episode41 : 再検査

「………………」

「えっと……、お兄ちゃん?何かあった?」

「あ、んーー、気にしないで。ちょっと納得いかない仕様を創った運営に文句があるだけだから」

「またゲームの話?本当に好きだねゲーム」


 俺は葵と朝食を摂りながら、やや不機嫌にムスッとした表情でパンを千切る。葵には心配されたが、これに至っては本当に関係ないので適当に誤魔化しておく。


「お主、そんなに食べたかったのか(小声)」

「そりゃお前、自分で釣った獲物だぞ。しかも、あんな直前でよ……。誰だよボス倒したら勝手に移動する仕組みにしたやつ」


 俺の足元から、こっそりと声をかけるのはハク。


「それにしても、お兄ちゃんがなんて、びっくりしたよ!!可愛いけど!」

「ん……?あぁ、ハクの事か。ダンジョン内で見つけてな、魔物ってわけじゃなさそうだから、しばらく飼って見ようかと」

「私は大歓迎だよ!!もふもふしてて柔らかいし、可愛いし!」


 試練から連れてきたハクは、無限迷宮から帰ってきたあとも実体化したままだった。召喚には応じるものの、何故か他の従魔のように別の空間に移動が出来なかったのだ。


 結果、仕方が無いのでダンジョンで拾ってきた動物ということで葵には話しておいた。


 基本的に動物好きな葵は、詳しい話も聞かずに喜んで抱きつき、ここで飼うという内容にも爆速で首を縦に振った。

 覚醒者の兄としては、もう少しだけ危機感を持って欲しいものだが、にっこりと眩しすぎる笑顔を向ける妹に俺はそれだけで満足してしまう。


 葵が嬉しそうなら、それでいいか――と。


「お主……、さてはシスコンじゃな」などと、ハクが呆れていたが、それは違う。家族が大切と、ただそれだけである。


「それをシスコンと――

「喋るなハク!気が付かれたらどうするつもりだ!」


 余計なことは口に出すな。


「そうだお兄ちゃん、明日暇なら買い物行こ!ハクに必要な物買いに行かなくちゃ!」

「買い物か……。(いやぁ、こいつに何か必要とは思えないし食べ物も多分何も要らないだろうから気にしなくてもいいけど葵と買い物には行きたいし)いいぞ。明日な」


 最近は何かとバタバタしていて葵と出かける暇なんて無かった。俺にも休暇は必要だ。


 何よりも、妹の頼みを断る兄がどこにいるってんだ!意地でも行く。行くったら行く。


「あれ?そういえばお兄ちゃん、今日は朝早いよね。どっか行くの?」

「兄ちゃんはな、再検査に行ってくる」

「再検査って……なに?風邪でも引いたの?」

「んなわけあるか。覚醒者の等級をもう一回測るんだよ。もしかすると俺は偉くなるかもしれん!」


 ちなみに冗談である。

 偉くなる?そんな葵にも影響が出そうなことを引き受けるわけが無い。


「偉く……、昇進的な?」

「まぁ、そんな感じ?」


 単純な実力を測るものだけど、等級が高ければ会社の社長みたいな事もできるし、あながち間違いとも言えない。


 俺たちは互いに首を傾げて会話し、目が合って笑った。

 どっちも詳しく理解しきれていない顔だ。


「あははっ、お兄ちゃんも分からないんじゃ、私に分かるわけ無いよ!けど……、お兄ちゃんが強いのは私、よく知ってるから」

「そりゃ、葵の兄ちゃんだからな」

「なにそれー」


 楽しげな会話も弾み、昨日の嫌な気分も吹き飛んだ。

 今は最高の一日になりそうな予感がする。


 葵の笑顔を見れただけで、既に百点は越えているが。


 とりあえず、今日はセブンレータワーへ行く予定がある。

 さっさと終わらせて、帰ってこよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「九十九様ですね。七瀬遥輝様がお待ちです。どうぞこちらへ」

「あ、はい」


 俺はセブンレータワーに着くなり、盛大な歓迎を受ける。てっきり赤崎さんが出迎えてくれると思っていたから、相当まぬけな表情をしていたに違いない。


 俺はスーツに身を包んだ秘書らしき女性に連れられて、建物の奥へと入っていった。再検査はそれなりの設備と計測器、そして金がかかる。

 セブンレータワーの建物内に存在するとは思わなかったが、裏を返せば上の者が直接管理できる場所に作られたということ。


「さすがナンバーズ管理下の建物。何でもありってか」


 七瀬リーダーの雰囲気を知っていると忘れそうになるが、彼も含めナンバーズは日本のトップ権力者であり実力者なのだ。

 むしろこの程度の設備、所持していない方が不思議まである。


「どうぞ、中で遥輝様がお待ちです」

「ありがとうございます」


 案内されたのは入り口から最も遠い建物の端。

 窓ひとつ無い壁にぽつんと一つある扉が、やけに堂々していて逆に怪しく見える。


 俺は恐る恐る扉を開ける。


「九十九くん、数日ぶりですね。来てくれてありがとうございます」

「おはようございます七瀬リーダー。数日どころか一昨日ぶりですけど。赤崎さんも一緒なんですね」

「おう。九十九の実力は分かっているつもりだが、やはり一度この目で結果を見ておきたくてな。リーダーに無理言って同席させてもらった」


 彼ならば同行しても問題ないでしょう?と、今更な確認を行い、早速再検査を始めることに。


 二人がいた部屋の先は、ガラス張りになっていて、その奥は淡緑の巨大な部屋が用意されている。赤崎さんの説明によると、魔力が込められた特殊な壁で、物理的な衝撃はもちろん、魔力の攻撃にも耐えうる頑丈な素材で構成されているらしい。


 十中八九魔石を使った物だろうが、何にせよ計測には充分すぎる部屋だ。


 俺が部屋の中へ入り、赤崎さんと七瀬リーダーがガラス越しにスピーカーで指示を出す仕組み。


「まずは魔力から測ります。魔水晶が出てきますので、軽く手を添えてください」


 天井についたスピーカーから声が聞こえる。

 さらに、目の前の床から魔水晶が生えてきた。


「……これに手を?こんな感じか」


 尖った透き通った水色の水晶に触れる。


 すると、その水晶の色が徐々に変化していく。


 水色……青……緑……黄色……オレンジ……赤……


――ピキッ


「ぴき?」


 真っ赤に染まった水晶から、不穏な音が聞こえて来た。このまま続けて大丈夫だろうか。


「九十九くん!!手を離してっ」

「わっ、了解です」


 まさに間一髪。

 七瀬リーダーの焦る声に、慌てて手を離し水晶から離れる。ゆっくりと水晶は元の水色へと戻っていくが、その表面には大きなヒビが入っていた。


 測る前は無かった傷。


「…………俺のせい?」

「だ、大丈夫です。(まさか水晶が測れない程の魔力だとは……)。つ、次は能力測定に移ります!ダミー人形が出現するので、素早く倒してください!」


 人形か。

 へー、機械とかだと思ったら、アレはなんだ?土人形っぽいけど……、何で顔つけたんだ。怖いだろ黒目だけは。


「いいですか?」

「はい!お願いしま


――疾走


 手加減なし、本気の速度と力で土人形を粉々に切り刻んだ。刃の通りがいいと、速度を落とすのに苦労するな。地面がタイルなのも滑りが良すぎる。


「…………は?」


 一瞬何が起きたのか分からずフリーズする監査員七瀬。

 何か悪いことしただろうか。


 もしかして、粉々にしちゃダメだった……とか?


「遥輝さん、驚いてないで次に行かないと」

「え、あ、あぁそうですね。そうでした。最後は能力の確認です。私もそちらに行きますので、使用できる能力を実際に使用して見せてください」


 最後なのか。

 もっと魔物と戦うとか、的百個撃ち抜くとか、そういうのを想像していた。


 赤崎さんと七瀬リーダーがこちらの部屋へ移動し、何やらメモを持って近づいてきた。


「では始めましょう。で、できればその……ゆっくりでお願いしますね」

「はぁ、わかりました」


 ゆっくりとは?

 疾走以外にゆっくりできるスキルは持ってないが。


「えーっと、じゃあまずは……」


――影渡り


 ……からの


――空中歩行


 俺はその場で自分の影に潜り、赤崎さんの後ろへ伸びる影から空中へ飛び出したあと、そのまま空中を駆ける。


――ストーンブラスト

――クラッグフォール


 そして壁へ向かって使ったことのある魔法を適当に放ち、そのまま天井をタッチして地面へ落ちて着地。


「俺自身ができるのはこんなもので……」


 正直、従魔については教えたくないが、今後の付き合い的に隠すのは難しい。「これは本当に秘密でお願いしますね」と釘を指して、俺は従魔たちを喚び出した。


――召喚

・デザートイーグル

・ロックスライム

・メタ

・ルナ

・ブラン

・ベクター


 ハクは俺の自宅でお休み中なので喚ばないでおく。


「こいつらを呼び出せます。俺の従魔です」


 俺が召喚して説明するが、


「「……………………」」


 開いた口が塞がらない彼らに、俺の説明は何一つ届かない。結局、何とか会話が成立するまでに数分が経過することとなった。

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