青の機械塔

episode44 : 大切だから

――九十九視点――


「た、ただいま…………」


 俺は恐る恐るドアを開けた。

 なぜ侵入なのか。恐る恐るなのか。


 それは、お願いだから勉強していて欲しいという、切実な願いから来る謎行動だった。


「葵ー?帰ってるかー」


 玄関に靴があったし、家にはいるはず。


「あはははははっっ!!おもしろー!」


 …………楽しそうな笑い声が。

 大音量のテレビの音も響いている。


 あぁ……、当たって欲しく無かった考えが。


「葵」

「あれ、お兄ちゃんお帰り!いつの間に帰ってきてたの」

「葵」

「??葵だよ」

「兄ちゃんさ、あんまり葵の行動を制限するような事を言いたくないんだけどさ」

「うん?」

「……勉強、してるか」

「げ……っ」


 俺の質問に、やべっ……と反応を返す。

 その反応が、これまた見事に三佳の話が真実である事を示している。


「今、テスト期間……なんだな」

「な、なんでお兄ちゃんがそれを……」

「分かってて、明日買い物行こうって言い出したのか」

「い、いやぁー、だって……ね?ほら!ハクもこのままじゃ不便だし」

「それは葵の留年回避よりも大事なことか?」

「…………たぶん」

「たぶんじゃねぇぇーーー!!勉強しろぉぉぉ!!」


 葵と共に生活し早数十年。

――俺は初めて、葵に対し叫び叱った。



「ほら、そこは違うだろ。さっきの公式を使って」

「んー、難しいって。そもそも私文系だよ?なんで数学なんか」

「大人しく手と頭を動かせ!明日の買い物なしにするぞ」

「うへぇ〜〜、お兄ちゃんが鬼畜ー」


 必死にペンを握り、問題と睨めっこする葵。

 その後ろで、サボらないよう見張る俺。


 こうでもしないと勉強しそうにないから仕方ない。


「うーん……えー、あー……解けた!!お兄ちゃん!どう?合ってる?」

「…………正解だ。よくやったな」


 ちなみに、俺は今でこそ覚醒者だが、子供のときからそうだったわけじゃない。皆が思う学生時代があったし、なんならそこそこ優秀だった。


 さては馬鹿にしてたな?

 実は俺、勉強できる側の人間なんだわ。別に好きでは無いけど。


「んんーー、疲れた。これでプリント1枚終わ……まだこんなに?!」

「一番の難題だった数学が終わったんだ。テストに向けた宿題をやってなかった葵が悪いぞ」

「うぅ……」


 今日は兄ちゃん、心を鬼にして監視するからな。葵もテストに向けて頑張れ。

 心の中で応援しつつ、俺は葵の後ろで文句を言いながらペンを動かす姿をただじっと見つめ続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「やったぁぁ!晴れて良かったねお兄ちゃん!」

「昨日頑張ったおかげだな」


 翌日の休み、俺は葵と買い物へ繰り出していた。

 葵はあの後、夜6時間以上かけて全ての宿題を無事クリアしたのだ。本当はテスト期間の休みこそ勉強するべき日だが、息抜きも大切。

 何日も息の詰まった環境にいては、成績も伸びなくなる。


 俺だって、テスト期間にゲームはしていた。


「お兄ちゃん、まずは何から探す?」

「え?!俺が決めるの?…………寝床、とか?」

「よし!お布団はあっちだね!」


 この地区最大級のデパート。

 その中のペットショップには予想していたよりもたくさんの種類のペットがいて、飼うために必要な道具もおおよそ揃っていた。


 ハクは、葵からすればただの狐(だと思っている)。


『お主の妹君はいい子じゃの』

「あのなぁ、別に着いてこなくて良かっただろ」

『いいでは無いか!妾もずっとあの家に一人は寂しいのじゃ!退屈なのじゃ!』

「うるさっ、俺以外に聞こえないからって騒ぐな!」


 ……というか、透明化できるなら初めから言って欲しかった。それならわざわざ動物だと嘘をついて葵に紹介しなくても良かったのに。


 んー、それだと今日葵と買い物には来れなかったか。

 難しい問題だな。


『お主、妾が話しかけずとも、一人でブツブツ言っておるではないか』

「は?独り言くらい構わないだろ」

『妾の会話との違いは何なのじゃ?!』


 よく分からないやり取りを交わしながら、俺は葵の後に続いて店の奥へと進む。

 すれ違う人がこちらを一瞥する様子も見られたが、俺が気にしていないのだからノープロブレム。


 ご飯や洋服のコーナーを抜けて、店の最奥にある寝具コーナーへ辿り着く。

 ペットの寝具にも種類……というか、主に形状の違いで種類の多さが目立つ。無論、鳥と猫では大きさも寝方も違うのだから、専用の寝具なるものがあっても不思議では無い。


 不思議ではないのだが…………


「量が凄い。圧巻だな」

『妾はもふもふの布団で寝たいのじゃ!』


 クッションのような小さめの物から、人間の赤ちゃんが寝れるような大きいサイズまで。


「わぁー!これとかすごくふわふわ……、気持ちいいよ!」

「こんなデカいのどこに置くんだ…………高っ!!」


 いくら大切なペットのためとはいえ、この値段の物を買う人はいるのか?ゲーム機一台余裕で買える値段だぞ。


「それじゃこっちは?」

「まぁ、そのくらいなら……高いけど」

 ハクには勿体ない代物だが、葵が喜ぶのなら買ってやらんこともない。


『……お主、妾への態度が酷ぉないか?』

「ソンナコトナイゾ」


 全く、何を言っているのやら。

 大切な従魔戦力だ。少しは……、ほんと極小量の……、ミジンコくらいの優しさは持っている。


 俺としては、メタくらい可愛げのある方が好みであるとは付け加えておく。


 葵が寝具で喜んでいる最中、ふとその横のコーナーに目が止まった。


 "首輪コーナー"


 そりゃペットショップなんだからあるだろ。

 

 ……ふむ、首輪か。


『お、お主……?いや主殿?ま、まさかとは思うのじゃが、それを妾に付けようなんて考えては…………』

「ハクは今、俺のって扱いだよなぁ?葵にはそう説明したんだし、余計な面倒事を回避するために、もう少しペットらしくするって言うのもありなのでは?」

『冗談じゃよな?あ、主殿?その手を引くのじゃ!!い、嫌なのじゃぁ!!首輪はっ』


 これはいいものを見つけてしまった。

 もし、何か都合が悪くなった時用に、言うことを聞かせる手札として用意しておこう。


「お兄ちゃんー!このおもちゃとかって……、何してるの?凄い悪い顔してる」


 葵が笑顔で駆け寄ってきた。

 手には猫じゃらしに似たおもちゃ。


 俺は葵の笑顔につられて笑いながら返事を


「いや、何でもない。それより何か――


 その時。


「――っ?!」

『お主っ!!』


 俺は咄嗟に葵を抱き寄せて頭を守る。


「えっ?!な、何?お兄ちゃん?!わ、私……こんなところで」


 腕の中で動揺する葵だが、そこに構っている余裕は無かった。――もしあったならば、大変喜び舞っていたに違いない。


「葵!買い物は後だ!逃げるぞっ!!」

「それってどういう」

「説明は後だっ!」


 膨大な魔力の波動が、突如として近くから放たれる。

 肌が痺れるような、嫌な感覚。この感覚を、俺は知っていた。


――アウトブレイクの予兆。


「一度離れる!ハク、場所は分かるか」

『1階の西側じゃ。発生まで後数秒じゃぞ!!』


 こんな人が大勢いる場所で、せめて葵だけでも……っ。


「葵、少し掴まっててくれ」

「……うん」


 俺の表情で何かを察した様子。

 腕を後ろへまわし、ギュッと俺の体に掴まる。


――疾走


 ペットショップを素早く出て、俺は魔力とは反対の出口へ走った。人混みを掻き分け、ものの数秒でデパートを脱出。近くのベンチに葵を座らせる。


「お兄ちゃん……、何があったの?」

「……アウトブレイクが発生する。危ないから、葵は先に帰っておいてくれ」

「っ?!お兄ちゃんはっ?お兄ちゃんは…………一緒に……」


 徐々に小さくなる声。

 俺を引き止める言葉は聞こえない。しかし、妹の気持ちに気が付かないほど鈍感では無い。


「……ごめんな。いつもいつも、心配かける」

「ううん。それがお兄ちゃんの、お仕事だもんね」

「そんな顔しなくても大丈夫。言ったろ?兄ちゃんは強いんだ。ちゃんとここに戻ってくる」


――一緒に帰ろう。


 その言葉を飲み込んだ葵に、俺は笑顔で応える。

 偽りでは無い、事実だけの言葉を。


――俺はこんなところで死にはしない。


「葵、買い物の続きはまた今度だな。次はテスト明けにでも行こう」

「……わかった。約束ね」

「あぁ。約束だ」


 小指と小指を合わせ、俺は静かに立ち上がる。


――召喚

「ルナ、葵のことを頼む」


 影に潜れるルナをこっそり喚び出し、葵の安全を確保する。帰る道中が安全とは限らないから。


「……行こう」


 俺は再びデパート内へ戻る。

 一人の覚醒者として。家族いもうとを守る、家族あにとして。


――約束を交わした小指は、まだ暖かい。

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