだ。

 ブランの姿は見えていないはずだから、己の技量で防いだのは凄い。イーグルの直撃で片手が使い物にならなくなったが、毒を受けていれば戦闘不能は間違いなかった。


 九重家は刀使いだな。


「ど、どこから?!九重様!無事ですか」

「……予想以上だ。まだ来るぞ」


 凄技で防いだは良かったものの、結局は一撃を防いだだけ。イーグルとブランの攻撃はまだ終わっていない。


――ウィンドカッター

――ロックブラスト


「うっ、私だって――電水壁」


 手に持っていた扇を閉じ、腕を前に伸ばす。

 その動きに連動して地面から大量の水が吹き出した。ただの水では無い、全てが電気で覆われた鉄壁の壁。


 ウィンドカッターは水の壁に阻まれ、ロックブラストは強力な電撃に触れ破壊される。

 四万十家は水と雷魔法が得意……かな。


「ふ、ふふっ、どうですの!!こ、この程度……私の力があれ…………ば……?」


――隠密

――ウィンドインパルス


 魔法技術はそこそこだが、戦闘技術があまりに低い。

 壁を作る際に己の視界を塞いだのが仇となったな。


 戦闘中に敵を視界から外すなど、奇襲してくれと言っているようなもの。


 一瞬にして空中へ舞い上がった二体は、隠密で姿を隠したまま、壁で防がれない頭上から風魔法の最大火力を放った。


「ひあぁぁぁぁぁ…………」


 視覚外から猛烈な勢いの風撃。防ぐ間もなく襲われた二人は、為す術なく地面へ押さえつけられ、起き上がることなくそのまま戦闘不能となった。


 防御はよかった。防御は。あのブランたち二体に善戦した方だろう。


 さて、これで残り二人。


 メタは俺の腕にくっついているから、まだ見てないのはマキナ、ルナ、ハクだな。


 彼らはどんな状況だろうか――――

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