episode39 : 優しさと八つ当たり

「うおぉぉぉぉ!!」

――ストーンブラスト×10


「よっしゃボス見つけたぞ!!!」


――クラッグフォール


 俺は今、墓地の中を西へ東へと走り回っている。


 語弊があるようだが、別に好きで走り回っている訳では無い。無限迷宮にて、次の階層へと進むために従魔にボスを探させていて、湧き出る魔物共は邪魔にならないよう処理して回っている。


 試練の時とは逆の役割だが、建物内とは違う広いエリアにおいてはやはり従魔達の方が索敵に適している故の作戦だ。


 鑑定の範囲外では役に立たないのが俺という主の弱点。


「……おらおらおらぁ!!こっちは先急いでんだ」

「お主、キャラがおかしいぞ」

「誰のせいだと思ってやがるっ!!」


 そう、俺は紅の試練を無事クリアし、疲労困憊の中帰ってきたのだ。だと言うのに、試練の中だったからか無限迷宮の時間は一秒も進んでおらず、ましてこんな墓地の中で気が休まるはずもない。


 呆然と空を見つめていると、徐々に謎の苛立ちが湧き出てきた。早く帰らせろよ、と。


「そもそも、なんで試練をこんな場所に作ったんだ!!別に外のダンジョンでも良かっただろっ」


 現に他の試練は現実に出現するダンジョンに存在した。

 無限迷宮なんて、俺しか入れないかつ時間制限のある場所に作る必要性なんて無かったはずだ。


「それは妾にも分からん。紅の試練を任されたのは妾じゃが、出現先がどこにできるかまでは操作出来ぬからの」

「はぁ?!じゃあ何か、俺がこの奇妙な状態にならなかったら一生待ってたってのかお前ら」

「お主がその状態になったのは必ぜん――お主、前、前を見るのじゃ!危ないっ」


 頭に乗ったハクとの会話に意識を裂いて走っていた俺は、危うく目の前に湧いたゾンビと正面衝突しそうになる。


「ちっ」

――影渡り


 いくら魔物使いとはいえ、美少女でもないゾンビとごっつんこは嫌だ。


 影に潜り激突を回避し、再び出ると同時に身体を縦に割いて倒す。


「ボスは?!…………あっちか!」


 イーグルの千里眼を頼りに走っているため、意識を外すと方向が迷子になる。

 せめて千里眼が周囲の景色やら特定の位置を表示してくれればいいが、魔力の反応しか分からないから適度に千里眼を頼らざるを得ない。


「イーグルも進化させてやりたいんだが、合成できる魔物がいないんだよなぁ。鳥系の魔物、全然見かけないし」

「なんじゃ、の話か?」


 俺がボソッと口にしたぼやきに、ハクが反応を見せた。


「知ってるのか」

「知ってはいるが……妾は使えぬぞ?眷属と従魔は似ているようで全く異なる扱いじゃからの」

「やっぱり使えねぇなおい」

「お主、妾への扱いがちと酷くないかの!!」


 そりゃあ……、ここまでの己の行動を振り返って欲しい。


「じゃあ使えるところを見せてみろよ」

「ふむ、それもそうじゃな。ではあの妾はあのデカブツを相手にしよう」


 この階層のボスが視認できる場所まで辿り着いた。

 ハクは俺の言葉に笑顔で頷くと、頭の上から一回転して飛び降りる。――変化の術


「さて、妾の殿に、妾が使えるところをみせておかねばな」

「お手並み拝見ってとこか」


 相手は……

『――広域鑑定』


【――不死の番人Lv70――】


 レベルはまぁ、無限迷宮は全然攻略進んでないし、大したことは無い。今の俺ならは余裕で勝てるだろう。


 が、と名のつくものは大抵めんどうな能力を持っているものだ。例えば……そう、特定の倒し方をしないと無限に蘇るとか。


 うわ、めっちゃありそう。

 物理攻撃とか絶対無駄だよなきっと。


「サクッと終わらせるのじゃ」

――天舞・神楽


 懐から御幣を取り出したハクが、その場でくるりと舞う。すると、それに呼応するようにキラキラと青白い何かがハクの周りを舞い始める。


 炎とは違う、けれど温かみを感じる光。

 恐らくバフ系のスキルだ。


「………………」

「主にはちと嫌な魔力よの。安心せい、


 その光を目にした番人は、ボロボロの身体を震わせて後ずさる。恐怖……というより、本能的な回避行動に近い。


 こいつ、もしやアンデット系アンチか。


――狐火・天導炎


 地獄炎とは対象的な、美しい光の炎が番人を飲み込む。その身体は光の炎によって徐々に消滅していく。

 しかし表情はどことなく……、いや、確かに微笑んでいた。


 やがて同じように完全に光の泡となった身体は、天高く舞う炎と共に空へと消えていった。


「ふぅ。どうじゃ主よ。妾の実力は見せられたかの」

「なんつーか、凄かった」

「そうじゃろう、そうじゃろう」


 言葉には出さないが、俺は正直驚いていた。


 ハクの実力もそうだが、何よりもがあんなにも安らかに消えていくのを初めて見た。


 それは、彼らにも確かな感情が…………いや辞めておこう。


 その考えは己を滅ぼしかねない。

 俺には、絶対に護りたい家族がいる。余計な感情は慈悲を産み、その慈悲は人を殺す。


「……俺は、お前みたいに優しくはなれないな」

「どうしたのじゃ?そろそろ転移が始まるぞ」


 しかしまぁ……なんだ。

 性格の差を見せつけられたような気がしてむしゃくしゃする。


『転移を開始します』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うおぉぉぉぉらぁぁぁぁ!!」

――疾走&影渡り&ストーンブラスト!!


「こっちにもいるな!ん?あれもそうか」

「……デジャブとはこのことかの」


 十一層は再び森林エリア。

 ただし、転移した場所は湖のほとりで、出現する魔物は湖から這い出てくる四本の足が生えた魚(?)だった。


 ビジュアルはかなり気色悪いが、湖の周りをウロウロしてるだけで勝手に近づいてくる。


 まさに八つ当たりにはもってこい。


「俺だってな!!凹む時もあるんだわ!!」


 俺には俺の考えがある。

 しかしだな。差を見せつけられたらイラッとするもんだ。それはそれ、これはこれ。決して良い感情とは言えないけれど、これも一般的な人間の感情だろう。


 魔物相手に八つ当たりしたって誰も文句は無い。


「お主!階層ボスは探さぬのかっ」

「ここなら景色もいいし休むにはもってこいだ。今日のところはここでストレス発散する!――クラッグフォール!!」


 俺の動きに振り回され、必死に俺の頭皮にしがみつくハク。

 俺は気にせず右へ左へ影の中へ、広域鑑定を有効に活用あくようしてひたすら己の有り余る感情を吐き出す。


「ハッハッハ!もっと来い!!まだまだ時間はたっぷりあるぞ!!」

「……もうどちらが悪者か分からんのじゃ。これも、魂縁の影響なのかの」


 何やら呆れたような雰囲気を感じるが、今はどうでもいい。ひたすらに斬って殴って放ってを繰り返す。


――体感的に一時間はそうしていただろうか。大した経験値が入らないにもかかわらず俺のレベルが2も上がり、魔物も姿を見せなくなった頃。

 一通り暴れ回りスッキリした俺は、辺りの散策を開始した。とは言ってもボスを探すとか、そういった明確な目的はなく、ただ湖の周りを適当にぶらつくだけ。


「いやー、のどかでいいな」

「さっきまで魚人を倒し回っていた者の発言とは思えぬな」

「ん?あそこ、小屋か?こんな場所に?」


 歩いていると、明らかな人工物、物置小屋を発見した。

 周囲の木材で作り上げたような、単純であっさりした構造の、鍵もないほんとうにただの物置小屋。


「……入っても大丈夫かな」

「問題なかろう。罠はあるかもしれぬが……その程度で怪我をする主では無い」

「それは褒めていると解釈してよろしいか」


 適当な会話の末、好奇心に負けた俺はその小屋へ向かう。

 長いこと使われていなかったようで、扉には鍵もないのにかなりの力を入れて開ける必要があった。


 ギギギギギ……


 ようやく開いた扉の先には、思った以上に大量の物が保管されていて、ぐちゃぐちゃと乱雑に置かれている。


「お、これは」


 その中で俺が興味を示したのは……


「釣り竿だ!」


 まだ使えそうな、古びた釣り道具一式だった。

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