episode33 : ベテランも木から落ちる
「九十九!そっち行ったぞ!」
「了解です!よっと……三佳、今だ!」
「はい!――ホーリーランス!!」
初心者をサポートすると言っても色々ある。
赤崎さんが索敵係として魔物の場所を逐一報告し、俺が素手で適当に一撃を加え、放り投げた瀕死の魔物のトドメに彼女が魔法で倒す。
ヒーラーだとは言ったが攻撃魔法が使えない訳ではなく、ヒーラーらしい光属性の魔法が使えた。
効率はあまり良くないものの、光属性の耐性を持つ敵は少なくそれなりに一定のダメージを与えられる。常に鑑定でHPを表示して、俺が上手いことダメージを調整しているから全て一撃で終わらせられる。
これも、一定のダメージを安定して出せる光魔法だからできること。と言っても、やはり攻撃にはあまり向かないけれど。
問題なのは、魔物のHPを下手に削りすぎると、勝手に従魔の誓いが発動してしまうこと。
予め分かっていたから調整も上手くいっているが、こんな人の目の前で従魔化をしてしまえば、彼らの全信用を失いかねない。
いつかはバレるにしても、さすがに今では無いだろう。
「うん、案外しっかり動けてる」
「本当ですか?たぶん、お兄さんが戦いやすい位置に魔物を投げてくれているからですよ」
「そんなことはない。魔法を使うのに慣れていない初心者の時は、魔法が上手く発動しない人も割と多い。ランクに関係なくな」
ちなみに、この今戦っていたのはラッシュバッファローの群れ。
どっかで聞いた事あるって?
無限迷宮の何階かで出てきたことがある。
あの時はあんまり群れを見なかったけど、本来はまとまって行動する魔物だったようだ。
レベルは15〜25程度。
出現する魔物も4級ダンジョンの中では強い部類。
が、そのレベルでは苦戦のしようがない。
七瀬リーダーがニコニコと後方で見守っていても、なんら支障はないくらいには余裕だった。
……いや、少しは手伝って欲しいんだけど。
「あとは、自身の魔力管理だけしっかり行えれば完璧だ」
一瞬リーダーを睨みつけ、俺は彼女への助言を続ける。
「魔力管理……ですか」
「君は魔力量が元から多いみたいだから、余計に気をつけないと。魔力枯渇状態が長く続くと命に関わる」
「えっ?!……き、気をつけます」
魔法を使えば魔力を消費する。
そんなことは言われずとも誰もが理解している。
しかし、俺は例外として、普通の覚醒者は残り魔力(MP)がどれくらいなのかを確認する術がない。
魔力探知機があれば良いけれど、あんな高価で戦闘の邪魔になるものをダンジョンに持ち込む人はいない。
だから、魔法使いはまず自分にどれだけ魔力が宿っていて、身体がどんな風になったら魔力枯渇なのかを知る必要がある。
「それなら、実際に聞いたことある確認の仕方がいくつかあるな。一つの魔法を基準に何回放てるとか、身体が気だるくなってきたらとか。これだって確実に証明出来る物は無いが、参考にはなるだろ」
「は、はい!ありがとうございます!」
赤崎さんのように近接攻撃がメインの前衛にはあまり馴染みのない経験のはずだ。
それなのに彼が情報を持っているのは、赤崎さんの良い性格が為せる優しさから。リーダー経験のある人はやはり根っこの部分が違う。
「にしてもまぁ、ここはかなり広い高原だな。未だにボスの気配が感じられない」
「ですね。魔物はそこそこ見かけるのに」
広すぎるが故の不気味さ……あると思います。
なんて、冗談交じりに思ってみるも、実際ゴールの見えない道は不安になるものだろう。
彼女がその不安を感じ始める前にボスを見つけたいところだ。
……はぁ、仕方ない。
――賢能
『――広域鑑定』
ラッシュバッファローLv23、ラッシュバッファローLv25、高原メジロLv25×2……etc
あれ?反応無しか。
俺の広域鑑定に入らないって、相当遠いぞ。
スキルレベルは6、きっと1地区分の情報は余裕で手に入る範囲のはずだ。まさか、逆側に進んで来ちゃったか。
「赤崎さん、逆に向かってる説……ないですか」
「あぁ、俺も今同じこと思っていた」
俺は振り返ると、リーダーに向かって前進。
「七瀬リーダー、さては気がついてましたね」
「私が助言しては彼女のためにならないと思いまして」
「無駄なことはさせないでくださいよ!!」
さては、このリーダー、俺がHP調整にかなりの集中力を割いていることを察してたな。
正確には手加減に苦労していたのを感じ取っていたんだろうけど、……実は性格悪いのか?
「はぁ、すまん。逆方向っぽいから戻ろう」
「了解です!!私もなんとなくそんな気がしてました!」
「うっ……だよな」
彼女の素直な感想が俺の心を貫く。
純粋な瞳が俺の罪悪感を撫でる。
まぁ、間違いは誰にでもあるしな。
そもそも初めの方向は運ゲーだ。もう少し早く逆だと気付けなかったのは俺の落ち度だけども。
くっ、自覚すると恥ずかしさが。
賢能さん。鑑定は定期で使ってくれ。
『了解しました』
予防線を張っておかなかったことに後悔しながら、俺は賢能に指示を出す。そして、リーダーの横を通り過ぎて、来た道を戻り出す。
悲しいというか、辛いというか、戻る道なりに魔物はほとんどいなかった。
当たり前だ。
見つけたい魔物は倒しながら移動していたのだから。
「九十九さん!上っ!」
「ん?上……?」
そして、完全に気を抜いていた。
初心者のサポートをしている俺が気を抜いちゃダメだろうがと。お叱りの声はごもっともだ。
俺は頭上からのメジロの攻撃をモロに喰らう。
もちろんダメージは殆どなく、腕で防いだからかすり傷程度で済んだ。……しかし、そういう問題では無い。
「……カッコ悪、俺」
そう小さく呟いてしまうほどに。
――疾走
俺へ一撃入れて満足したメジロが空へ逃げようとする。
疾走で飛び上がった俺は、その背中へと、今までの恥ずかしさを込めて全力で拳を振るった。手加減なしの、全力全身の一撃を。
――少しはストレス発散になった。
メジロからすれば、完全にとばっちりである。
「あ、あの……お兄さん」
「なんというか……ごめん!俺の不注意で」
地面に着地すると、驚いていた彼女に向かって深く頭を下げる。不甲斐なさ、恥ずかしさ、それに伴う申し訳なさ。それらを全て込めて。
「大丈夫ですよっ!!私はどこも怪我してませんから!それよりも、お兄さんの傷は…………」
一撃を貰った腕の傷は、既にどこにもない。
自然回復の効果を実感できた初めての出来事。
「あー、問題ない……みたい」
「なら良かったです!ただ、危ないですから気をつけてくださいね」
「あ、はい」
初心者の彼女に気をつけてと言われてしまう始末。
あーーー、穴があったら入りたい。
『――広域鑑定』
ドラゴニックスネークLv29。
ゲートまで戻り、反対側へ進むこと約1時間。
ようやく鑑定の範囲にボスらしき名前が現れた。
これは俺だけが見える情報だから、それとなく3人をそちらの方向へと誘導する。
ある程度まで近づくと、赤崎さんが微量の魔力を察知する。
「ボスがいるかも知れない」
「……了解です」
意味は無いけど知らないフリをしておく。
「――っ?!お、お兄さん……あっちになにか」
さすがの彼女も、その不穏な気配に気がついた。
服の裾を引っ張り、ボスの方向を指し示す。
「うん。きっとボスだ。気を引き締めて行こう」
俺に言われたくは無いかもだけど、ボス前の緊張感の演出のため、言わせてくれ。
慎重に、背の高い草花に隠れて強い気配の場所まで移動する。
近づくにつれて、地面を這う細かな地鳴りが足の裏から伝わってくる。
まだ姿を確認できないのにこの地鳴り。
かなり大きく重たい魔物らしい。
草を掻き分けて、姿を確認できる所まで来た。
ボス専用に造られた円形の巨大な遺跡。そこをぐるぐると蛇行運動で回るこれまた巨大な蛇。
背中には立派な羽、硬そうな鱗と口から漏れ出る炎は、ドラゴニックと呼ばれる理由。
「お、大きいですね……。倒せるでしょうか」
「心配しなくていい。最悪、こっちには超ベテランがいる」
「でも、さっきお兄さん、攻撃を……」
「そ、それは忘れて欲しいかもっ」
まぁね?お、おお俺はまだ5級だし?
あんな失敗くらいは――はい、すみません。油断してました。
「とりあえず、初撃と誘導は俺がやる。君は遠距離から魔法のサポートを頼む」
「はい!頑張ります」
ダンジョンを怖がっていた彼女の姿はどこへやら。
今はもはや俺よりも頼もしい返事をする。なんだかんだ慣れるまでが早かった(なおここまで2時間以上経過)。
「じゃあ行くぞ」
「はい!」
自分の合図を元に、俺は最大限の手加減を加えた奇襲を行うべくその場から駆けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます