episode34 : 乱入者

 巨大なドラゴニックスネークに急接近した俺がまずしたこと。

 それは――


「弱点はここかっ!!」


 蛇の顎下、鑑定で弱点と表示された、いわゆる"逆鱗"に全力(風)の5割パンチを放った。


「キシャァァァァァァーーーッッッ!!!」


 物理的に逆鱗に触れられた蛇は怒りの籠った悲鳴を上げて、身体を大きく震わせた。


 持ち上がった顔を顎下にいた俺に向けて、紅く染まった瞳で睨みつける。

 口から漏れ出る炎が一段と大きくなり、腹の辺りが赤く盛り上がった。


「ん?」


 その変化に気を取られた瞬間、蛇の口から轟音と共に真っ赤な炎が吐き出され、俺の眼前へと直撃する。


「お兄さんっ!!!」


 その光景を見たかなり後方の三佳の悲鳴が、から聞こえて来た。


「今だ!!腹に攻撃!」

「えっ?!あれ?」


 俺はすかさず動揺していた彼女に向かって指示を飛ばす。

 炎に包まれたはずの俺の声が、頭上の不思議な方向から聞こえてきて二重に驚く。


「えっと――ホーリーランス!!」


 それでも指示通りに攻撃を開始するのは流石の対応力と言うべきか。動きのセンスが良い彼女は、本人の後ろ向きな意見とは異なり、予想より覚醒者に向いている。


 もちろん、それは本人の気持ちとは別の意見であるから、押し付けるの良くないが。


「シァッ?!」


 光の槍が蛇の巨体の側面にヒット。

 まだブレスを吐いている最中だった蛇は、横からの衝撃にふらつく。


「やべ、この後のこと考えてなかった……」


 蛇の炎を直前に空中へ回避していた俺は、空中で次の動きを考える。

 赤崎さんたちの視線はあの蛇に向いているし、少しのスキル使用ならバレずに行けるか?


――空中歩行&疾走


 創り出した足場に着地して方向転換。

 バランスを崩した蛇の脳天に、重力の加速を利用した3割キックをお見舞する。


 炎を口に溜めたままの蛇は、自らの炎で爆発する。


「このまま押し切るぞ!」

「分かりました!――ホーリーランス!」


 精度のいい魔法が飛んでくる中、俺は蛇の頭を踏みつけてその場に留まっていた。


「もう4級は余裕だったか。にしても、この蛇はなんでに?」


 というのも、ダンジョンのボスは強さ以外は他の魔物とその性質は変わらない。

 ボスと言えばボス部屋……と定番ではあるが、別に一箇所に留まる必要はなく、ボスに動く意思さえあれば好きに移動が可能。


 だからこそ、平原やら高原の広大なダンジョンは探索が大変なわけだけども。


 さて、ここで本題。

――なんでこの蛇はこんな場所に?


 身を隠せる草も無い、自由に動くにはよく分からん柱が邪魔。恐らく飛べるんだろうけど、瓦礫の山と言い、遺跡の跡といい、ここは着地にはあまりに向かない。


 魔物の考えなど分かるわけも無いが、何となく嫌な予感がする。こういう時は大抵……


「九十九、何考え事してんだ?そろそろ倒せるぞ」

「あ、はい。弱点出しますね」


 首の下の方から赤崎さんの声がする。


 俺は素早く地面に降りると、自由になった蛇の頭を上へ蹴りあげる。顎下の逆鱗を狙いやすくするため。


「ここを狙えるか!!」

「やってみます!」


 一旦ボスは倒せ……


「――グランドメテオ」


「なっ?!」

「お兄さんっ!!」

「九十九?!」


 彼女の攻撃が命中する寸前、頭上から突如として降り注ぐ小さな隕石の到来によって、遺跡が丸ごと爆風に飲み込まれた。


 爆風の中心にいたのは、――もちろん俺だ。


 あぁ、やっぱり嫌な予感ってのは当たるんだよな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…………やはり倒せぬか」


 ぽつりとそう呟くのは誰か。


「単独で試練を越えただけはある」


 爆風が晴れ、蛇が魔石となって霧散していく。

 しかし、ダンジョンは終わらない。


 それどころか、俺の前には新たな表示が現れた。


『ダンジョンボスの権限が変更されました』


 ボスの権限の変更。

 つまり、倒すべきボスが変わったのだ。


「――誰だ?お前」

「我は青藍せいらんの試練。貴様の道を阻む者だ

「……またそれか」


『――広域鑑定』


【――【試練】エレメンツマキナLv120――】

HP/3000 MP/5800

STR――120(+50)

VIT――147(+50)

DEF――70(+50)

RES――180(+50)

INT――250(+50)

AGI――132(+50)


◇所持スキル 不明

◇称号    不明


 初めから二つ名付き。

 能力を見た感じ、魔法型っぽいな。AGIが高いのは気になるところだが……。


 なにより、

「何が目的だ」

「なに、我は我の目的のため、今回はただの偵察に過ぎぬ」


 こいつらの目的がいまいち読み取れない。

 俺の道を阻む?何故?

 ……この表示が原因か。


「それにしても……、あのが負けたと聞いて興味があったが、随分と貧弱そうなプレイヤーだ。一体どうやって……」


――誰が貧弱だと?


 俺の遥か上から見下ろす試練……マキナ。その口ぶりと態度に、俺の中に怒りが湧き上がる。

 ドス黒い心情が、俺の制御を離れて漏れでる。


「……も、……くも、九十九っ!!しっかりしろ!」

「あ、かさきさん……、どうしました?」

「どうした……って、さっきから呼んでたのに反応しないから、あいつに何かされたのかと心配したんだぞ」


 その瞬間、湧き上がった怒りが徐々に鎮まり、脳が冷静な思考に切り替わる。


「すみません、大丈夫です」

「そうか、なら良かった。彼女は七瀬さんが守ってくれたが、あいつ……、何者だ?真のボスはあいつなのか?」

「どうなんでしょう……。ただ、あいつを倒さなければいけないのは確かですね」


 俺は空に浮かぶマキナへと視線を向ける。

 隣にいる赤崎さんも、険しげな表情で奴を睨む。


「ふむ。余計な者がおるようだ。…………ちっ、分かっている」


 今にも交戦が始まりそうになった瞬間、マキナは不機嫌そうに独り言吐き出した。通話……じゃない、念話か?

 どちらにせよ、動き出そうとした身体が一時止まる。


「仕方がない。我の用は済んだ。貴様とはもう少し遊びたかったが、今回はこいつらで我慢してもらおう――眷属召喚」


 不思議な青白い魔法陣。

 その中から機械じみた四足歩行の化け物が這い出る。


【――マシンアッシュLv105――】


 その瞳に色はなく、意思のないその動きは亡骸アッシュと呼んで差し支えない。


 また、謎の素材で再現された角らしき見た目やその他の特徴から、見た目はラッシュバッファローに近いか。


「なんだ……あれ」

「気を付けてください。かなり強いです、あいつら」

「一度引いた方がいいってことか」


 振り返ると、驚いた表情で固まっている三佳と、奴らの雰囲気を感じ取り身構える七瀬リーダーの姿が見えた。


「では、生きていたならば、次会うときは一戦交えようでは無いか、プレイヤー」

「待てっ!!」


 慌てて声を上げたが、そこにマキナの姿はなく、代わりに例の表示が俺の意識を奪っていった。


『ダンジョンボスが消滅しました。ダンジョンが崩壊します』


「まずい、ダンジョンが崩壊します!!」

「なんだと?!」


 奴を追いかけたかったが、今は俺一人じゃない。彼らを置いての追跡はダメだ。


 急いで合流したものの、後ろからはゾロゾロと眷属たちが湧き、恐らくこのまま逃げてもどこかで追いつかれるだろう。


「七瀬リーダー、ここは俺が……」

「いいえ、九十九くん。ここは私が何とかしましょう。先に行ってください」


 1歩踏み出したリーダー。


 隣に守られていた三佳が、彼を危険だと引き止める。

 が、その実力を知っている俺と赤崎さんは首を振る。


「その……な。ここにいて危険なのは、どっちかと言えば俺たちなんだ」

「えっと……それはどういう?」

無事ではすみませんし」


 こちらの言い分に首を傾げ、納得のいかないまま遺跡を後にする。ダンジョン入口はそこそこ遠いが、崩壊には間に合うだろう。


「あ、あの!巻き込まれって一体……」


――暴風域テンペスト


 そしてそれは起こった。


 遠くからでもその巨大な規模が伺える、荒ぶる竜巻。

 遺跡を丸ごと吹き飛ばさん勢い、先程のメテオが比べ物にならないほど強烈な暴風が、離れたここにまで影響を及ぼす。


 前のダンジョンでは、メンバーとの距離を考えて手加減していたのが分かる、桁違いの破壊力だ。


「う、うわぁ」


 ついさっきまで心配していた三佳が若干引いているレベル。


「とりあえず、俺たちはゲートに急ごう」


 とてつもない嵐が後方で吹き荒れる中、俺たちは必死にゲートまで走った。


 彼があのレベルの敵に対して無双だったことは、しきりに鳴り響く経験値獲得の音が知らせ続けていた。

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