episode38 : 紅の試練 後編
(右眼が見えていないはず。ならば……)
――ストーンブラスト
狙いは白狼の右足元。
片眼が使えない状態でこの魔法を追おうとすれば、
「顔を動かすしかない、よな!」
左目でその動きを捉えようと、白狼の意識が一瞬俺から逸れる。その一瞬は、この戦いにおいて大きな隙。
――影渡り
影に沈む光景を逃せば、白狼からすると俺が突如消えたように見える。無論、回避する暇は与えない。
「はぁっ!!」
狼の腹の下、影から飛び出したのは俺の蹴り。
弱点に命中し、そのまま空中へと吹き飛ぶ。
――疾走
――空中歩行
一度でも地面から足を離せば、地の利はこちらにある。
「メタ!!」
俺の呼び声に離れていたメタが腕に飛びつく。そのまま変形し、短剣へと姿を戻す。二刀流となった短剣で、俺はひたすら狼を切りつけながら空中を舞う。
――右手の短剣で硬い毛を切り裂き、
――左手のメタで弱った防御を突破する。
白狼の横を通り過ぎた後は、空中歩行で向きを変えもう一度同じ動作を繰り返す。少しずつ白狼に傷が入り、確実に追い詰めていく。
「――っ」
己のピンチを悟った白狼は、起死回生とばかりに咆哮の予備動作を行う。――それはもう見た。
「メタ――武具変形"大盾"」
魔力の圧ならば、魔法無効はよく効くよな。
左腕の大盾を構えたまま、俺は今にも咆哮をせんと顔を上げる白狼へと突撃。
「ワオオォォォォォォォーーーーーーンッッッ!」
俺の手が届くより先に叫ばれたものの、魔力による衝撃を無効化しその牙へと迫る。
――影渡り
再び、次は白狼の眼前で姿を影に落とす。
「――グルっ」
真下からの攻撃に警戒しながら上空へ回避行動を取る。
「――武具変形"鎖鎌"」
しかし、影から伸びる一本の鎖がそれを許さない。
足に絡まった鎖は暴れた所で外れはしない。
――疾走
鎖を頼りに影から飛び出し、握った短剣を確実に弱点へと命中させた。その鋭い刃が白狼の硬い皮膚を裂き、地面に血飛沫が散る。
「くぅぅぅ…………」
呻くような鳴き声を漏らし、白狼が地面へと倒れる。消滅しないのは、まだかろうじてHPが残っているからだろう。――終わりだ
「そこまでじゃ!!」
そこへ九尾の静止するが遮った。
後方で傍観に徹していた彼女がふわりと軽やかな跳びで俺の元までやって来ると、白狼の頭を撫でる。
「よく頑張ったの。――癒しの念」
「くぅーん」
彼女の優しい呼び声で、みるみるうちに傷が癒えていく。彼らが主を尊敬する意味が理解できるな。
「試練は終わりか?」
「もちろんじゃ。白狐のほうも決着が着いたようじゃしな」
九尾が指を指す。
そこにはブランの佇む姿と、その前に倒れ伏す白狐がいた。彼女は白狐に近づくと、白狼と同じように労いの言葉をかけて回復を施す。
「ブラン、よくやった。あぁ、メタもありがとうな」
俺の視線に気がついたブランが近くへ擦り寄る。
九尾の行動に感化されたのか、何となく俺もブランの硬い肌を撫でる。
するとそれに嫉妬したのか、左手に握っていたメタが変形を解除して頭の上にぴょんと乗り移る。俺は笑って頭の上に手を添えた。
「さすがは既に1つ試練を超えし者じゃ。妾の最も強い眷属達をこうもあっさり倒して退けるとは」
「全然あっさりでは無かったけどな。正直、新しい武器に救われたところはある」
「それも含めて、お主の実力。何にせよ、試練は合格じゃ。これを受け取るがいい」
九尾は紅い何かを手のひらから生み出し、それを俺の方へ飛ばす。宙を舞い、俺の手元まで来ると触れるより早く弾ける。
『紅の試練の終了を確認。
"赤の資格"を獲得』
「……赤の資格?」
「そうじゃ。それは妾たちの試練を越えた者に贈られる、強者の証。その証を同じように七つ集めるのじゃ」
「七つもあるのか。そもそもこの試練を見つけたのだって偶然だぞ。あと5つもあるか?」
残念ながら他の試練を見たことも聞いたことも……
「いや、あるな?」
つい昨日、襲われたばかりなのを思い出す。
「けど、お前みたいに友好的な奴は一人もいなかった」
「……ふむ。やはり、妾達を邪魔する者もいるようじゃな。恐らく、彼らは"神の魔力"に汚染されたのじゃ。試練の機能そのものは問題なく動いているようじゃから、お主の成長には支障がないが……気になるの」
……知らない言葉だらけだ。
試練について何も知らない相手に、専門用語を並べられても分からんて。初心者に優しくない。
「よし、妾は汝に着いていくとしよう。他の試練を確認しておきたい」
「はぁっ?!いきなりそんなこと言われても……」
『従魔の誓いが発動しました。
白銀狐・九尾との契約が完了しました』
俺が文句を言う隙も暇もなく、スキルが自動で発動する。
望んでもいない九尾との契約が結ばれる。
「ふっふっふっ、よろしくの主殿。妾のことはハクとでも呼ぶといい」
「……はぁ、分かったハク。だが、一通り説明はしてもらうからな」
「もちろんそのつもりじゃ。しかし、じゃな……」
言葉を濁すハク。
その表情は――やっちまった。
「早くこのダンジョンを抜け出さないと、崩壊に巻き込まれるのじゃ」
『ダンジョンボスが消滅しました。
ダンジョンが崩壊を始めます』
「………………おい」
「なんじゃ」
「どういうことだ!!ちょっ、危なっ」
「走れ主!!妾もまだ死にとうない!」
「お前が原因だろふざけんなぁぁぁーー!!」
半ばゴリ押しで背中を押され、俺は出口の扉をめざして走り出す。盛大に胸に溜めた文句をぶちまけながら。
「ぬぅ、妾の身体ではお主に追いつけないの。仕方ない――変化の術」
後を追ってくるハクは、人に近い姿を辞め、白狐と似たもふもふの狐の姿に変化する。大きさは白狐より遥かに小さく、メタと同様に頭の上に乗れるほどの大きさ。
「ここは楽でいいの」
「おい!邪魔だぞ!重い!」
「む、乙女に向かって重いとは失礼じゃぞ!!――軽量化」
「軽くすればいいって問題じゃねえー!走りにくい……うおっ、っと」
「ほれ、ぼーっとするでない!前を見て早く行くのじゃ!」
……くっそ、後で覚えてろよこの狐!!
――疾走
「おぉ、速いの!」
「舌噛んでも知らないからな。いやむしろ噛め!」
なんだろう。
俺、ダンジョンクリアで毎回崩壊から逃げ回ってる気がする。
「というか、何とかできないのかハク!!お前らの試練だろ」
「無理じゃ!権限が消えてしもうたからの」
「使えねーなおい!」
ここに来て、長い階段が腹立たしい。こんな無駄に長くなくても良かったよな絶対。
地面が揺れ、壁にヒビが入る。上から小さな瓦礫が落ちて来たりも。その度に俺は集中して回避しなければならない。
階段の入口が見えた頃には、俺の疲労が限界まで達していた。避けゲーは専門外なんだわ。
「試練のゲートの場所は覚えておるか」
「あぁ、一気に駆け抜けるっ」
――疾走
最後の気力を振り絞って、俺は図書室への扉を飛び越えた。崩壊の揺れで本棚があちこち倒れ、本が乱雑に散らばっている。
本を踏んで転ぶなんてお約束を避けるため、俺は倒れた本棚の上を飛び移って移動する。
図書室入口の扉を超えればあとは長い廊下だけ。
しかしそこにも障害が。
「まだいるのかレイス」
「ここは任せるのじゃ。――狐火・地獄炎」
青白い炎が廊下を燃やす。
レイスはその炎を意識的に避け始める。
「この炎は霊体に効果抜群での。こやつらは本能的に嫌がるのじゃ」
「解説ありがとさんっっ、離すなよ!」
炎の隙間が道となる。
俺は最後の集中力を振り絞り、頭上からの瓦礫と炎、床の穴を上手く避けつつようやく玄関まで辿り着いた。
閉じた扉がこちらの存在に反応してゆっくりと開く……が、
「遅いって!」
俺は我慢できず体当たりでその扉を破壊しながら飛び込んだ。ゲートを潜った瞬間に、そのゲートが消滅する。
「…………間に合った、か」
「うむ。良くやったぞ主!」
もうツッコミする余裕もない。
はぁ…………疲れた。俺はその場に仰向けに倒れ、その白い天井を見つめた。
「あ」
俺はその天井を見て悲鳴に近い声を上げた。
――忘れていた。忘れていたかった。
俺たちはまだ、無限迷宮の中だと言うことを。
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