episode51 : 反抗の意思

「なんだと?あいつは初めから意識があったってのか」

「その可能性が高い……というだけの話じゃが、先程の反応でおおよそ確信に変わっておる」


 俺たちは上への階段を歩きながら、マキナとハクの反応に関する疑問について話していた。

 内容は単純明快。どこかの神に支配され操られていた――と思っていたマキナが、実は初めから自我を残し、己の意思で行動していたと言う憶測。


 それが限りなく真実に近いという事実。


「あのやろ……、マキナとやらは元からあんな奴なのか?」

「そうじゃな。罠や機械仕掛けは得意分野であったし、個人の戦闘能力よりも戦略や作戦といった知能を使う役に長けていた。

 時に非人道的な発言をも濁さないアヤツではあったが、それは最も大切な目標を決して違えぬ心を持っていたからこその行動であったのじゃ。こんな、自ら神の策略に従うなどと、主殿最も大切な目標を裏切る真似はしないはずじゃった」


 かつて仲間だったやつが裏切った。ありがちな展開ではあるが、そういう相手は大抵……


「何か理由か、策があるんだろうよ」

「…………理由?」

「例えば……ほら、裏切った、とかな」

「なんのために……?」

「んなもん1つしかないだろ。いちいち俺に聞くなよ」


 俺はゲームやアニメでもよくある事を適当に言っただけ。真実であるとは限らない。

 なにより、どんな理由であれ俺は裏切りを良しとする奴は嫌いだ。考えがあろうと、大切な人を悲しませる案なぞはゴミ箱にでも捨ててしまえ。


「……本当に、理由が?」

「んだよ。お前の仲間じゃねーか。信じるか信じないかはお前次第だが、――信じたいんだろ?」

「――っ!!……うむ、妾は信じておる」

「そうしておけ。まぁ、俺に危害を加えた上に、葵との休日を邪魔した野郎を俺は許さないけど。一発殴る権利くらいあるだろ」

「ほ、ほどほどで頼むのじゃ…………」


 仲間の仲間であろうと、敵対するなら容赦しない。

 頭を下げるなら一発程度で許してやる。


「にしても、この階段長くないか?もう数分は上り続けてる気がするぞ」

「そう文句を言うでない。ほれ、そう言ってるうちに見えてきたぞ」

「……お前、さては煽ってんな?俺の頭で寛いでたやつが何言ってやがる!!ぶん投げるぞ!!」


 最上階手前での会話。

 このくらい緊張感がない方が楽だ。


「開けるからな」

「……マキナ」


 少しも重くない綺麗な扉を押し、俺たちは試練最後の空間へと入室した。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「直接会うのは二度目だな。ようこそ

「俺も会いたかったぞ?一発殴りたいと思ってたとこだ」


 最上階も円形の空間だった。

 中央には玉座とそこに座るマキナの姿。その左右に光で形作られたモニターがあり、薄らとだが下層の景色が映し出されているのが見える。


「マキナ!説明するのじゃ!!」

「……キュウビ。久しいな」

「――っ!やはり」


 ハクに向けて、どこか懐かしそうな視線を送るマキナ。


「悪いが、長く説明している時間はない。九十九涼、ここまでやって来た貴様にこれを渡す」


 唐突に俺を呼ぶ。

「なんだ?プレイヤーじゃないのか」


 今更改めて呼ばれると、疑いの目を向けたくなる。


「今は取り繕う必要も無い。……余裕が無いと言うべきか」


 奴は空間から青い宝石を取り出し、俺へと飛ばした。咄嗟に叩き落とそうと構えるが、そんな雰囲気では無いと察し大人しく受け取った。


 冷たく、青い輝きを放つ宝石を。


「これは?」

「我の核だ。そこには我の記憶のバックアップが埋め込まれている」


 バックアップなどと、ダンジョンの主から聞き馴染みのある言葉が出てくるとは思わなかった。


「記憶のバックアップ……じゃと?マキナ!どういう」

「相変わらず騒がしい奴だ。もう気がついているだろうに」


 苦しそうに言葉につまるのはハク。

 ここまでの会話を聞いていれば、俺でもなんとなく理解できる。


「……もう、ダメなのじゃな」

「あぁ。むしろ、ここまでよく耐えただろう。我の抵抗力も馬鹿にはならない」

「いつからじゃ……。いつからに侵されていたのじゃ」


――神の魔力。


 神が魔王を完全に滅するために、七天皇を支配しようと放った毒。


「魔力に侵されていると発覚して今日で425日と5時間。あと30分遅ければ、この会話は叶わなかった 」

「――っ。……その性格、変わっておらぬな」

「性格はそう簡単に変わらん。――そろそろ限界のようだ」


 マキナの表情は何一つ変わらない。

 しかし、義手な両腕が微かに震えている。


「最後に、その宝石だ。我の記憶、神の魔力ウイルスの除去は行ってあるが最新では無い。ここ数日間の記憶までは保存されていない」


 俺は手元の宝石に視線を落とす。


「貴様の実力ならば、それがどのような物でどこに使うかが分かるはずだ。好きに使うが良い」

「……その見透かした態度は気に入らないが、お前の考えは理解した。――任せろ」

「ふっ、やはり貴様は我が主ので間違いないようだ」


 俺は玉座から動かないマキナへ、睨みつけた後に笑って答えた。


 ここで殴りつけなくとも、数分後には嫌という程殴り合うことになるだろう。


「裏切りモ……っ。おっと、思ったより…………侵攻が速い……な。我の計算も改良の余地あり、か」


 やつの意思に反して口が動く。

 それを食い止めるように、マキナが笑う。


「キュウビ。貴様には少し酷かもしれぬが……、躊躇うな。今のお前は我らの――」

「マキナっ!!」


 突如、ガクッと身体が跳ね、そのまま脱力し動かなくなった。ハクが慌てて叫び駆け寄るが、俺は片手で制止する。


「そこを動くなハク。もうあいつは……マキナでは無い」


 再びやつの身体が動く。

 目は据わっていて、表情も動かない。


「無駄な時間をかけさせる。神の手を煩わせるなど、やはり魔王の仲間は所詮ゴミでしかないか」


――賢能

『――鑑定』


 その冷気すら感じる冷ややかな声に、俺たちは一歩後ずさる。そこには、声色だけでない、膨大な魔力による威圧の影響も含まれていた。


【――【神魔】エレメンツマキナLv???――】


「――グランドメテオ」

「いやどっから出してんだその隕石っ!!」


 開幕一つの会話もなく大規模魔法。

 屋根の着いた室内でメテオは如何なものか。


――影渡り

――トリックルーム


 俺はハクとメタ、ブランを連れて影の中へ。他はルナが別空間に避難させる。


「――次元斬」

――疾走


 嫌な予感がして影から飛び出す寸前、右肩に弱い痛みが走る。


「……影の中にまで攻撃か。下手に別空間への回避は危険だ」


 あのまま影で敵の様子を見ていたら真っ二つ。


「ルナ大丈夫か!!」

 確認すると、俺の背後に空間が開き従魔たちの無事を報せてくれる。敵の狙いが俺で助かった。


 にしても、今日はこんな感じの危機回避が多いな。

 俺の勘もバカにはできないだろ?


『スキル"気配察知"を獲得しました』


「おい!今までの勘は本物だからな!」

 俺のドヤ顔に被せて新しいスキルが手に入る。スキルは嬉しいが、これでは俺の凄さが半減してしまう。


「――神雷光」


――水晶壁クリスタルウォール


「コントする余裕は無いってな」

「この状況では、その発言ができるお主を褒めるべきか迷うの」


 影への回避を断念した俺は、咄嗟に過去の見よう見まねで土系統の防御魔法を発生させる。

 攻撃を反射する水晶の壁が、頭上より降り注ぐ神速の雷を防ぎ切った。


 ストーンブラストの4倍以上の魔力消費。連発はあまりしたくない。


「――光の剣・神速」

――ストーンブラスト


 敵は一息入れる暇すら与えてはくれない。

 次々と物量で押されているのはこちらの方。このまま防戦一方では、先にこっちの魔力が無くなる。


「ぬわぁっ!?」

「バカハクっ、何してんだ」

――疾走

「――神雷光」


 狐姿のハクが、いつの間にかボコボコになった地面の隙間にハマっていた。

 慌てて足場の悪い中駆け寄る。


――水晶壁


「す、すまぬ。助かった」

「開幕のメテオで床がボロボロなんだ。身体の小さいお前は下手に動くな。そのうち床が抜けるぞ」


 本人は空中に浮けるからってこうもボコスカ大魔法を連発されと建物の耐久が怪しくなる。


 もういっそ生き埋めになってくれ。


「しかし此度はどうするのじゃ。アヤツ、攻撃する隙がないぞ」

「物量ってのはずるいよなぁ。こっちは素早く動ける要因が多くないから、より辛い」


 火力は足りている。しかし、深刻な速度不足。

 AGIに自信があるのは俺とルナ、イーグルくらいだ。


 が、ルナは他従魔の擁護、俺は常に狙われているし、イーグル単体では単純な火力不足。


「ハク。……策が一つある。かなりの賭けだ。一か八かの策、乗るか?」


 俺はひび割れだらけのボロボロな地面を眺め、言った。


「妾たちはお主の従魔。お主のやりたいことに着いていくだけなのじゃ」

「後で死にかけても文句は受け付けないからな!」


 内容すら聞かないで……、こいつらは全く。


 ま、信頼されていると喜ぶべきか。


「お前ら、俺に合わせろ!!」


 その信頼を返すべく、俺はいつもの指示を飛ばした。

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