episode番外編 : 従魔の日常①
episode番外編 : 従魔の日常①
――ここは従魔の集まる異空間の中。
涼に仕える彼らは、日々何をして過ごしているのか。気になりはしませんか。今日ここに、新たな仲間がやってきました。
そこで彼らの日常をすこしばかり……お見せしましょう。
――???視点――
「ふむ。ここが異空間、やつのスキルの内部と言うわけか」
今日ここにやってきたのは、戦闘人形の身体を持つ特殊な魔族。オーディネンス・マキナ。
可愛らしい見た目とは裏腹に、その知能は世の天才をもしのぎ、また戦闘人形の身体による武力も主である九十九涼と並ぶ実力。
「…………これは」
常に冷静で知的な彼が珍しく見せた驚きの表情は、その空間内の光景を目の当たりにしてのものです。
「本当に……、従魔のためだけの異空間なのか?」
そこはさほど大きくは無い、しかし立派と呼ぶにふさわしい手入れの行き届いた二階建ての館と、その周囲を埋め尽くすほどに広がる緑の自然。
庭先には花壇や植木に、外での食事ができそうなスペースまで存在しているではないですか。
さらには、木材で彫られた簡易的な木人形で戦闘訓練をする従魔の姿も。
「――!!ぴゅい!」
マキナの背後から、一つの声がしました。
彼が振り返ると、そこには誰も……いいえ、足元に小さなスライムがプルプルと体を震わせています。
「言葉が通じぬのは不便だ。――
「あなたが新しいお仲間さんですか?こんにちは!」
丁寧でありながら元気な様子が伝わってくる、小さなロックスライム。マキナを見上げ、とても喜んでいます。
「僕はロックスライムです!みんなからはライムと呼ばれてます」
「我はマキナだ。それより、あれは何をしているんだ?」
指し示した指の先は、木人形で戦闘訓練をしている一体のサソリです。
「あちらは月光の蠍のブランさんです。彼女は主様に喚び出されたあと、ああして毎回反省会と訓練を欠かさずにしているんです」
「反省会?」
「凄いですよね。僕なんて、主様に合わせるのが精一杯ですし、戻ってきても疲れていて休んでしまいますから」
ロックスライム――ライムは、彼女の真摯な姿に尊敬の眼差しを送ります。
彼らがブランを見つめていると、一通りの反省が終了したようでようやくこちらに気がついたみたいです。
「あ、ライム。お疲れ様です。えっと……そちらの方は、新しいお仲間さんですね」
「我はマキナだ」
「マキナさん!私、先程の戦闘、見ていました!洗練された技術と、分析しつくされたあの動き……尊敬します!」
「あ、あぁ、……そうか」
キラキラと瞳を輝かせ、マキナに急接近するブラン。彼らの好意に、マキナは満更でも無い様子です。
ブランの方も、硬く彼女の攻撃手段の一つである特徴的なしっぽが、嬉しそうに左右に揺れています。
「そうだ。ベクターさんを見ませんでした?僕、さっきから探しているんですけど」
「ベクターさんですか?先程、裏庭の方へ飛んでいくのを見かけましたが……。何かご用事が?」
「はい!昨日、魔法を教えてもらう約束をしたんです」
「それは素敵ですね!よろしければ私もご一緒しても?」
「もちろんです!」
マキナより数段低い目線で、二匹の従魔が次なる予定を立てました。どちらも勉強熱心ですね。
「マキナさんもご一緒に…………あれ?」
「いつの間に移動したのでしょう……?全く気が付きませんでした」
二匹は会話に夢中で、隣にいたマキナが移動したことに気が付いていなかったようです。
彼は二人から挨拶をされた後、そのまま館をぐるりと周り、先に裏庭に来ていました。
それは、ブランとライム、その二体より数段大きな魔力の気配を感じ取ったからでした。
「――ウィンドエッジ!!」
そこでは、一体の巨大なゴーレムが巨木に魔法を放っていました。ゴーレム……ではありますが、足は地面から浮き、所々透けているようです。
「そこにいるのは誰だ?」
「すまん。驚かせるつもりはなかった」
建物の影から覗いていたマキナを、ベクターはゆっくり振り向き尋ねます。
それなりに気配は消していたはずがあっさり見破られ、やはりこいつは強いと謝りながら姿を見せます。
「我はマキナだ」
「マキナ……。あぁ、先程の戦闘でとても活躍していたものか。俺はスペクターゴーレムのベクターだ。よろしく頼む」
ベクターは堂々としていて、しかし威圧的とは程遠い、きちんとした礼儀作法を理解しているように見えます。
「ここで何を?」
「俺は見ての通り、魔法の練習をしていたところだ。訓練場所はあるが、あそこは俺が魔法の練習をするには……少し狭すぎる」
そう言って視線を巨木へと戻したベクターは、再びその根元へと魔法を放ちます。
「――ウィンドエッジ」
鋭い風の刃が根元へ命中し弾け飛びました。幹には微かに傷がつき、遥か上の枝が少しだけ揺れます。
「そうだ。他の仲間には会ったか?メタとクルーは館の居間にいたぞ」
「ふむ、行ってみるとしよう」
あまり訓練の邪魔はできないと、マキナは素直に次の場所へと赴いたのです。
館へは正面の入口から入ります。
ライムやブランなどにも優しく、とても軽い素材で出来た押しやすい扉です。
中へ入ると、左右に伸びる広い廊下とたくさんの部屋が並びます。柔らかい絨毯が床を覆い、それでいながらよく手入れされているのがひと目でわかる、綺麗な廊下。
「……居間とはどの部屋だ?」
素直に移動してきたは良いものの、肝心の部屋の場所を聞きそびれていたマキナ。
仕方が無いので、適当に建物内を見て回ることに。
廊下を観察しながら歩くマキナは、各扉に名前が記されているのを見つけました。
〈ライム〉
〈ブラン〉etc...
「部屋主の名前か。分かりやすい」
つまり、何も書いていない部屋が居間である可能性が高いでしょう。
マキナはそのまま奥へと歩を進めます。
廊下最奥まで来ると、恐らく階段であろう窪みを発見します。そこを曲がれば上への階段。
「外からの見た目は二階建てだったが……おっと」
二階へ行こうと角を曲がった瞬間に、彼は大きな何者かとぶつかりそうになりました。咄嗟に、その身体能力を発揮して後ろへ下がります。
「お前は……、先の戦闘でも活躍していたな。確か、ルナ、と言ったか」
そこで出会ったのは、ベクターより一回り大きく、謎の仮面とローブを纏ったルナでした。彼の腕には1枚の大きな毛布が掛けられています。
「…………」
彼はマキナを見ると、無言のままゆっくりとお辞儀をします。
そして、その大きく細い指で来た道の先を指さしました。
「着いてこい……と?」
その問いに、再び浅く頭を下げるルナ。
喋れないのか、声を出さないだけなのでしょうか。しかしその丁寧かつ落ち着いた動作で全てを理解出来てしまうのが彼の素晴らしいところです。
マキナは彼の案内に従い、ベクターの話にあった居間へとたどり着きました。
ルナは毛布を手に軽く扉をノックし、反応が無いことを確認して中へと入っていきます。
マキナも彼の後に続き居間へとお邪魔します。
「…………広い」
ベクターが居間と呼んだ部屋は、廊下より高く幅奥行共に普通の一室が数部屋分はありそうな広さの空間でした。
テーブルとソファ、ふかふかの絨毯、キッチン、裏庭に続く大きな窓。
ベクターはここの窓を教えていたのでしょう。
マキナが気が付いていれば、居間まで直ぐに来れましたから。
「…………」
そんな広い居間のソファの上で、すやすやと眠るメタとデザートイーグルのクルーを見つけました。
ルナがそっと持ってきた毛布をかけてあげます。
その紳士的な姿たるや。
彼の優しい性格が滲み出ているようです。
「ん?あぁ、そこで座ってればいいのか」
ルナはテーブルを指さし、マキナの言葉に頷きます。
マキナは彼の言う通りに椅子に腰かけ居間を眺めていると、ルナがキッチンからティーセットを持って戻ってきました。
なんと、あの大きな手で紅茶を入れる繊細な動きができるというのです。
彼はコップをマキナの前に置き、次に手のひらにちょこんと乗せた茶葉をもう片方の手で指さします。
これは……
「お茶が飲めるかと?問題ない。味覚も備わっている」
マキナは、彼の精一杯のおもてなしに心を暖かくして笑いました。その笑顔は感謝の証でもあります。
その笑顔にルナが気がついたどうかは分かりません。
しかし、べこりと頭を下げキッチンへと戻る彼には、マキナの思いが届いたことでしょう。
ふと窓の外を見ると、裏庭でライムとブランがベクターに魔法を教わっている光景が。
マキナは紅茶を口に運び、その後目を瞑り思います。
(これが、やつの従魔が暮らす場所。皆幸せそうで、良き場所だ)
キッチンではルナが料理を作り、マキナと同じ空間では身を寄せあって気持ちよさそうに眠るメタとクルー。
そんな空間を無意識のうちに創り出した、彼らが尊敬する主の姿を思い出し、どこか懐かしい気持ちになるマキナなのでした。
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