紅の獣魔
episode35 : 二度目の訪問
「はぁ、……はぁ、凄かったですね」
「手加減しなくていい時の七瀬さん、生き生きとしてるからな。ああ見えて結構血気盛んな所ある」
「遠慮、無かったですね」
ダンジョンから何とか逃げ延びた俺たちは、息を整えながら各々全力リーダーの感想を口にする。
サタンのような悪魔だったからあまり目立っていなかっただけで、やはり1級の実力は伊達じゃない。
もはや化け物と言っていい。
洞窟系のダンジョンでは全力を振るえないだろう。力を抑えるのにかなりの集中力が必要なのはこの身で経験済みだから分かる。
……それで俺が手加減していると気がついたのか?
「ふー、ギリギリでしたね」
「七瀬リーダー!」
俺らが出てきてから数分後、妙にキラキラした七瀬リーダーが笑顔で出てきた。
そして数秒後、ゲートが完全に崩壊して消滅する。
本当にギリギリだったな。
「さて、九十九くん、三佳さん。お二人はこの後どうしますか?よろしければお近くまで乗せていきますよ」
おぉ、たった今ダンジョンから出てきたばかりで、もう運転できる余裕があるのか。それにかなり有難い。
何せ、ここから駅までまた一時間以上歩く必要が無くなるのだから。
「お願いします。助かります。」
「わ、私もっ……お願いします」
彼の申し出を有難く受け、俺たちは彼の車へと移動する。
「そうだ九十九くん」
「はい?」
その間に、リーダーがこっそりと近づいて意味ありげに言った。
「私はこの件について報告をする義務があります。君のことについては伏せておくつもりですが、恐らく何かしら探りが入るでしょう。催促しているようで申し訳ないですけど、なるべく早めの再検査をおすすめします」
それだけ告げると、彼は何も無かったように再び歩き出す。
再検査の提案を保留してくれたあのリーダーが催促するということは、きっと厄介事が降ってくる。それを見越して……
(明日、試練に行こう。その後で再検査だ)
彼の言った
今回のマキナについても気になる。
それらの解決のため、急速に試練へ赴く必要がある。
「九十九!出発するぞ!」
「あ、待ってください!!」
予定は決まった。
覚悟もある。
あとは明日に向けてしっかり休息をとることだ。
――ちなみに、七瀬リーダーの運転はすごく丁寧だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……行くか」
時間は朝9時過ぎ。
俺は真っ白な部屋の、紅い扉の前で一人佇んでいた。
《――紅の試練 Lv70》
あの時はレベルが高いと引き返したが、今は余裕だ。しかし、他の試練がレベル120だったことを考えれば、この扉の先は裏ダンジョンのようなものが用意されているのだと思う。
ゴクリと、唾を飲み込む音が聞こえる。
大丈夫。
準備はした。レベルも上がり、武器も買った。
従魔だって強くなった。
今できる準備は全てしただろう。
覚悟も決めたはずだ。
「試練なんて、――お前らの思い通りになると思うなよ」
俺は誰もいない扉に向かって叫ぶ。
気になることは山ほどある。それらも含め、この状況を楽しんでいるであろう何者かの思い通りになどしてやるものか。
俺は扉の取っ手を握る。
「よしっ」
扉を開け、モヤがかかり見えない先へ、勢いよく踏み出した。
【――九十九涼Lv134(魔物使い)――】
『HP/2580 MP/1890
STR +217(+10)
VIT +120
DEF +105
RES +82
INT +92
AGI +200(+20)
所持スキル
疾走Lv5 土魔法Lv4 賢能Lv7 威圧Lv5
空中歩行Lv3 自然回復 不屈の精神Lv2
料理上手 影渡りLv4 急所突Lv3
領域保存 自動保存
従魔の誓い 従魔召喚
称号
強者への報いLv2 強者への挑戦
初めての回帰 聖樹の加護 低層の覇者
魔物ハンター
再召喚の恩恵 再召喚を行った従魔の能力値上昇(永続)
悪魔殺し MP+1000 悪魔系の敵に対しダメージが2倍
耐性
状態異常耐性Lv3
恐怖耐性Lv2』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「罠は……無しか」
扉を潜った先、罠を警戒して直ぐに着地せず空中歩行で警戒を怠らない。
試練については謎のままだが、出会ったのは悪魔と機械。共に紫と青と色がついてはいたが、内容にはまったく関係なかった。
そして、ここ紅の試練は……
「洋館?随分広い建物の中だ」
扉の先は洋館の中。
暗い通路に所々置かれた松明が、余計に不気味さを増加させている。
戦闘は窮屈そうで暴れるのには向かないが、今回のゲートが扉の形だったのには納得が行く。
帰り道は玄関だと覚えておけばいいから分かりやすい。
「……で、ザコ敵は幽霊系ってわけだ」
レイスLv75、レイスLv72……
試練レベルが低いこともあってか、出現する敵のレベルも弱い。見つけた当初なら苦戦もしただろうが、今やその差は歴然。
レベルだけでも倍の差がある。
「――召喚。ベクター、適当によろしく」
狭い通路にわらわらと湧いてでる雑魚に構っている暇は無い。隠し通路での裏ダンジョンか、ボスが覚醒するのかは知らんけどとにかく探索優先で。
城とは違い、ここにボスが居そう……みたいな場所は思いつかない。さらには調べるにしても部屋数が多すぎる。
『――広域鑑定』
「……反応少なくない?」
頼みの鑑定も、目の前で処理されていく数体のレイスしか引っかからない。どうやらこの壁が魔力を遮っているらしい。
厄介だ。敵の強さとは違う意味で。
仕方なく虱潰しに各部屋を回る。
とはいえただ考えもなしに回っても時間を浪費するだけ。重点的に探すは上の階、あとはよく分からない空き部屋の探索も後回しだ。
一応、通り過ぎる部屋は覗いていくか。
手始めにこの目の前の部屋に入る。
「ここは……キッチンか。壁に料理器具がこんなに」
俺がその存在に気がついたのがトリガーだった。
「うわっ、な、なんだ?!」
ご丁寧に並べられたお皿やナイフ、その他器具がいっせいに俺目掛けて飛んできたのだ。
一度避けた後も、宙をふわふわと飛び回る。そして再び俺目掛けて放たれる。
「ちっ、罠ってことか」
――アースウォール
いちいち全部を破壊するのは面倒なので、部屋の入口を土魔法で固めてしまう。
「はい次」
階段が廊下の両端にあるせいで、余計な部屋が多い。
次の扉をゆっくり開けると、そこはいわゆるダイニング。食事部屋ってやつだ。
大人数で食べる用の長すぎる机と大量の椅子。
これまた各席に並べられた人数分の食器。
……食器?
「ちょっ、――アースウォール!!」
食器の襲撃再び。
おいおい、罠の使い回しは面白くないぞ。
急いで扉を封鎖し、その先に見える部屋の扉を開ける。
次は……倉庫のようだ。
ここの館主は掃除が苦手だったのか、棚がぐちゃぐちゃに置かれていて木箱も無造作に散らばっている。
ただ唯一、妙に新しい棚だけは整頓した跡が見られた。
いくつもの小箱がビシッと並べられている。
「……これは飛んでこない、か。んじゃ確認だけ」
例の小箱の中身を覗くと、そこには大量の資料がみっちり詰まっていた。読めない謎の文字がずらりと綴られ、一部にはグラフやら模様やらも描かれている。
そんな小箱が横に数個、そして最後の箱には本が一冊。
「本だ!って喜びもないわ。読めないんだから」
そうツッコミを入れながら、本を手に取り開く。
予想通り謎の文字が並ぶ。
しかし、今回はやや気になる絵が。
「魔法陣……、しかもどっかで見たことある……ような?他のページには……、おっ、最後のページにもある。こっちは見たことない。鍵穴みたいなマークだな」
まるで何か封印されてます!って感じの怪しい終わり方。実は呪いの書とかだったりせんよな?
デレデレデレレ……なんて、不穏なSEが聞こえてきそうだ。
が、気になったので持っていく。
よく良く考えれば、俺は状態異常耐性持ち。呪いが簡単に効くとは思えない。
何よりも試練のダンジョン内に残された貴重な資料だ。
「拝借していきますよっと」
俺はその本をインベントリに収納し、部屋を後にして、ようやく見つけた階段を足取り重く登る。
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