episode53 : 神殺し

「マキナ、お前は好きに動け」

「元からそのつもりだ」


 神の狙いは俺。

 囮役にはちょうどいい。


――疾走


 地面には大量に上階床の残骸が散らばっている。下手な位置に踏み込むと転倒しかねない足場の悪さ。


――空中歩行


 よって足場は自分で創り出し、加速に充分な安全性を保つ。


『空中歩行のレベルが最大になりました。

 スキルが進化します。

 空中歩行LvMax→飛翔加速Lv1』

「なんて都合のいいスキルだ」


 神の下を駆けていた俺に、新たな選択肢が生まれる。


――飛翔加速


 試しに神の背後へと跳んでみた。

 ジャンプしたつもりだったが、背中のに押されるように勢いよく加速し上昇した。


「はやっ」

 自分の加速に視線が置いていかれそうになる。それほどまでに瞬時に速度が出る。


――急所突


「――守護の大盾」


 数倍に跳ね上がった速度で接近し攻撃するが、既視感のあるスキルによって防がれてしまった。


 俺はそのまま神の横を通り過ぎ、旋回して奴の正面に留まる。不思議と身体が下に落ちない。


「背中に羽?……そんなもの付いてないよな。なんか凄い違和感が」


 背中がムズムズするというか、移動のために加速しようとすると背中の違和感が俺を押すのだ。まるで羽が付いているように。


 俺もついに飛べるところまで来てしまったのか。


「――神雷光」


 俺が背中に手を伸ばし違和感に対処していても、お構い無しに攻撃される。


――疾走


 いつもの通りに加速して回避しようとする。


「うおわぁぁぁ!」


 すると、飛翔加速と疾走が発動し、もはや制御するのが精一杯なほどの速度を見せる。雷と同等の速度を持つ神雷光を、一歩遅い回避で逃げ切ってしまった。


 こりゃ狭い空間での使用は気をつけないと。壁にでもぶつかった日には自滅待ったナシ。それは死因としても恥ずかしすぎて二度死ねる。


「――神雷こ

「俺ばかりと遊んでていいのか?」


 その瞬間、神の眉が初めてぴくりと動いた。


「ターゲットロック。行くぞ」

――全弾発射フルバースト


 下から飛翔する無数のミサイル。戦闘人形との戦いで散々お世話になった厄介攻撃だ。

 味方になるとこんなに頼もしいのか。


「――空間断絶」


「それも想定済み」

――投擲


 これまた既知の攻撃。

 マキナの右手から赤く輝く剣が投擲される。


 神は空間断絶を過信し、特に回避行動を見せないが……


「――っ」


 断然の防御を軽々と通過し迫る剣に、咄嗟の回避でかろうじて避ける。


 それを読んでいた俺は先回りし、神の背後に正確な急所突をお見舞する。


「っ!――守護の大盾」


 ……ちっ。

 俺の攻撃は簡単に止められる。なんだか癪だ。


「ま、俺は囮ってな」


 こちらを向いた神に、大きく旋回した赤の輝きが迫る。


「…………」


 その剣は神の肩を貫き、持ち主の元へ戻って行く。


「それ、防御不可の付与付きか?」

「似たようなモノだ。赤の魔法剣、こちらの攻撃をのみを無効化する」

「はっ、強すぎ」


 それであの時のメタでの攻撃は当たったのね。


「これで終わりなわけないよな?」

「無論、我が主のため、我は本気だ」

「嘘つけ」


 神共も小賢しいが、試練の奴らもどうしてこう変人ばかりが揃ってしまうのか。俺はまだ、葵との買い物を邪魔したことを許してないからな。


「――神雷光」

「それはもう見飽きたぞ」


――飛翔加速


 さらに……


「妾達のことを忘れては困る!」

――狐火・地獄炎


 マキナの頭に乗ったハクが、背を向ける神に一撃をお見舞。従魔強化でより広範囲で高威力な炎が宙を走る。


「――空間断絶」

「お前、学ばないな。動きが単調だって言ってんだ」


 有効打を抱える俺たちは、攻撃の手を緩めることなく攻め続けられる。攻撃役が一人増えたのもかなり大きい。


――急所突


「我も混ぜてもらおう」

――疾走


 疾走が進化した俺と戦闘人形の疾走がほぼ同じ速度。少しはこちらが速そうだが、たいして変わらないのは戦闘人形が持つ元々の身体能力の高さが影響しているのだ。


 ……俺ももっとAGIに振った方がいいか?


「――グランドメテオ」


「無駄だ」

――反射板


 あの広範囲な隕石をたった一人で跳ね返す。それどころか、赤の魔法剣を華麗に振り、神への攻撃の手を止めない。


 戦闘技術も俺より数段上。

 いずれ超えてやると決意を胸に、今回のところはサポートに回るとしよう。


 黒曜紅剣を握りしめ、俺はマキナの一瞬の隙を補うように神の背後に回り込み剣を振るう。


「貴様がサポートに回るとは」

「今回だけだ」


 俺の隙をマキナが、マキナの隙を俺が埋め、身体一つでは起こり得ない圧倒的連撃が巻き起こった。


 隙のない猛攻に、神は大盾での防御から攻撃に切り替えることが出来ない。


――ウィンドインパルス

――狐火・地獄炎


 今度はこちらがその隙を狩る。

 大盾の意識がこちらに向いた瞬間に、神の足元、遥か下から青い炎を纏う風撃が放たれる。


「……っ、小賢しい――神裁」


 神が喋った!

 そう感動を口にする暇もなく、俺たちの頭上より真っ白な光線が降り注いだ。的確に俺たちの位置を狙う、謎の光。その光が風撃を一撃でかき消す。


「なんだ?!」

「触れるな主。その光は万物を焼き払う」

「んなバカな!」


――飛翔加速


 光線を捉えてからでは回避不能。

 常に動き続ける必要がある。


「他の奴らはっ」


 下の確認をすると、ルナが全員を別空間に移動させてくれていた。


「よくやった!」


 あいつらの安全が確保されているのならば、俺が気にかけるべきは一つ。


「――次元斬」

「させるかっ」


 別空間に対する神の攻撃を防ぐこと。

 光線を避けて俺は神に迫る。


 神の瞳に焦りは無い。が、そこに映るのは別空間ではなく俺の姿だ。脅威だと感じているのか、チャンスだと思われているかもしれない。

 どちらにしても、消えた従魔への追撃を止めさせられただけで目的は達成。神の狙いを逆手にした時間稼ぎは、こちらの勝利への道を作る。


――影縫い


 グジャァッと鈍い音がした。

 音の発生源は神の右肩。


 ルナによる別空間からの斬撃が神の右腕を切り落としたのだ。元がマキナの身体であるため、生々しい血が流れることはなく、腕があった部分からはちぎれた動線が静かに垂れている。


「……ばかな」


 己の動かす肉体が傷つけられたことに驚きを露わにする神。切り落とされた部分を押さえ、その場から動かない。


 しかし、ここは戦場。

 驚いた心を取り戻す時間は――ない。


「我の身体は破壊させてもらおう」

「――――っ、神の……敵対者共め」


 背後からの一突き。

 青の輝きが身体の核である宝石ごと神の胸を貫く。


 いくら神といえど、動かせる身体が破壊されれば、これ以上こちら側に介入はできない。こちらへの敵対の視線と台詞を残し、遂にその機能が停止した。


「……勝ったな」

「想定通りの結末だ」


 今までで一番ギリギリの攻略だった。

 緩んだ気持ちを表すように、俺は地面へと落ちていった。


『【神魔】エレメンツマキナを倒しました』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…………はぁぁ。疲れた」

「何とも貧弱な身体だ。しかし、その身体でよく神と渡り合った。その実力は賞賛に値する」

「お前の賞賛なんぞいらん」


 残骸まみれのボロボロな地面に寝転び、俺は全身で疲労を感じる。勝利した達成感はあるが、それで疲れが取れれば苦労はしない。


「お主!!勝ったのじゃな!」


 ルナのおかげで全員無事に――、なんなら俺より元気そうな従魔たちが戻ってきた。


「おかげさまで。ルナ、最後の一撃、サンキューな」


 相変わらず無口で表情は読めないが、最近はこいつが一番紳士なのではとこっそり良い奴認定している。


「マキナ。あれは渡したのか」

「あぁ、九十九涼。貴様に渡すものがある」

 マキナがハクに言われ、忘れていたように手をかざす。


『青藍の試練の終了を確認。

 "青の資格"を獲得』


「あ、これね。試練が終わる度に貰ってるけど、結局これはなんだ?別に、復活した時に渡しても良かっただろ」

「それは出来ぬ。これは試練をクリアした者だけが手に入れられる資格。我の試練は我を倒すことが条件だった」


 つまり……なんだ。

 資格を手に入れるにはマキナに勝つ必要があり、そのマキナは神に乗っ取られていた。資格が欲しいなら結局神を倒す以外に方法はなかったと。


「仕組んだなてめぇ」

「全て計画のうちだ」


 あーもう、これだからこいつは信用できない。このダンジョンだって、元はと言えばこいつが――


「そういや、そろそろいつもの定番のやつが……」


 ごごご……とかって、聴こえて…………こないな。


「あれ、ダンジョンの崩壊は?」

「このダンジョンの管理者は我だ。崩壊させることはできるが、我らが脱出してからでいいだろう?」


 …………い、いやいや。待ってねーし。

 ちょっと、いつものバタバタ感がなくて寂しいとか、思ってないし。


「…………帰るか」

「お主はなぜそんなに寂しそうなんじゃ」


 肩を落として、残念感を隠しきれない俺はとぼとぼと出口へ歩き出す。


 後ろではハクや他の従魔たちがわいわいと騒がしい。


 緊張感のない帰宅に物足りなさを感じてしまう俺はそろそろ重症かもしれないと、一人病院に行くことを検討するのだった。

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