episode37 : 紅の試練 中編

《試練認証…………完了。召喚の儀式を開始します》


 俺の手にあった本が、中央のサークルへと吸い込まれていき、空中でパラパラとページがめくれていく。その後、四隅に設置された台座が光を放ち、その光が中央に吸収される。


「…………何か来る」


 光の吸収を伴い、本から魔力を感じるようになった。その魔力はどんどんと増幅していく。


「……?」

 一瞬、本が傾きこちらを見た気がした。

 錯覚だろう。本に意識があるわけないし。


「――――っ」

 そう思ったが最後、増幅しきった魔力が爆発し、目に見えない力で俺は後方へと吹き飛ばされる。魔力余波だけでこの威力……、一体何が召喚されたんだ。


《儀式の完了を確認》

「…………ふむ、妾を目覚めさせたのはお主じゃな。随分若造じゃが……、なるほど。既に紫を倒しておるのか。人は見た目によらぬと、そういうことじゃな」


 天の暗闇から、爆発した魔力をそのまま体現させたような何かが降りてくる。ブツブツと何か言っているが、また俺の道を阻む何者かだろう。


「えー、コホン。――妾は汝を。歓迎するのじゃ、挑みし者プレイヤー

「導く……者?」


 俺の予想とは違い、名乗りを上げたその声は阻む者ではなかった。……というか「のじゃ」って。


「また試練とやらが始まるんじゃないのか」

「試練はもう始まっておるのじゃが……戦いたいと言った様子じゃな。本来妾は戦う必要ないのじゃけど……まぁよい、少しは試練らしい所を見せねばの」


 声が近づき、暗闇にいた何者かの姿が見える。


「…………小さい狐?」

「狐ではない!九尾じゃ!!」

 降りてきたのは、整った巫女服を雑に着込んだ、小さい少女風の何か。巫女服の後ろからはたくさんの尻尾がフリフリと踊っている。

 頭の上には白銀の尖った耳がふたつ。……やっぱり狐じゃん。


「妾は九尾。お主の成長を導くため、この試練で永く待っておった」

「永く待ってた割に、随分姿が小さいな」

「こ、これはっ、まだ魔力が完全に回復していないだけで、本当はもっとボンッキュッボンッなのじゃ!!」


 地面に着地したそいつは、俺の身長の三分の二ほど。

 足元に落ちた本を手に取り、そいつは俺の前へと歩み寄る。いくら人型をしていようが魔物は魔物。俺は警戒して一歩下がった。


「で、試練は?お前を倒せばいいのか」

「そう焦るでない。今用意してやるわ」


 手に取った本を開き、詠唱のような、俺にも分からない言葉で何かを呟く。その声に呼応する形で本のページが音を立ててめくれていく。


 そしてとあるページで動きが止まり、紅い魔法陣がその足元へと浮かび上がる。バサッと九尾が手を挙げてこう告げた。


――眷属召喚


 あの本で見たあの魔法陣は、これだったのか。そりゃ見たことがあったはずだ。今まで試練だと名乗った奴らが使っていたモノ。見覚えがあって当然。


「今からお主には、こやつらと戦ってもらう。……とは言っても、既に紫を倒したお主にはちと簡単すぎるかの」

「……別に。全滅させればいいんだな」


 湧いて出てきたのは、二匹の白い狼と狐。あの悪魔とはえらい変わり用だな。

 眷属だけ倒せ……か。もう普通に話せるから全く気にしていなかったけど、この九尾、かなり友好的だ。とても他の試練と同じ目的だとは思えない。


「ほれ、何をぼーっとしておる。始めるぞ」

 あいつらを倒せば、その辺についても話してくれそうな雰囲気。さっさと終わらせよう。


「来い」


 俺が構えたのを合図に、眷属の獣たちが飛びかかる。

『――鑑定』


【――【眷属】白狼Lv110――】

【――【眷属】白狐Lv110――】


 申し分ない強さ。

 悪魔と同じ眷属でも、こちらは明確な意志と主への慕いが伺えるからか、迫力が段違いだ。正直なとこ、主よりも強そうにすら見える。


「ブラン、実力を見せてやれ」


 だが、そんなことで臆するほどヤワな道は歩んでいない。もうゴブリンにすら恐怖していたあのころの俺は居ないのだから。


――疾走

――召喚

「メタ!――武具変形"短剣"」


 俺が伸ばした手に張り付き姿を変えるメタ。

 変形と同時に正面から迫る狼の首元に刃を突き立てる。


 キンっ


 しかし、おおよそ獣の毛とは思えない音と共に、握った短剣が弾かれる。金属と金属がぶつかりあったような感触。


「硬いってもんじゃない。……下手な防具より厄介だ」

「どうじゃ、妾の眷属たちは。生半可な攻撃ではかすり傷すら負わせられぬぞ!」


 いつの間にか後方に退避していた九尾が、俺の驚いた表情に笑みを零す。なるほど。こりゃ簡単とは行かなさそうだ。


「けど、弱点が無いわけじゃない」

 鑑定によるアドバンテージ。くっきりと視界に移る彼らの弱点。


――影渡り

 

 地面に潜った俺に何かを察知した狼が、その場で飛び跳ねる。影から離れられてしまえば奇襲は不可能。


「――そう動いてくれると思ってたぜ」


 しかしその回避は想定済み。

――武具変形"ハンマー"


 影と本体との間に構えるだけの隙間があるからこそできる芸当。メタを変形させつつ影から飛び出し、身体と同じだけあるハンマーを思い切り狼の腹へとぶつける。


 ガチンッと音が鳴り響く。硬い毛は弱点の腹であっても健在。恐らく短剣での斬撃じゃダメージは通らないだろう。

「ハンマーの打撃、衝撃は通るよな」


 壁まで吹き飛んだ狼を着地と同時に追撃する。まだ終わっていない。

――疾走

――武具変形"短剣"


 鑑定で写し出された弱点はもう一つ。眼。素早く動く相手には当てにくく、普通の状態ではまず回避されるだろう。

 でも、よろよろと瓦礫から立ち上がる狼ならば、回避するだけの余裕はないだろ!!


 俺は充分な加速と狙いを付けて、狼の顔目掛けて飛び込んだ。手の先にはしっかりと短剣が握られている。


「これでトドメ――っ?!」

「ワオオォォォォォォォォォーーーーーーンッッッ!!」

 

 残り数センチで剣先が届くところで、狼のスキル――咆哮が俺の身体を襲う。空気の振動による打撃のような衝撃波。咄嗟に腕をクロスにして後退させられる。


「まだだ、もう一度……」

「ギャァ!!」

「しまっ」


 それは狙っていたことなのか。

 後退した先に、今なおブランと戦っている白狐が攻撃の構えを取っていた。ブランへの攻撃の瞬間に、俺は白狐とブランの間へと着地してしまう。


 白狐の噛みつきを無理やり身体を捻らせ回避し、続く爪の攻撃を短剣で上に弾く。その反動を利用して白狐の側面に蹴りを入れて距離を取った。


 しかし休む暇もなく、回復した白狼が突進してくる。


「――ちっ」


 迫る牙を何とか短剣で抑え、その衝撃を最小限に受け流そうとしたが……


「グルっ」

 白狼は顔を振って短剣を吹き飛ばした。攻撃を防ぐための手段が消え、前足による強打をモロに喰らう。

「ごはっ…………いってぇ……なっ」


 近接戦での動きに隙がない。

 これが本当にいち眷属の力か?


 いや、ブランも白狐と拮抗しているし、俺との相性が悪いだけか。…………それとも俺が弱――


「違うな。俺が弱いんじゃない。まだ成長できる機会が残ってるってだけだろ!!」


 メタを拾いに行く余裕はない。

 戻ってくる前に狼の攻撃が先にくる。


「――インベントリ、装備」


――疾走


 武器を無くした俺が攻めてくるとは思わなかったのか、白狼の動きがワンテンポ遅い。


――急所突


「クオゥっ」

 狼の右眼から血飛沫が舞う。俺は赤黒く色めいた、新たな短剣を握りしめて。


「……へぇ、あの毛皮にも刃が通る。どっかで試し斬りしてからと思ってたけど、ここで試したって同じこと!!」


『"――黒耀紅剣――"

 所持効果

 AGI + 25

 STR + 64

 闇属性付与 火属性耐性上昇

 魔力浸透Lv3 重量適正Lv5

 自動修復Lv2』


 翔からの連絡があったのは昨日の夕方。

 完成したばかりの最高の短剣を、早くもここで使う時が来てしまった。


「最高の武器だ翔。お前のお父さんに頼んで良かった」


 むやみに斬っても意味が無い。

 が、きちんとした角度から当てれば簡単に切り裂ける。


「これで耐久無限とか、充分チートだよな」


 やけに手に馴染むのは、重量適正のおかげ。装備者に合わせて自動的に重さが変わる。こんな装備有りかよ。


「グルルルル…………」

「……ふぅ。俺はまだまだやれるぞ」


 絶体絶命のピンチには程遠い。

 死ななければ負けてない。


「二回戦と行こうか」

「ワオオォォォーーーーッ!!」


――疾走

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