episode57 : 気の向くままに

「翔!一匹そっちに抜けてった!」

「大丈夫!スライム一匹程度なら問題ないよ!!」


 俺は今、翔と共に3級のダンジョンを攻略している。挑戦……という言い方は少々誤解があるな。ここは既に攻略されたあとのダンジョン。

 今回は攻略ではなく探索。より正確には素材集め。


「魔石集めを手伝って欲しい」


 彼からそんな申し出があったのは、先日武器屋にて武器のメンテナンスをしに行った日のことだ。

 待ち時間が暇だったから、適当に翔の仕事を手伝いながら雑談を交わしていた。別にお礼目的で手伝った訳でもないし、そもそもこの忙しさの原因が半分俺である以上、無関係とは言いきれない。


 遠慮する翔を半ばゴリ押して手伝ったわけだが、タダで働かせる訳にも行かず『次のメンテナンス代を半額』という報酬を押し付けられた。


 しかし、半額にするにはここの武器、そして翔には世話になりっぱなしだと反論してみたところ、

「実は、最近僕も鍛冶を勉強しているんだ。そこで、僕が試作で使う三級の魔石を取りに行きたいんだけど……、僕のランクでは一人で入れなくてね。手伝って貰えると嬉しいな」

「なんだ。そんなことくらい、言ってくれればいつでも付き合うぞ」

「本当かい?!ありがとう涼君!」


 とまぁ、こんな感じに俺が納得のいく取引にした。


 そして現在。


「はぁっっ!!」


 自分と同じくらいの大きさがある"ユニスライム"を、その手に似合わない大きな大剣で翔がぶった斬る。

 スライムだが三級。知能も能力ステータスも4級とは桁違いに高い。分裂体を弱らせていたとはいえ、それを一撃とは……、身体強化恐るべし。


「悪い、まさか抜けられるとは」

「いやいや。あの数を相手に圧倒してた涼君は凄いよ!ユニスライムは分裂と集団行動が厄介とされるから、僕一人だと絶対勝てないし。あ、一体なら大丈夫だから気にしないでよ!」

「なんつーか……、翔と一緒にいると温かいな」

「……?僕は火魔法は使えないよ」

「お前は天然か」


 あの大きさのスライムの核を的確に破壊できるだけでも、大剣の扱いに関してかなりの技術がある。素直に褒めても流されるだけだが。


「魔石の数は……俺は8個だ」

「僕も1個だけだし……、もう少しだけお願いできる?」

「問題ない。けど、もうこの辺りに魔物の気配はないな。ボスエリア近くまで潜ってみるか」


 ボスエリア。名の通りのボスが封印された元ボス部屋。

 ボスが弱く、様々な鉱石が発掘できる洞窟型のダンジョンは、攻略されたあとのダンジョン――"アフターチーツ"と呼ばれ鉱石や魔石の回収場所としてギルドに管理されている。


 適切な申請とお金を出せば入ることが可能で、時間制限付きボーナスステージ的なものである。


 攻略済みでボスも封印されてはいるが、ボス魔物はまだ生きている。倒してしまえば崩壊が始まってしまうから。

 さらに、崩壊が始まらなければ3級というダンジョン魔物も気がつくとリポップしているため、油断は禁物だ。


 攻略済みだからと気を抜いた覚醒者が死亡する事故もある。


「ボスエリアは危そうだし、ここら辺で鉱石でも取りつつもう一度魔物が現れるのを待とうかな!」

「了解した。鉱石採取はあんまりやったことないから、ツルハシの使い方は不安だが」

「そこまで難しくないよ!ただ、下手に打ち付けると腰に響くから……」


――キーンッッッ

 翔の忠告より早く、洞窟内に甲高い音が響いた。同時に、俺の腰にも振動が伝わる。


「うっ……か、硬い」

「だ、大丈夫かい?!鉱石は硬いから、本体じゃなくてその周囲の石を狙うのがいいんだ!初めに言っておけば良かったね」

「い、いや……。先走った俺が悪かった」


 その後、俺は翔に使い方を教わりながら鉱石を採取し、再び現れたスライムを倒して、無事ダンジョンを出た。


 何事もない方がもちろん嬉しいが、少し拍子抜けである。


「今日はありがとう涼君!!予定よりも沢山手に入ったよ!」

「俺も楽しかった。勉強、頑張れよ」


 慣れないことをした疲労感を抱えつつ、新鮮な気持ちは感じていた。やや辺境にあったダンジョンまで足を運んだ甲斐があったというもの。


「帰ったらどうするんだ?」

「僕は試しに武器を作ってみようと思ってるんだ!!そのために素材を集めていたからね!」

「お前、めっちゃ元気だな」


 あれだけツルハシやら大剣を振り回してピンピンしていやがる。俺より体力あるか?もしや。


「そうでも無いよ?ここから歩いては帰れない。近くのバス停を探さないと。…………おーーい!!そこ少年たち。少しいいかな」


 腕が疲れていることをアピールし、バスを探すためたまたま近くを通りすぎた自転車の少年たちに声をかける。


「バス停を探しているんだけど、近くにあるかな?」

「バス?それだったら、こっちに少し戻ったところにあったよな?」

「うん!僕はあそこのバス停よく使ってるから」

「そっか!あっち側だね。少年たちありがとう!!」

「どういたしましてー。よし、行こうぜ!」


 翔が笑顔でお礼を言うと、少年たちは再び静かな一本道を走り出した。子どもは元気だ。そう考えると、こいつも子どもになってしまうな。


「にしても、翔は相手が誰でもお礼を忘れないな」

「当たり前だろう!どれだけ些細なこと、それこそお金を貰って義務で行っていることだとしても、それが僕のためにしてくれたのであればお礼を言うのが人として当然のことだ!!」


 当然だと普通に言うが、世の中にはその当たり前が出来ない大人が山ほどいる。それを1ミリの戸惑いもなく言えるのは、翔の尊敬できるポイントだ。


「俺は、お前のそういうところ好きだぞ」

「え?な、なんだい突然……、そんないきなり告白されても答えに困るというか」

「頬を染めるな!!そういう意味じゃねえーよ!」


 なんだコイツは。やはり天然か。

 天然でコミュ強で性格・見た目ともにイケメンの武器屋店員。……どうしてこうなった。


「ほら、さっさと帰るぞ」


 その後は、予想の数倍歩いてバス停へ向かい、帰路の別れ道で別れ自宅へと帰還した。

 また今度、出来た武器の様子でも見に行こうかと思案し……


「ゔぅ…………こ、腰が……」


 翌日は猛烈な腰の痛みに襲われて、一日寝込むこととなった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 時は会見で騒ぎになった数週間後。

 ダンジョン帰りの俺は、ものすごいデジャブ感のある場面に出くわした。


「あれ、こんな所でどうしたの?」

「お兄さん!最近はあまり会えていなかったのでお久しぶりですね」

「まぁ、最近は特に何も無かったからな」


 何も無い、ということは試練について何も進展が無いことの裏返しである。前に武器屋にいた怪しい物体もあれ以来見かけないし、完全に普通の日常を送っていた。


「それで、三佳はここで何を?」

「私は待ち合わせですね」


 その言葉に俺の背筋に一筋の痺れが。

 嫌な予感。

 それも、過去の経験から来るトラウマ的なやつ。


「そ、そうか。俺はやる事あるし、この辺りで――」


 必死に予定を捏造して逃走を図るが……


「あーー!絵名姉ちゃんがイチャイチャしてる!!」

「ほんとだー!やらしー!」

「ちょっと!二人とも待ってぇー」


 改札から聞こえてきたやかましい声共に遮られる。


「あれ?なんか見たことある人!」

「コウ、あれだよ。前にテレビに出てた!」

「お、おおお兄ちゃん!!有名人だよ!失礼だよ!」


 俺の顔を見るなり走って近寄る3つ子たち。

 一番身長の大きいこうは忘れていたみたいだが、ほか二人は俺の事を覚えていたらしい。


 少女の……恋?だっけか。彼女はテレビに出ていた事まで知っている。今の子どもはニュースとか見ないと思ってたけど、案外見てるもんだな。


 こいつらに騒がれても何一つ嬉しくないのが凄い。


「今日もこいつらの世話?」

「あ、いえ!今日はこのあと家族で食事に。この子たちの面倒も頼まれていたので、一緒に行こうかなと」

「そりゃ大変だ」


 主に面倒を見る彼女と、お店の人が。


「ねー!!オレあれ食べたい!!」

「何言ってるの幸くん。これからご飯食べるんだから」

「えー!いいじゃん!買ってよぉー!」

「じゃあ僕もー!」

「ちょっ、ダメだって」


 子ども気分ってのは怖い。

 なんたって今の自分の気持ちに何処までも素直だ。恐ろしいくらいに。それも呆れるほど気分屋でもある。外食が目の前に控えていようと、目に入った肉まんが今のお宝に見えるんだよな。


「……ガキ共、ちょっと待ってな」


 俺は騒ぎ立てる少年少女を黙らせ、彼らが指を指すコンビニへと入った。そして数分後――


「ほら、今はこれで我慢しな。せっかく美味いもんが待ってるんだから、肉まん程度で腹いっぱいにするのはもったいない」


 コンビニから出てきた俺は、両手にもった5本のペットボトルを渡す。甘い飲み物。味は適当だ。


「やったーー!!俺コレ!」

「あっ、ずるい!じゃあ僕こっち!」

「えっと…………私、これ、で。お兄ちゃん、ありがとう」


 ものを与えても結局騒がしいことに変わりは無いが、買って欲しいねだりは収まった。


「三佳も1本取ってけ」

「えっ?!私も良いのですか」

「逆にお前以外に誰にあげんだよ。いいからほら」


 俺は残った2本のうち片方を彼女の手のひらに乗せ、残りをポッケに入れて立ち上がる。


「んじゃ、俺は帰る。またな」

「え、あぁ、ありがとうございます!」


 俺は静かなこのタイミングを見計らって、足早にその場を去るのだった。時刻は夕方6時前。


 俺もそろそろお腹が減った。

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