episode32 : 少数攻略

「お兄さん、本当にいいんですか?」

「いいよ。妹と仲良くしてくれてるお礼だと思って」

「えへへ、仲良しだなんてそんな……」


 どうしてそんなに照れるのか。

 ……これ以上は踏み込んでは行けない気がする。


――とりあえず、買ったのはダメージ軽減の御守り。

 値段は……まぁ、4級の魔石があればぎり買える、とだけ言っておこう。


「そうだ!お兄さん、連絡先を交換してください!」

「俺の?いいけど、またどうして……あ、ダンジョン攻略か」

「そうですよ!まさか忘れてたんですか?」

「いやいやまさか」


 忘れてた……と言うより、連絡先を交換するという非日常すぎる行動に理解が及ばなかっただけだ。


 数少ない連絡先の名前欄に新たな名前が追加される。


「攻略の日程についてはこっちで決められるけど、いつがいいとかはある?」

「出来れば休日がいいです。……あっ!明後日なら行けます!」

「分かった。とりあえず知り合いに頼んでみるから、決まったら連絡するよ」

「分かりました!お願いします!」


 こうして普通に話している分には普通の女子高生って感じなんだけどなぁ……。


 赤崎さんには、2級の新人と行けるダンジョンとレイドについて聞いておこう。


「俺はもう少し見て回るつもりだけど」

「私は……、そろそろ帰ります!実は親に黙ってこっそり出てきてしまったので」

「えっ?!だ、大丈夫……?」

「はい!帰って説明すれば――」

「急いで帰ろう!うん、それがいい」


 俺は食い気味かつ慌ててそう言った。

 まさか、無断で外出してたとは……。そういや助けた時に慌てて出てきたとかって言ってたな。


 これじゃ俺は家出少女を連れ回した変態だぞ……。


 葵に見つかったらどうこうなんて考えている場合じゃない。下手したら俺は犯罪者扱いされるっ。


「それじゃあ、また今度ね!!」

「え?あ、はい。今日はありがとうございました!」


 俺は魔物相手には無い、ある意味魔物よりも恐ろしい恐怖を感じ、その場から逃げるように立ち去った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 彼女の相談があってから2日後。


 俺はとある辺境のダンジョンの入口で人を待っていた。

 相手はもちろん今日の攻略メンバー。


 赤崎さんからの連絡で、メンバーもこっちで決めていいかと聞かれたので問題ないですと返しておいた。

 なので、俺もメンツを知らない。


「場所……合ってるよな?」


 集合時間まではあと10分弱あるけれど、未だに誰もいないのは不安になる。


 見渡す限り畑と山。

 やや曇った空が俺の不安を表現しているようだ。

 この誰もいない辺境という場所そのものが、不安を煽る原因になっている。


「すみませんー!お待たせしました!」


 そろそろ電話してみようか、いや、まず電波通ってるのか?と考えていると、長い道路の向こうから走ってくる人の姿が見えた。

 今回の主役とも言える三佳だ。


「あれ……?お兄さん1人ですか?」

「いや、頼んでおいた知人が来ると思うんだけど……」


 彼女にそう尋ねられて、やはり電話をするべきかと悩む。


 しかし、その悩みはこのド田舎に似合わない高級そうな車の訪れと共に消え去った。


 白い高級車がゲートの前に止まり、その中から二人の男、赤崎さんと七瀬遥輝さんが姿を現す。


 畑のど真ん中にこんな白い高級車、――汚れが目立ちそうだな。


「悪い遅くなった!」

「すみません、ギリギリまで仕事をしていたもので遅くなりました」


 時間ギリギリになってしまったことに対して謝る二人。

 一応時間内ではあるから遅刻では無いけど。


「えっと……4人だけですか?」

「そうだな。七瀬さんが調整してくれたんだ」

「な、なるほど。ありがとうございます、七瀬リーダー」

「赤崎くんからご友人の初チャレンジだと聞きましてね。初心者のサポートをするのもギルドの役目ですから」


 柔らかスマイルで、当たり障りのないコメントを口にする一級覚醒者。


 俺は彼女に悟られぬようこっそり耳元で尋ねた。


「実際のところ、何が目的です?」

「あらら、信用ないですね……。心からの感想のつもりでしたが、強いて言うなれば"厄介処理"です」

「厄介処理?」


 聞き慣れない単語だ。

 このダンジョンが厄介ってことか?


「えぇ、見ての通りこのダンジョンはあまりに辺境に位置します。さらには内部も4級程度と、誰も攻略したがらないのです。そう言った中々攻略されないダンジョンを仕事として攻略することを"厄介処理"と言います」


 雑用みたいなものですね、と笑って肩をすくめてみせる。


 確かに、一番近い駅からでも1時間以上歩いた。

 街に近いダンジョンと比べて明らかに面倒だ。ただのレイドなら絶対に参加したくは無い。


「その割には、メンバーが少数かつ豪華ですね。わざわざリーダーが来なくても」

「それは、私の好奇心という名の私情ですよ。九十九くんの実力をもう一度この目で見たいという気持ちです」

「……まだ、ただの5級ですよ」


 七瀬リーダー、思っていたよりも自由な人なのか。


 チラと赤崎さんへ視線を向けると、やれやれと笑って手を軽く上げる。


 赤崎さんもお手上げの様子だ。


「あ、あの……」

 こちらの話に入って来れなかった三佳が、やや緊張気味に声を発する。


「おっと、すみません。確か三佳絵名さんですね。今回、攻略のサポートをさせていただく者です。九十九くんとは"友人"ですから、気軽に話しかけてくださいね」

「えっ?!な、七瀬さ……」

「――しーっ」


 俺の反応に、人差し指を口元に当て、秘密でお願いしますとアピールする。


「そちらの彼も、九十九くんの友人です」

「赤崎だ。よろしくな!」


 たぶん七瀬家とバレない、この方法が彼らにとって一番都合がいいのだろう。こちらとしては冷や汗が止まらないんだけど。


「さて、早速だけどダンジョンに入って見ましょうか。ランクは4級ですが、ダンジョンとは何が起こるか分かりませんから、注意を怠らないように」

「は、はい!!」


 俺の焦りなど何処吹く風、前置きも短く颯爽とダンジョンの攻略が始まった。



 青いゲートを潜った先は、広々とした草原エリアだった。

 風の通りがいい所為か少し寒い。


「わーー!!凄い……、広いです。空もあんなに青い」


 初めてダンジョンへと踏み入れた彼女は、その全く異なる景色に感嘆の言葉を漏らす。

 そしてキョロキョロとしながら、その異質な感覚を感じている。


「なんだか……肌がピリピリします」

「ダンジョン内は、いわば異世界・異空間だ。地球よりも魔力濃度も高いし、慣れるまでは落ち着かないかも」


 手に持った杖を強く握り、緊張を露わにする。

 地球以外の魔力に触れていない者は、誰だって似たような感覚に陥る。これが新鮮かつ正常な反応だろう。


「あ!何かいます!大きな……鳥?」


 空を見上げて天に指を指す。


 視線の先には、鷲の二倍くらいはある、大きな緑色の鳥が優雅に飛んでいた。


「あれは高原メジロだな。基本的にあまり積極的に攻撃はしてこないけど、あの高さから一方的に風魔法を放たれると厄介だ」

「もう一つ、ここはどうやら標高が高いみたいですね。どこかの山の上かもしれません」


 通りで少し肌寒いと感じたわけだ。

 目に見える範囲に他の山も見えないから、てっきり低位置の草原かと思った。


「ただの草原なら動物型の魔物が多いんだが……、高原となるとドラゴン系統の魔物もいるかも。4級だし、そこまで強力な敵は出てこないと思うけど」

「えっと……、どこに進めばいいんでしょう?」

「んー、勘……かなぁ」

「勘……ですか」


 雑にアドバイスしてるわけじゃないぞ?


 知っての通り、ダンジョンはその中のどこかにいるボスを倒せば攻略完了なんだ。


 ただ、具体的にどこにいるかなんて誰も知らない。

 環境とか地形を見て推測はできるけど、最終的には全部勘に頼らざるを得ない。だから探知魔法は有用なのよ。


「とりあえず、こっちに行ってみるか」

「は、はい!」


 俺が鑑定を使えば1発なんだけど、それじゃ彼女のためにならないし。


 俺たちは魔物の気配がない、ゲート出口とは反対の方向に向かって、ゆっくりと進み出した。

 ここから一体何時間かかるのか、果たしてすぐボスまでたどり着けるのか。

 それは神のみぞ知る……ってわけ。今はまだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る