episode56 : 小さきファン
「お会計はこちらですよー!あ、オーダーメイドですか?少々お待ちください!僕ー?鞘に入ってるとはいえ、お店の中で武器を振り回すのは危ないぞー。はいなんでしょう……え?娘さんがいない?さ、探してみますね!」
武器屋の扉を開けると、中から短剣の入った布袋を抱えた覚醒者とすれ違った。
俺は軽く横に避けて入店すると、前回訪れた武器屋と同じ店だとは思えない繁盛した店内の景色を見る。レジには常に数人の客が武器を手に並び、その他にも数多の覚醒者が武器を見て頭を悩ませている。
そんな中に、たった一人で右往左往する茶髪の店員――友人の翔の姿もあった。この人数を一人で対応するのは相当大変だろうに。その爽やか笑顔が崩れる様子は無い。
さすがは性格もイケメンな翔だな。
「お名前を伺っても?」
しかし、ふと翔の表情が曇り、心配そうな若い女性の話を聞き始めた。何かトラブルか?
「…………」
「………………」
助けてやろうと踏み出したところ、目の前に俺を一心に見つめる少女の視線と重なった。可愛らしいクマのぬいぐるみを抱き抱え、俺の事を見上げたまま固まっている。
俺は首を傾げ、仕方なくその場にしゃがみこんで目線を合わせる。
「君は……親はどうした?」
「おにいちゃん、あさ、てれびでみた」
「そりゃどうも」
俺が話しかけた事を理解した少女は、その小さな指で俺を指さしそう言った。こんな小さな子どもにまで認知されているとは。報道の力ってスゲー。
「おかあさん、あそこ」
「……あぁ」
その後、俺の質問に答えた少女が指さす先は、現在進行形で翔に相談している女性。あれ、さては迷子の相談だな。
「勝手に親の元を離れちゃダメだろ」
「……でも、ちかくにいけない」
「?……人混みだからか。なら一緒に行くぞ」
俺は軽く少女を持ち上げ、商品と人の合間を縫って翔たちの元へ移動した。
「よう翔。この子を探してたんだろ」
「あれ、涼君じゃないか!それにその子……」
「陽菜!!こんなところにいたのね!!」
驚いた翔を他所に、隣の女性が泣き出すような表情で少女を抱き寄せる。
「どうして涼君がこの子を?」
「さっき、入口で声をかけられたんだ。親の姿が見えないから、迷子だろうなと。こんな狭い店ではぐれるなんてな」
「すみません。私が道具を選ぶのに集中していたせいで……とんだご迷惑を」
頭を下げ謝罪する女性。
大丈夫ですよと返事をし、顔を上げた女性と視線が合う。
「あ、あああ貴方はっ?!」
そして、目の前の人間が俺であると気がつくや否やぽっと頬を赤く染めて数歩後ずさった。一度合った視線があらぬ方向へと動き回る。
「……えっと」
「す、すみませんすみませんっ!!まさかっ、あの
態度が急変……というか、だいぶ気持ち悪い感じに言い訳して頭を上下に勢いよく振り始めた。
「……これは?」
「あれ?涼君は知らないの?ほら、ネットで広まった
「…………はぁ?」
ファンクラブ?
なに?煽られてる俺?俺は俳優でもスターでも無いんだが。本人の知らないところで怖いって。
「SNSでこの動画が広まってね。そこに今朝の会見で知名度が急上昇。『九十九様、魔王みたいでかっこいい』って女性ファンも増えてるみたいだよ」
そう言って翔が見せてくれたのは、少し前に自宅前で起きたアウトブレイク発生の動画だった。
一人の少女が泣き崩れ、そこに助けに来たもう一人の少女。彼女たちを追い詰める
遠くからの撮影だったらしく声はほとんど入っていないし、性別以外の詳しい見た目や能力の判断は難しい動画だ。
続くもう一本の動画は朝の会見と同様のもの。ゲートから出てきた俺が、歯向かう覚醒者に一瞬で迫り刃を当てるシーン。
「タイトルは『この一級カッコよすぎ』だって。涼君、バッチリ目立ってるよ!!」
「…………最悪だ」
俺は額に手を当て、軽い絶望感を口に出した。ネットに出回った動画は永久に残り続ける分、人の噂よりタチが悪い。
「あはは、僕も今朝の会見には驚いたよ。まさかあの涼君が一級覚醒者だなんてね。君にはとても悪いと思っているけれど、おかげ……様になっちゃうかな。見てのとおり、この繁盛ぶりはあの動画の影響なんだ」
「あぁ、あの短剣だな」
「うん。どうやらこの動画のコメント欄に、この短剣を君が購入したところを目撃していた人がいたみたいでさ。この店の名前が出回ってからはあっという間だった」
それは翔にも悪いことを……そうでも無いのか。
お客さんたちを眺める彼の目はどこか嬉しそうだ。
「あ、あのっ!!娘を探していただいっ――て、ありがとうございます!この子の服は一生大切に……いえ!このご恩は」
「んなもん気にしなくていいから。次からはちゃんと手を握っておいてやれよ」
って、どの口が言ってるんだか。
子供の相手なんて、数える程度しかやったことないってのに。親の、育児の大変さも分からない人間に説教の資格なんざありゃしない。
「君も、勝手にどっか行っちゃ……どうした?」
母親の陰に隠れ、怯えたように手をふるわせる少女。てっきり俺が怖いのかと思ったが、その視線の方向は俺では無い。
静かに少女の目線の先を一瞥すると、武器商品の置いてある机の下、少女の目線の高さに何かが映る。
「あれはっ」
『警告。敵対反応アリ。ここでの戦闘は危険です』
姿形は分からない。黒いモヤモヤとした何か。
けれど、あの賢能が警告するということは、間違いなく魔物っ。
『――鑑て
慌てて鑑定を促し、その姿を捉え……
「?!」
俺の視線に気がついたモヤは、小さく飛び上がった後、その影に身を隠し消える。発動した鑑定は何もいない空間を通り過ぎた。
「……おにいちゃん、たおした?」
「倒してはいないが、逃げて行ったな。もう大丈夫だ」
この子が逃げた理由は……これだったようだ。
子供の目線でなければ気が付かない。それも、もし母親があの机すぐ横にいたら――この子の恐怖は計り知れない。
「よく耐えたな。偉いぞ」
「うん!」
助けも届かず、その場から逃げるしかなかった。
この少女は、その異変に気が付いたのが自分一人だと知り、自分の母親からその異変を遠ざけようとしたのだろう。
たった一人の目撃者だという己の犠牲を顧みず。
――なんて立派な。
「でもな、今度からはきちんと近くの大人に話すんだぞ。大人の人は、君が思っているよりずっと強いから」
「わかった!いつもありがとう!やさしいおねえちゃんのおにいちゃん!」
うんうん。世の中の子供全員がこれくらい素直だったら……、ん?お姉ちゃん?
そういえば、今の子ども、どこかで見たこと……。
「あ、それで涼君はここに何しに?この間新しい武器は作ったばかりだし」
「今日は、その武器のメンテナンスに来たんだ。少し無理に使いすぎちまって、頼めるか?」
「勿論だとも!最優先で仕上げるよ!!」
「そんなに慌てなくても問題は……」
今日の予定はこれ以上ないし。他の客の対応を待ってやる余裕くらい持ち合わせている、が……
「ねぇ、あれって」
「まじ?本物?」
ここまでのやり取りで店内がざわつき始めた。このままでは翔にもっと迷惑をかけてしまう。
「悪いな翔。お願いするよ」
「任せておいてー!まぁ、直すのは僕じゃないんだけど!」
ここはお言葉に甘え早めにメンテナンスしてもらって、さっさと退散しよう。
とはいっても翔に武器を渡し、それを翔が奥の工房へと持って行けば、俺も翔もあとは待つのみ。
もうしばらく、この店内のざわつきを発生させることになりそうだ。
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