episode46 : 行く手には罠

 浮遊感がなくなり地面へ落ちる。

 この無造作な痛みと暗闇の浮遊感は、もはや懐かしいものと言える。懐かしい……とは言ったが別に嬉しいものでは無く、むしろ俺がことを暗示させる屈辱的なものだ。


 しかも、今までならば怒りが沸き、レベルも上がっているから同じ失敗を繰り返すまいと再び挑むのだが。

 今回はそんな怒りも挑戦も起こらない。


「……は?」


 俺はアホらしい声を上げ、ゲート前で立ち止まった。


 ――なぜ死んだのか。


 死んだ理由が何一つ分かっていなかったからだ。

 不用意にゲート内へ踏み込んだのは間違いだったかもしれない。が、入らなければどうすることも出来ないのだ。


 あの選択が間違っていたとは思わない。しかし、なぜ死んだのかが分からないと安易に侵入することも出来ない。


「お主、突然立ち止まってどうしたのじゃ?」


 頭に乗ったハクが、俺の顔を覗き見るようにして疑問を投げかける。そりゃそうか。ハクからすれば、行こうと言った直後に立ち止まったことになっているのだから。


「なぁ、さっきの……嫌な予感について、もう少し聞いてもいいか」

「唐突じゃな。今しがたまでの威勢はどこへ行ったのじゃ」

「いいから」

「先程のマシンアッシュじゃが、おそらくはマキナの眷属であろう。あやつはな、妾たち七天皇の中でも特に知的派……、悪く言えば小賢しかった。いくら操られておるとはいえ、根っこの部分は変わらないじゃろう。入口に罠くらい仕掛けておるのではと思っての」


 ちなみにあやつは青藍の試練担当じゃ――と、とってつけたす既知の情報。


 俺はそれよりも嫌な予感の正体に少し合点がいった。入った瞬間のピッという音は、何かの罠が作動した音。

 ボタンのような物を踏んだ感覚は無かったから、センサーか、魔力感知か。どちらにしても罠に嵌ったのだ。


 確かに小賢しい。

 ……サタンの時にもワープさせられたのだから、警戒しておくべきだった。今回ばかりはアホは俺か。


「具体的に、罠の種類とかは分かるか」

「それが出来たら小賢しいとは思わぬ。しかし……そうじゃな。あやつは己の作った罠諸共破壊するのが好きであった。爆発は定番……」

「爆発か」


 最後に感じた全身の痛みは爆発か?


 棘とか落下物ならば全身の痛みにはならないし。

 罠ごと吹き飛ばすとか、入ってきた一人目に対する殺意が高ぇんだわ。それを好むのも変態臭がすごい。


「……七天皇にまともな奴はいないのか」

「なんじゃ、その言い方では妾も変な奴では無いか!」

「なんだ?間違っていないだろ」

「失礼なのじゃ!!」


 頭の上のやかましい狐は置いておいて、種が分かってしまえばこっちのものだ。


 ……なんか、あんまりイライラしなかったな。


――召喚


「メタ、一度入って罠を作動させてきてくれ」


 俺が指示すると、メタは身体から1本の触手のような何かで手を挙げる(動作をした)。了解と伝えているのだ。


 魔法無効に物理にも耐性があるなれば、爆発などは効かない。罠の無効化にはもってこい。……やはりメタル系は優秀だ。


「お主にしては慎重じゃな」

「ま、油断は禁物だと知ったんでね」


 深みのある言い方に、ハクは首を傾げる。死に戻りなんて、話したところで信じては貰えないだろう。

 適当に冗談だと思ってくれるのが一番いい。


「おっ、大丈夫だったかメタ。ありがとな」


 メタがゲートに入り、無事に戻って来たので軽く撫でてから腕で抱き抱えた。少し土埃で汚れているのが、罠によって爆破されたことを示す。


 感謝も込めて拭いてやると、体を震わせて喜んでくれる。可愛いヤツめ。


「妾との扱いの差はなんなのじゃ…………」

「愛おしさが足りない」


 メタのおかげで一旦の危機は回避した。

 警戒は怠らず、再びゲートへと足を踏み入れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「………………」


 ダンジョン内部は薄暗い闇の中。ゲートの先は足場が悪く、危うく転びかけた。爆発の影響で地面が抉れていたらしい。


「とりあえず、侵入には成功……と」

「罠には魔力探知が有効じゃ。ダンジョンに入ってしまえば見つけるのは容易い」

「へー、ナイス情報。……はぁ、ダンジョンの外から見つける方法があれば、死なずに済んだってのに」

「何を言っておるのだ?」

「こっちの話」


 グチグチ言ってても仕方ない。

 薄暗いが見えない暗さではないし、慎重に先へ進もう。


(賢能、鑑定で罠の位置は分かるか?)

トラップ情報を表示します』


 はい/いいえの選択肢ではなく、"表示します"。

 その口調には若干のドヤ顔ぶりが伺える。


『――広域鑑定』


 その瞬間、俺の視界いっぱいに映し出さる真っ赤な表示。壁、天井、床。ありとあらゆるオブジェクトに罠を示す赤いモヤが浮かび上がる。

 壁を貫通して表示されるのはありがたいが、遠近感が狂って気持ちが悪い。


「罠だらけ……か。魔物はいないし、ボスの気配もない。一体ここはどこだ?」


 同じ建物内に存在すれば、広域鑑定に映らないはずがない。表示が無いのならば、別のどこかにいるのだろう。

 手始めにこの罠のエリアから脱出しろって?


 なら出口の場所くらいどっかに書いておけ。


「まぁいい。ゲートの後ろは行き止まりだし、道なりに進もう。メタ、罠の解除(ゴリ押し)は任せたぞ」


 他の従魔はまた後でだな。

 こんな罠だらけの場所で喚び出す訳にもいかないし。


「妾も行こうぞ!」

「おいおい、余計なことは……」

「馬鹿にしておるな。じゃが残念、マキナは元仲間じゃぞ!奴の仕掛ける罠ごとき、見破ってくれる!」


 先行するメタのあとを追い、ハクが我が物顔で走り出す。


「あ、そこは」


 走る先には赤い表示。

 形状的に痺れ罠系。


――ピッ


「あばばばばばばっ……なっ、んじゃ……」

「あーあ、言ったのに」


 薄暗いからか、淡いいなづまがハクの体を伝う。雷は黄色のイメージだが、実際は白い。暗い場所だとよく分かる。


「あばばた、助けるのじ……は、やくっ」

「……はぁ、――ストーンブラスト」


 地面へと突き刺さる岩の弾が、電気の発生源を破壊する。真っ黒に焦げたハクがその場にヨレヨレと倒れ込む。

 この程度じゃ死なないし、例え死んでも復活できる。


 悪いが、自業自得をフォローするほど優しくできてはいない。


「ま、まだ入ったばかりじゃ!なに、昔よりすこーし賢いようじゃが、二度も罠にかかる妾ではないのじゃ!」


 ハクは自動回復の称号持ち。


 感電から回復したようで、恥ずかしさを紛らわせながらさらに奥へと進む。一本の通路だった入口から、円形の縦に長い空間へと出る。

 薄暗い空間だった通路とは違い、空間全体を把握出来る程度には明るい。


 上を見上げれば、円形の天井から月明かりが射し込んでいる。明かりの正体はあれか。


 さらには中央に螺旋階段が用意されていて、上に向かうよう誘導されている。窓は一箇所としてなく、崩れた壁の隙間からは土が覗く。

 どうやらここは地下のようだ。


「無駄に大きいだけの空間ではあるまい。どうせ罠があるのじゃ!」


 そうして意気揚々と螺旋階段手前の石像へと向かい……


――ガコッ


「あ」

「な、なんなのじゃああああぁぁぁぁ…………」


 たった今ハクが立っていた地面が消滅。


 ぽっかりと空いた暗闇の落とし穴へと落ちていった。


 どこまで落ちて行ったのかと上から見下ろすと、ふわふわと人型になったハクが浮遊して上がってきた。


「……なんじゃ」

「人型にならないと浮遊できないの?」

「そうじゃ。何か悪いかの」


 条件ありの浮遊持ち。

 安心しろ。本当に危ない罠ならばさすがに止めに入る。


 何も言わないのは、進む事に不機嫌になっていくハクが面白いだけだ。


「さて、進むべきは上だろうが……、この階段は途中までしか上がれないな」

「ふんっ、こんな怪しい階段、進むわけがないのじゃ!妾の浮遊を見せつけてやるのじゃ」


「あーー」

 敵も空中に浮いてたし、それは対策されてると思うぞ――俺はその言葉を飲み込む。


 視界に映る空中の罠は3つ。


「わっ、なんじゃこれはっ」


 1つはセンサーによる魔法の檻。――触ると痺れる。


「こんな檻っ、こうじゃ!――狐火・地獄炎」

 内側から檻を破壊するハク。爆発を利用して更に上へと飛び出した。……器用だな。


「ふふん、この程度では止まらないのじゃ!」

 もう1つは檻を脱出した者への毒ガス攻撃。――吸い込むと麻痺する。


「は、鼻が……ピリピリする……のじゃぁ…………」

 こちらには耐性が無かったハク。


 ロリっ子な身体を痙攣させ、地面へと真っ逆さま。

 特に綺麗な白銀の耳がピクピクと細かく動く。


 そして最後。

 麻痺して身体が動かなくなった者を仕留めるための物理攻撃。――落下途中のセンサーにて、壁から槍が射出。


――疾走


「お見事。まさか全部の罠に引っかかるとは」

「も、もっと……早く助けて欲しかった……のじゃ」

「勝手に突っ込んで行ったのはお前だろうが。――武具変形"大盾"」


 槍より先にハクを抱き寄せ、メタを大盾に変形させて槍を弾く。


――空中歩行


 そのまま螺旋階段に沿って上の階層まで移動した。

 周囲に罠がないことを確認し、俺は地面へ着地する。


「ここから先は、分かれ道か。上への階段を探せと」

「うぅ、妾、罠はもう嫌なのじゃ……」

「誰も先に行けなんて指示してないが。頭の上でじっとしてろ」


 完全に心が折れたハク。

 泣き声と共に狐へ戻ると、俺の頭の上で小さくなる。しっかり反省してもろて。


 全く、ゲートに入る前の警戒MAXだったハクはどこへ行ってしまったのか。というか、自分で話してた魔力探知は?


「あやつら、魔力探知に反応しなかったのじゃ…………」


 あらら、全部敵側の想定通りってな。

 しっかり対策して、敵もさすがに馬鹿ではない。……待て。


『彼女の言う魔力探知と、こちらの鑑定は別物です』


 賢能おまえは俺の疑問を先読みすんのやめろ!!

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