episode40 : 真実の糸

「…………」

「………………」

「……………………来たっ!」


 俺は握る手に力を込め、思い切り引く。


「おぉ!でかい!」

「お主、戦闘よりも才能があるのではないか?」

「昔に一回やったことあるだけだ」


 今、俺は何をしているか。

――釣りだ。


 あぁそうだ。

 竿を使って、水の中の魚を釣り上げるあれだ。


 俺の目の前には澄み渡る湖が広がり、聴こえるのは風の音となにかの動物の鳴き声だけ。


 絶好の釣り場と言っていい。これ以上の好条件は滅多にないだろう。何せ時間も沢山あるし。


『攻略のサボりです』

「今日はいいんだよ!」


 全く、最近俺のスキルが生意気になってきて悲しい。

 ……誰かに似てるって?そんなわけないだろ、これでもスキルだぞ?


 俺は独りで空に叫び、再び糸を水面に垂らす。


――ポチャン


 水面の波紋が一つ。

 後はかかるのをひたすら待つのみ。


「……」

「…………」

「………………そうだ。今のうちに試練とか、プレイヤーとか、その他諸々教えてくれよハク」

「今か?!こんなシリアスも何も無い、平和すぎるタイミングでか?!お主、展開というのを分かっておらぬな」

「暇なんだから、むしろ丁度いいタイミングだと思うぞ」


 知りたいこと、聞きたいことはたくさんあるが、ただ話を聞くだけの時間はつまらない。ここには俺達しか居ないんだし、何故シリアス展開を俺が気にしなくちゃいけないんだ。


「……まぁ、お主が良いのなら話してしまおう。まず、何から話せばよいか。この試練についてからかの――



――そも、試練とは何か。


 妾たちの存在にも関わる話じゃな。


 妾たちは、過去とある世界に存在した"魔王"の配下。その時代では"七天皇"と呼ばれ、魔王……、主殿の直属として様々な業務を任されておった。


 しかし、その魔王あるじは神に殺された。

 愛する家族を人質に取られ……な。


 無惨に殺される主殿を、妾たちは見ておることしか出来なかった。主殿は怒りの末、最後の最後に未来の魔王へとその思いを託したのじゃ。

 同じ想いを抱き、神を滅するだけの力を持つ者を。


 妾たちは、そのために逃げ延びた。

 主殿が求めた者が現れた時、その者が神を滅するに相応しいかを見極め、より強く育て上げるために。


 七天皇と呼ばれておきながら、結局最後まで主殿に護られた妾たちには、到底務まるとは思えんかったが、最後に頼まれた願いを拒める者はおらんかったのじゃ。


 必死に逃げた妾たちは七天皇皆で話し合い、神に見つからぬよう異なる世界へと散らばり、各地で試練を設けその者が現れるのを待っておった。


 ……もう何百年も前の話。

 無論、神への反逆を企てる者に逃げ場など無いことは分かっておった。逃げ延びた先で神の使いと遭遇するやもしれぬと、皆理解して。


 それでも最後の願いを全うするべく、妾たちは散ったのじゃ。


――と、試練については分かってくれたか?妾としては、もう少しシリアスな場面で話したかった」

「んなことは知らん。それより、その"神への反逆"とやらと、前に試練の奴らがおかしくなったとか言ってた"神の魔力"は関係あるのか?」


「神の魔力とは、神への信仰を持たぬ者に植え付けられる浄化の魔力じゃ。魂をし、神を、浄化とは名ばかりの洗脳じゃ」


 ……宗教やら信仰やらは分からないが、そんな洗脳紛いの暴挙で信者を増やそうとする神なんて、確かに信用できないな。


「妾たち魔族は、その信仰心が元々薄いか全くなく、信仰元と呼べる者は魔王様であった。

 そのために妾たちの世界では、魔族は"悪"だと言われ他種族からは疎まれておる。……まぁ、妾たちはかの世界を離れて久しい。現在の魔族達がどのような状態であるかは分からぬがな」


――そうか。

 きっと、置いてきた魔族の中には"友"と呼べるやつらも居たんだろう。それは、今の俺には分からない。


 ……違うか。

 こいつらは、そんな想いを二度とさせない為にここにいるんだろう。


 ハクが遠くを寂しそうに眺めたのを、俺は声をかけることなく黙って眺めていた。



 しばらくして、心の整理を終えたハクが話の続きを再開した。


「お主の出会った試練の者達は、恐らく神に見つかりその魔力の影響を受け続けて来たのだろう。耐えきれなくなった者から、その自我が崩壊する」

「そうなのか。けど、自我は全員持っていたぞ。確かがどうのって」


 全員と言いつつ、会ったことがあるのは二人だけだが。


「……ふむ、これは推測に過ぎないが、魔王様への想いと試練を利用されたのじゃろう。魔王様を神の認識を入れ替えることで、新たに生まれる"魔王"を殺害しようと企んでおるのかもしれぬ」


 新たな魔王の殺害……か。

 またとんでもない事に巻き込まれて…………


「待て、そもそも俺は魔王じゃないんだが?!」


 話が壮大過ぎて、根本的な部分へのツッコミを忘れていた。俺はいつから魔王とかいう設定が追加されたんだよ。


「なんじゃ、今更その疑問か。魔王とは、"魔族を統べる王"の略称じゃ。お主も持っていたじゃろう?を。あれが魔王たる証じゃ」


 ……従魔の誓いって、そういうことだったのか?!


 賢能さん、そんな話聞いてませんけどっ!!


『………………』

 都合の悪い時だけ黙るの、良くないと思います!!


「魔族って魔物も入ってるのか」

「その定義は微妙じゃ。今この世界に蔓延る魔物と呼ばれる者達は、"神の魔力"の影響を受けた者。奴らを魔族と呼ぶには、お主の魔力で上書きせねばなるまい」

「魔力の上書きとは?」

「先程の話しに繋がるがの……、"従魔契約"。これは魔物を魔族へと甦らせる魔王の特権なのじゃ」


 わぉ。点と点が線にっ――


「じゃねぇ!!そういう大事なことは先に言えよ!!」

「話には順序と言うものがあるのじゃ!!」


 はい、これで神と敵対することが決定しました。


 どうしてくれんだ。

 葵を巻き込む危険性が上がってしまった。葵に何かあってみろ?俺は相手が誰であろうと許さねぇぞ。


「はぁ……だいたい現状は理解した。試練を倒して、神を殺せば俺の勝ちってな」

「随分楽観的じゃな。神を殺すかどうかはお主次第だが……、その力を持った時点で狙われることは確実。より強くなるために試練を超えるしかないのも事実じゃ」


 過去の魔王がどんな奴で、俺に何を託したかなど、現代を生きる俺には知る由もない。だが、敵対する相手には容赦しないし、家族を害する奴も放ってはおけない。


 そいつらを相手に戦おうとするならば、結局のところ強くなる以外の道はなく、現状で最も近道と呼べるのはハクの言う通り試練であることは間違いない。


 誰かのため……ではない。全ては自分と、大切な家族のため。――俺は強くなると決めた。


 やってやるよ。

 お前らの望む魔王への試練とやら。神への反逆とやらを。


 まぁ、


「お主!!糸!糸が引いておる!!」

「おぉ!今日1番の引きっ!!釣り上げてみせるっ」


 ひとまず、やるべき事が見つかった。

 今日の収穫はそれだけで充分だ。


「うおぉぉぉぉぁぁぁぁ!!」


 ビャシャァッッッ


 力強く引いた糸が弧を描き宙を舞う。

 その糸の先、5メートル以上あるデカすぎる魚が釣られて空へ飛び上がる。湖の主か?!


「お、おおお主っ!潰されるのじゃぁ」

「んなわけあるか」

――疾走


 魚型の魔物、そんなものは空中で捌くに限る。


 内部も肉厚で、短剣の刃が貫けない。

 数回にわたって切り刻み、

「ハク!火をくれ」

「火?――狐火・炙炎」


 魚の切り傷を伝うように、小さな火柱が巨大魚の内部を燃やす。

 火加減はバッチリだ。


「ほい、いっちょあがり」


 今日の休憩の釣りは、こんなものだろう。

 ……こいつ、食べれるのか?食ってみれば分かるか。


『翠縁のコウランマスLv85を倒しました。

 第十一層のボスの討伐を確認しました。

 第十二層へ転送します――


「ちょっ、えっ?おいまだ食べてな――

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