episode58 : 予定調和

「はぁ……。ここに訪れるのも三度目か。さすがにもう慣れたな」


 俺は首が痛くなるほど高いセブンレータワーの前に立ちため息混じりにそう呟く。一年前の俺なら絶対に縁のない場所だと思ってたのに、まさか数ヶ月で三度も訪れる場所になるとは。


 人生って何があるか分からないな。


「これは高いのー。妾たちがいた世界にも大きな建物は山ほどあったが、これはその中でもかなり大きいサイズじゃな」

「おい、あんまり声を出すなよ。ここは覚醒者がこれでもかと溢れてる場所なんだ。いつ誰が聞いているか……、いや、魔物を検知できるスキル持ちがいるかも分からないんだ」

「何を言うか。妾の気配遮断を舐めるでないぞ!」


 前回は自宅で留守番をしていたハク。

 目の前で初めて見る高層タワーにやや興奮気味だ。


「……しかし、何故人間というのはこうも高い建物を創るのじゃ?移動も面倒じゃろうに」

「そりゃあれだ。バカと煙は高いところが……じゃなくて、数が多く殺し合うことも禁止されている人間という種族には使える土地が限られてんだ。広大な表面積をつかえないから、縦に積み上げることで足らない土地を補ってるってこと」

「ふむ。存外、人間というのも頭が良いのじゃな」


 一体お前は誰目線なんだよ。


 そんなくだらないやり取りをして待っているのは、当然ここに呼び出した人物。誰かって?

 そりゃ選択肢は二つ……実質一人だろう。


「九十九!悪い、待たせたか」

「赤崎さん。今来たところなので大丈夫ですよ」


 建物の中から申し訳なさそうに出てきた赤崎さん。脇に抱えた大量の資料を見るに、今日もかなり忙しそうだ。


「突然呼び出してすまねぇな」

「いえ、それより移動しながら話しませんか。ここだと少し……目立つと言いますか」


 セブンレータワーの入口にいる俺を、通る人たちがチラチラと見てくるのが鬱陶しいのだ。


「そうだな。詳しいことは遥輝さんから聞いた方が早いだろうし、移動しよう」


 俺をここに呼び出した張本人、七瀬リーダーの元へ、大まかな事情を尋ねながら向かった。


 内容は至ってシンプル。

 セブンスゲート以外のギルドの長、つまりは七瀬家以外のナンバーズからの面会の申し出が後を絶たないらしい。

 理由も簡単で、セブンスゲートが一級という地位の俺を独占しているのではと疑われているのだった。一級の戦力保有量は国内での権力の強さに大きく影響する。


 たった一人の一級の追加も、同じ権力を持つ他ギルドからすれば己の地位を脅かす脅威である。


――と、まぁ俺はギルド上層部の権力争いに巻き込まれたわけだ。


 あれだけ面倒ごとは嫌いだと周知してもらったのに、やはり偉い人にろくな奴はいない。七瀬リーダーの良き性格が、より一層際立つ。


「遥輝さん。赤崎です。九十九が到着しました」

「はい。どうぞ」

「失礼します」


 扉奥からの返事を聞いて扉を開ける。


「九十九君、突然呼び出してすみません。簡単な内容は赤崎君から聞きましたか?本当はこちらで解決すべき問題だったのですが、他のギルドがどうしても会わせろと騒いでいまして、こちらの反論に聞く耳を持たず……」


 そう謝る彼の机の上には大量の資料が積み上がり、窓を開けたら大変なことになりそうな状態だ。これはもう酷い有様。


 しかし、同時にできる限り俺への連絡をせずに解決しようと奮闘してくれた努力が見えるのも事実。

 元から責めるつもりは無いが、これではこちらの方が申し訳なくなってくる。


 ココ最近平和だったツケが回ってきたな。


「それで……俺はどうしたらいいですかね。また会見でも開きますか」

「それも考えましたが、会見は案外お金がかかるのです。今回はギルドだけの問題ですので、また別の手段を取りました」


 ……取り、ね。


「ギルド同士で簡単な模擬戦をしましょう。そこに、九十九君も参加していただきたいのです」

「模擬戦……ですか」


 それは、人を相手に戦えと言うこと。

 覚醒者同士の争いが好まれない日本においては、珍しい提案と言える。


「各ギルドから一名出場の、総当りの試合です。もちろん、試合をしていない他のメンバーが見ていますから、万が一の場合は全力で彼らが止めに入ります」

「要は実力を見せろってことですね」

「そう捉えていただいて構いません」


 実に簡単な解決方法。

 そういう考えは嫌いじゃない。

 しかし――効率が悪い。


「実力を確認したいのは俺だけなんですよね?」

「え、ええ。そうですね」

「では、総当り出なくてもいいです。文句がある人、全員まとめてかかってこいとお伝えください」

「……っ、いいのですか?彼らは全員、一級以上の実力がありますよ」

「別に殺し合いじゃないし、負けて何かが減る訳でもないでしょう。それに、――ですから。勝ちますよ」


 俺は、俺にしか見えていない頼りになる仲間を見て、ニッと笑った。


ーーーーーーーーーーーーー


――七瀬遥輝視点――


「…………それは本気か」

「えぇ、あちらにいる本人の希望です」

「舐められているな」

「所詮は初々しい新人の戯言でしょう。一度分からせれば問題ないのでは?」


 小綺麗な格好をしたいやらしい大人たちが、口々に感想をこぼす。ここにいらっしゃるのは、今回の招集により集められたナンバーズ代表の方々です。

 かくいう私もナンバーズの一人ですが、今回の模擬戦には参加しません。現在のセブンスゲートには、彼とやり合う理由が無いですから。


「それで?無謀な挑戦に応じてやる仲間はこれだけか?一橋ひとばし家、双葉ふたば家、四万十しまんと家、睦美むつみ家、九重ここのえ家……。七瀬は良いとして、三佳家、五十嵐いがらし家、八島やしま家はどうしたのだ?」


 そう、高圧的に各家を呼んだ初老の男性は双葉家のトップ、ソウヨウギルドのギルドマスター双葉和寿かずとしさん。


「三佳家は招集に応じませんでした。他2家なら……あちらに」


 そこには、ガラス越しに模擬戦会場を眺め、何かを思案する二つの人影が。


「私は不参加ですわ」

「あれは、あの者は……違う。我々の力とは、根本的に」


 煌びやかな扇を片手に目を細めるのは五十嵐家の代表、五十嵐ロザリーさん。彼女は日本のナンバーズでありながらハーフであり、この異質な集団の中でも特に異質な方。


 対して、ゴスロリな服に身を包む小柄な女性は八十島家の代表、八島胡桃くるみさん。

 年齢を尋ねた者は消されるなどと、不思議な噂ばかりでその全容は不明。しかし実力は本物で、一級の中でも3位という高順位にいます。


「ふん。怖気付いたのだろう?まぁよい。たった一人相手にこの人数では、一方的な試合にナリかねん。このくらいのハンデでちょうど良かろうて」


 何故、力ある者はこうも傲慢な方が多いのでしょう。その力に溺れ、成長することを捨てた者ばかり。

 私は嫌な空気をできるだけ吸わないよう務めながら、会場の準備が整うのを待っていました。


 しばらくして、赤崎君が会場への案内を始めます。


「……大丈夫でしょうか」

「どうしたんですか?遥輝さんらしくないですね」

「彼の実力はよく知っているつもりですが、大怪我をしてしまったら……」

「ははは、それこそ杞憂ってやつですよ。九十九はそんなヤワでは無いですし、何より彼は己の力をよく理解しています。無駄なことはしない主義ですから」


 彼――九十九君との付き合いは赤崎君の方が長いですし、仲間想いの彼がこんなにも信頼しているのであれば、私が悩む必要はありませんね。


「それより、やり過ぎないかだけ見ておかないと」

「……ナンバーズの代表に何かあっては困りますね」


 最後の最後に不穏なことを言わないで欲しいですね全く。冗談でも…………いえ、冗談に聞こえないので、やめてください。


――私も、仲裁する準備はしておきましょうか。

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