episode42 : 過去から現代へ
「そ、それでは……、検査は以上になります。あとは結果を……と言っても、1級であることはまず間違いないと思いますが」
俺の検査メモ一式を手に、七瀬リーダーと検査部屋を後にする。
フリーズした彼を赤崎さんが何とか現実へと連れ戻し、無事(?)検査が終了したのだ。
従魔を見たあとから終始、七瀬リーダーは手が震えていたが特に気にはならなかった。
俺はセーブや賢能については隠してしまったから、何か悪い事をしているような気がして後ろめたい。
とりあえず、再検査のお礼は言っておかないと。
「ありがとうございます。連絡が来るのを待てばいいですか?」
「いえ、結果が出るまでは1時間程度ですから、ここでお待ちになられても大丈夫ですよ。もうじきお昼時ですし、どうでしょう。御一緒しませんか」
「お、それいいな。九十九、俺に奢られてくれ」
「えっ?!そんな悪いですよ」
「おいおい、俺はお前に何度も助けられて来たんだ。このくらい奢らせてくれないと俺の面目が立たないぜ」
赤崎さんは毎回説得するのが上手すぎる。
そのように言われてしまっては、断る方が失礼だ。
「それじゃあ遠慮なく。場所はどこにします?」
「そうだな。この建物内で美味い店と言えば……あそこしかない。遥輝さんもそれでいいですよね」
「赤崎くんは本当にあそこ好きですね。いいですよ。私は一度書類を置いてきますので、先に席を取っておいてください」
書類を持って一度執務室へと戻る七瀬リーダー。
俺は赤崎さんの後を追って、少し早い昼食の時間とするのだった。
連れられて訪れたのは、セブンレータワー内部の弁当屋。持ち帰り用だけでなく、その場で頼み作り立てを食べることも出来た。
「……っ!!美味しいですね」
「だろ?俺のお気に入りだぜ」
俺たちは店の奥の四人席に座り、おすすめを聞いて唐揚げ弁当を頼んだ。
呼び出された店員が来た時、赤崎さんの姿を見て「今日もいつものセットでよろしいですか?」とにこやかな笑顔で尋ねていた。
おすすめするだけあって、赤崎さんは常連客のようだ。
「この塩の加減が堪らないんだ。肉の旨みが最大限に引き出されているだろ」
「……赤崎さん、食レポ上手いですね。確かにこのご飯と肉の相性はとても素晴らしいです」
厚みのある肉にかぶりつき、ご飯をかきこむ。
適度に雑談を挟みながら、俺たちはご飯を食べ進めていく。
「お待たせしました。あ、私もいつものをお願いします」
「七瀬さん、こんにちは。今お作りしますね」
途中で七瀬リーダーが合流し、店に入るなり店員に「いつものを」と頼む。まさかのこの人も常連だったか。
大人気だな弁当屋。
「全く……、建物が大きいと移動が大変ですね。書類を置くだけなのに一苦労です」
「はははっ、この街のシンボルみたいな建物ですからね。遥輝さんも偉い役職ですから、そのくらい我慢して下さいよ」
「私は三階くらいの部屋で良かったのですけど」
「それはご自身の立ち位置的に無理だと思います」
冗談交じりに愚痴をこぼす七瀬リーダーに、赤崎さんは笑って応える。等級も立ち位置も全く違う彼らの雰囲気を見ていると、二人は肩書きに縛られない友達のように見える。
二人が周囲の人達から評判がいいのは、こういう所が好かれているからだろう。
再び雑談が増える。
「にしても、九十九くんは凄かったですね。個人の強さだけならば、私の父にも劣らないかもしれません」
「それは褒めすぎですって。リーダーのお父さんって、確かギルド長の……」
「九十九は前に見たことあるぜ。最近じゃ、個人の火力は世界最強だと噂されてる」
「ですよね。俺が世界最強と並ぶには、まだまだ実力不足です」
「あはは、噂は噂ですよ。まぁ、父が私よりも強いのは間違いないですね。性格には少し難ありですが」
そう。
そういった力以外の評価を含めると、七瀬リーダーの方が評判は高いだろう。
世界最強の噂とは別に、人望はナンバーズ最下位という噂が立つくらいには、七瀬ギルド長は性格が……ダメ、らしい。
「お待ちです!」
「おっと、話しているうちに出来上がりましたね。では、いただきます」
あまり踏み込んではいけなさそうな話題は、七瀬リーダーの弁当を持ってきた店員によって終わらせることが出来た。
その後は、三人で美味しく弁当を食べた以外、変わった出来事は起きず、お腹を膨らませて店を出た。
――七瀬リーダーの弁当は、鮭に煮物に……と、とても和なテイストの弁当だった。
昼食のためのお店を出て、俺たちは執務室へ赴いた。
理由はもちろん、再検査の結果を見るために。
「さて九十九くん。こちらが再検査の結果となります。……とは言っても、1級であることは間違いないでしょう」
渡されたのは一枚の紙。
資格の合格書類みたいな物だ。
真っ白の紙を裏返すと、端的に数文だけ書かれている。
【九十九 涼 暫定1級 8位】
実にシンプル。
必要な情報だけが、最低限の言葉で書いてある。
単純明快、俺は好きだぞ。
「ちなみにですが、私は1級の10位
「えっと……なんかすみません」
「いいえ、責めたい訳ではなくてですね。むしろ、ここ数年順位が変わらなかったモノですから、少し嬉しさを感じています」
数年……か。
こりゃ、世間に報道したら厄介事が増えそうだ。
秘密にしておくって訳にもいかないし、どうしたもんかね。
「隠しておけないな……なんて表情ですね。安心してください、等級は隠せませんが、名前を極秘にはできますから」
「……何でもお見通しって感じですね」
多少噂にはなるだろうが、名前を知られなければ葵にまで厄介事が回ることは無いだろう。
1級の証明書だけ貰えれば、今後のいざこざも回避しやすくなる。至れり尽くせりってやつ。
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、貴重な場に立ち会えて良かったですよ」
聞けば、ナンバーズ以外の1級の誕生は久しく無かったとか。そうポンポンと誕生しては堪らないが、居ないといないで、日本の未来が心配だ。
「再検査は以上になりますが、九十九くんはこの後は?」
「帰宅します。明日あお……妹と出かける予定があるので、その準備を」
「そうですか。では、またお会いしましょう」
書類を鞄へと収納し、俺はその部屋を後にする。
「…………妹の買い物に、準備?」
「遥輝さん!それは禁句です」
扉を閉めた後に聞こえて来た会話に、俺は今朝のハクとのやり取りを思い出した。
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――七瀬遥輝視点――
「ふぅ、無事に終わりましたね」
「お疲れ様です、遥輝さん」
赤崎くんと二人しかいない執務室はいつもの事で、何故か安心して気が緩みがちです。
私は紅茶を入れたカップを手に、緊張した心を一息、落ち着かせます。
「賭けは俺の勝ちですね、遥輝さん」
「これは一杯やられましたよ。まさか、彼があそこまで規格外だとは予想できませんでした」
赤崎くんの言う賭けとは、ただのおあそび程度に話していた、彼がどれだけ強いかと言うもの。
「ダンジョンに行った時、彼が手加減していたのには気がついていたでしょう?今回も本気とは程遠いはずです」
「本当に……、彼はどこまでも私の心を昂らせてくれます」
私は手元の資料と、画面に映る彼の
同時に、もしかしたらと考えていた予想が確信へと変わったのです。
「やはり、彼は
「あの九十九?どういうことですか」
あぁ、そういえば彼にはまだ説明していませんでした。
「赤崎くん。君は
「……いいえ、知りません」
私の問いに、彼は微妙な表情で首を振る。しかし内容の重さを感じたようです。
彼の察する能力には誇れるものがありますね。
「知らないのも無理はありません。恐らく、この資料は過去のナンバーズが意図的に隠し、事実を消滅させたのですから」
これは、残る資料から考えた私の推測の話です。
過去、この日本という国には百の
今の一桁の家系が強く、力が拮抗した
その当時のトップは、他の追随を許さない圧倒的な力と汎用性の高い能力で、日本の、世界のダンジョンを支配していたそうです。
しかし、その独裁的な力の使い方に反感も多く、結局他のナンバーズによって失脚。以来、ナンバーズは今の形に収まっていると。
「……百のナンバーズ。桁が高い方が……強い?」
「えぇ、それも一から百ではありません。その数は
「まさか……」
「はい。日本のトップ、最強だったのは
それも、同じなのは名前だけではありません。
汎用性の高い能力、物に能力を与える、"ツクモの神"の能力。それは、自身のとてつもなく優秀な身体能力に加えて、己だけの専用軍を作れるというもの。
回復も攻撃も防御さえも、全てが一人で完結しているその能力は正しく
「付喪であり、九十九でもある。歴史に消えた旧ナンバーズが、この時代に復活したのかもしれません」
「……しかし、彼は、九十九は支配など望んではいませんよ」
「ええ、ですから、似ているとは言っても過去の魔王と彼は別人です。別人ならば、歩む道もまた異なるということ。彼が我々の味方である限り、私は彼の歩く道を尊重します」
彼の心にある強さと優しさは、ここまで観察してきて理解したつもりです。私の偏見が混ざっていることは否定できませんが。
「何より、私は彼を気に入っていますからね」
「……ふっ、はははっ。それは俺も同じです。ではこれからも」
「彼を見守って行くことにしましょう。どれだけ高みへと登るのか、楽しみです」
結局、私たちが彼の成長を最も楽しみにしているのです。ここは一つ、見守る選択肢を取らせていただきましょう。
さて、1級となった彼は……、今頃何をしているでしょうか。
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