episode43 : 様々な苦労

――九十九視点――


「おぃガキ共!!待てっ!!」

「ひゃははぁ!!逃げろー!」

「逃げろー!」

「えっ?えっ?!ま、待ってよぉー」

「逃げんなっ!」


 現在、俺は逃げる子どもたちを追いかけ回している。


 誤解が生まれそうだが、別に好きで追い回している訳では無い。そうであったらただの不審者だ。


「お兄さん、すみません。こんなことに付き合わせてしまって」

「いいよ。っておい!そっちには行くな!」


 俺は襖から顔を覗かせた、葵の友達……三佳に顔を向けたあと、視界から消えていく少年少女にさけぶ。


――何故こんな状況下になっているのか。


 それを説明するには、少し時間を遡る必要がある。



 戻るは数時間前のこと。

 セブンレータワーから自宅へ帰る途中。自宅最寄り駅にて知り合いを見つけ、声をかけたのが発端だ。


「あれ、こんな所でどうしたの?」

「お兄さん!最近よくお会いしますね」

「まぁ、俺の自宅がすぐそこだし」


 改札口で荷物を手にしている感じ、誰かの待ち合わせだろうか。にしては荷物が多すぎる気もする。


「それで、誰かと待ち合わせ?」

「はい。親戚の子がおばあちゃんの家に遊びに来るのですが、そこまでの案内を頼まれまして」

「へー、案内か。親戚なのに、家の場所知らない?」

「あ、いえ!その子たちは……」


 続く言葉は、駅に似合わない大声で遮られた。


「あーー!絵名姉ちゃんがイチャイチャしてる!!」

「ほんとだー!彼氏?」

「ちょ、二人とも待ってぇー」


 騒がしいちびっ子が三人。

 三者三様、それぞれの反応をする。

 まこと騒がしいことこの上ない。


「彼氏じゃない!……こほん、お仕事仲間だよ。ほら、挨拶して」

「「こんにちはー!」」

「こ、こんにちは……」

「あぁ、こんにちは」


 三佳の注意に、ちびっ子たちがそれぞれ挨拶をする。俺はその場にしゃがみこむと、目線を合わせて挨拶を返す。


「この子達は?」

「親戚の……三つ子です。右からこうくん、ようくん、れんちゃんです」

「三つ子?!通りで似てるわけね」


 長男は一番生意気そうな右のコウだろう。

 妹のレンは末っ子。ヨウは次男とみた。


「一番お兄ちゃんはコウくん、末っ子はレンちゃん」


 よし、当たり。


「あ、もうこんな時間。お兄さんすみません、私はこの辺で失礼します。ほら!みんな行くよ」

「おう、頑張れ…………」


 一瞬目を離した隙に、散り散りになる子どもたち。

「あ!あっちからいい匂い!」

「あそこに猫がいる!」

「……ふ、二人とも……待って」

「こらぁー!勝手に歩き回らないで!」


 ……大変そうだな。


「手伝うよ。家まで連れていく……でいいのかな」

「えっ?!そんな、申し訳ないですよ」

「いいって。歩いて来てるって事は離れた距離じゃ無さそうだし、問題ないよ」


 何より、兄妹っていうのが、何となく親近感が湧いてくるんだ。守ってあげたくなる……みたいな。


 家族は……、大切にしないと。


「おい!次はあっちに行って」


――疾走


「ほら、お姉さんが困ってるだろ」

「「「…………へ?」」」


 自由に走り回る子どもたちを、俺は疾走で抱き抱え一箇所に集める。慣れていない彼らは、いきなり景色が変わったことに驚いて固まっている。


「あんまり人に迷惑かけちゃダメだぞ」


 三人を三佳の前に降ろし、俺は適度に注意をする。


「それで、自宅はどっち?」

「…………えっ?!あ、こっち!案内します!」


 目立つことは避けたいが、そもそも見られなければどうということは無い。


 つくづく、優秀なスキルを手に入れたと実感する。



 そして時刻は冒頭へ戻り…………


「湯冷めしたら風邪ひくだろ!!いいから服を着ろ!!」

「えー、兄ちゃんがさっきのやってくれたら着替えるー!」

「着替えるー!」

「こんのガキ共っ」

「……わ、私は……もう着替えた……よ」


 三佳の自宅へと辿り着くも、あっちへこっちへと走り回った挙句、泥だらけの身体ではまともに家には上がらせて貰えないと風呂に入り、その後さえも言うことを聞かず全裸で廊下を走り回っている。


 三佳のご両親、もしくは祖父母が帰宅するまで、この状態で放置しては帰れない。


 高校生一人にこいつらは荷が重いだろう。

 日頃から子供の世話を欠かさずに育てている親の皆様に、心の底から尊敬の念を抱く。


「……よく耐えてこられたな」

「今まで、家に私だけという事はありませんでしたから」


 タオルを手に走り回る三佳と軽く目が合う。

 素直な感想を口にし、謙遜とばかりにそれを否定する。


 ……そんな一瞬のやり取りでさえ、彼らを見失うには充分なのだ。


「いいから服を着ろぉっ!!」


――俺は、叫ばずにはいられなかった。



「はぁ……はぁ…………」

「えっと、ありがとうございます。お茶をどうぞ」


 追いかけ回し、服を着させて、髪を乾かし、床を拭き、通された居間へ戻ってきた時には、散々騒いだ子どもたちはぐっすりと眠っていた。


 こちらの苦労など何一つ知らず、気持ちよさそうに眠るその姿は……なるほど。育児が大変だと言うのを身に染みて理解した。


 下手な戦闘より疲れが酷い。


「今日、親御さんたちは?」

 こんな状況が目に見えていて、家に誰もいないというのはどうにも納得できない。


「えっと、元々は両親がいるはずだったのですが、つい先程急遽予定が入り出かけてしまって」

「それで、一人で任されたと。……そういえば、今日学校は?」

「あれ、葵から聞いていませんか?昨日から、私たちの学校はテスト期間中で授業は午前中で終わりなんです。来週のテストが終わるまでは、帰りは早いんです」

「テストかぁー、そっか。まだ学生だもんな。勉学はしっかり…………ん?葵の勉強してる姿、見てないな」


 昨日も、無限迷宮から戻ってきた時には、葵はテレビの前で横になってゴロゴロしてた。てっきり、何か学校の事情で帰りが早いだけだと思ってたんだが……。


「しかも、明日買い物の約束したし」

「…………えっと、お兄さん。葵の成績をご覧には?」

「見せてもらったことが無いな。テストとかも、気にしていなかったけど……」

「そ、そうですか」


 おや?

 この反応、もしかして。


「葵ってさ、頭は良いか?」

「………………す、少し」


 これ、あかんやつや。

 そうだよな。今まで同じ家で二人で生活してきて、学生である妹の成績を1度も見たことがないなんて、おかしな話だよな。


 まさか、本人がいない限りは。


「一応、さ。それとなく、ふわっと、無理に教えなくても良いんだけど。葵って、留年とか……大丈夫だよね」

「え、えっと…………た、たぶん……?きっと……大丈夫だと」


 終わったぁぁぁーー!!

 買い物楽しみとか、考えてる場合じゃ無かったぁぁ!!


「ごめん三佳。俺、もう帰るわ。こいつらをこのまま放置ってのも苦しいが、このままだと妹の未来があまりに苦しすぎる」

「は、はい!むしろ、ここまで手伝って下さりありがとうございました。とても助かりました!」


 俺は置いておいた荷物を拾い上げ、急ぎ足で玄関へ向かう。

 靴は適当にかかとをつぶして履き、横開きの扉を壊さない程度に慌てて開ける。


「あら?どちら様で……」

「すみません、お邪魔しましたぁぁぁ!!」


 玄関を出た先で誰かと遭遇したが、俺はそれを気にしている余裕は無かった。


 道路へ飛び出した俺は、止まっていた高級車の横を通り過ぎ、疾走を使わない最大の速さで自宅へと駆けた。


 できることならば、再び扉を開けた先で必死に勉強している葵の姿を願って。



――三佳絵名視点――


「……行っちゃった。お母さん、お父さん、お帰りなさい」

「今の……、お友達?」

「えっと、お友達のお兄さんです。駅で、コウたちを迎えに行った時に会って、この子達のお世話を手伝っていただきました」


 お兄さんと入れ違いに、出かけていた両親が帰ってきました。その表情は少し曇っていて、何か良くないことが起きたことを示していました。


「エナ、よく聞いて。今日、新しい1級が誕生したの。それも、再検査でいきなりの8位。お父さんが9位に落ちて、もう後がないわ」

「…………」

「あなた、早く1級へと上がってきなさい。これ以上上位を手放せば、私たちの地位も危ないの」


 私との会話の二言目には、その原因が分かる内容でした。

 横を通り過ぎるお父さんの手には、くしゃくしゃになった紙が強く握られていました。


 お母さんは私の肩を掴み、懸命に私の昇格を望んでいます。


 ついこの間、2級の覚醒者として目覚めたばかりの娘に対して。


「もう、私たちに残された時間は少ない。分かるわね、エナ」

「………………はい」


 私の細々しい返事を聞いたお母さんは、ニッコリ頷いてお父さんの後を追いかけていきました。


 後に残された私は、襖から見える子どもたちの寝顔と、が出て行ったあとの虚しい玄関を、ただ見つめるばかりです。

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