episode30 : 巡り合わせ

 ここ第七地区は、セブンレータワー以外にもそれなりに有名な商業地区でもある。


 この街の人は手に入らないものは無いと謳い、ありとあらゆる物品・サービスが詰まっている。


 よって平日昼間であっても大量の人が行き交い、人の流れが止まることは無い。


 眠らない街があるように、ここは人が"止まらない"街としてもそれなりに有名だったりする。


「さてと、武器は新調したいよな。後は……、使えそうな魔道具も見ておこう」


 つい最近買ったばかりの短剣を、昨日の戦いでボロボロにしてしまった。そこそこしたんだけどな、あれ。


 武器はメタがいるから無くても構わないけど、あれは咄嗟の時に隙が大きすぎる。常に使える武器はやっぱり欲しい。


 流れに任せて適当に移動していると、武器屋――ではなく、見た事のある後ろ姿を見つけた。


 あれは……


「――っ!!」


――疾走


 人混みの隙間を縫って彼女まで一瞬で移動する。


 俺は彼女に声をかけるより早く、背後から近づく不信な腕を掴んだ。


「おい泥棒、こんな街中で堂々と盗みかよ」

「ひっ?!す、すみませんでしたぁぁぁーー!!」


 俺の存在……というより、スリの最中に腕を掴まれたことによる驚きで、その男は颯爽と逃げて行った。


 ああいう悪人って、逃げ足だけはいっちょ前だよな。

 ……俺も人のこと言えないけど。


 逃げていく男の後ろ姿を眺め、その後スられそうになっていた彼女の顔に視線を移す。


「えっと……、こんにちは、君は……葵の友達であってたよね?」

「……あ!葵のお兄さん!!」


 見かけた後ろ姿は、やはり知り合いだった。



「助けていただいてありがとうございます。全然気が付きませんでした」


 礼儀正しく頭を下げる。


「いいよ。ただ、財布をポケットに直入れするのは辞めた方がいいぞ。取ってくれって言ってるようなものだから」

「そ、そうですよね。急いでたもので」


 恥ずかしそうに俯く彼女は、顔を赤くして照れる。


「……そういえば、今日学校は?」


 ふと、今日は家を出た時に葵がいなかったのを思い出した。ただの平日で学校があるのだから当然なのだが、そうなると彼女がここにいるのが不思議だ。


 同じ学校の友達……だよな?

 中学の、とかだったら悪いこと聞いてしまった。


「あ、その……。お兄さんって、か、覚醒者の方……なんですよね?」

「あぁうん。そうだよ」

「お願いがあるんですけどっ!!聞いて貰えますかっ」

「えっ、いいけど」


 彼女の唐突さに驚き――正直に言えばいきなり近づかれて動揺しただけ――咄嗟にイエスと応えてしまった。


 大丈夫かな俺。平日に、しかもこんな昼間から、妹の友達と二人きりで話だなんて……、葵に見つかったら何言われるか分からんぞ。


「と、とりあえず……場所を移動しようか」

 道端での会話は邪魔になる。

 適当なカフェにでも入ってから話を聞こう。



「あ、コーヒーと……君は何かいる?」

「それじゃあ……これをお願いします」


 静かな店内で、和やかなBGMだけが流れている。

 ここだけ時の流れがゆったりとしているようだ。


「それで、お願いって?」

「あ、そうです。実は……、私んです。2級でした」

「………………」


――覚醒。

 それは、今までなんの能力も持たない一般人であった人が、覚醒者へと進化すること。原因は不明、ある日突然と魔力を手にするのだ。


 気が付かない人は数年間気が付かずに生活していた、なんてことも過去にはあったと聞く。

 そもそも一般人の覚醒は滅多に起こらないから、その例も少ない。


 特に学生などの若い人に発生しやすい現象らしく、学校の健康診断では魔力測定も定期で行われる。


「2級……。それは保護者には?」

「言いました。両親はとても喜んでいます」


 ……ね。

 それはそうだ。


 一般人からすれば、覚醒者とはそれだけで価値のある才能で、将来の収入には困らない。2級ともなれば、その量は無限大だ。


 ――しかし、必ずしもとは限らない。


 当然だが、覚醒者は"最も稼げる職"であり、また"最も命を落とす危険のある職"だ。


 死亡率だけで見れば、他のどの職業と比べてもその差は歴然。平和な日常に慣れた一般人に、その事実はあまりにも重い。


「君は……、どうしたい?」


 覚醒者の中には、ダンジョンに潜らず一般人と同じ仕事をする人もいる。その能力を活かした仕事はいくらでもあるから。


 結局、何をするにしても本人が選択するしかない。

 俺ができるのは、せいぜいその後のサポートだけ。


「私は……やっぱり怖いです。生き物を殺すことはできませんし、死にたくもないです」


 当然だ。

 俺だって死にたくは無い。だが、彼女の感じるそれは俺とは少し異なるのだろう。


「ですけど、覚醒者はいずれ戦わなければならない日が来ると、ました。逃げてばかりでは生きていけないと」

「…………」

「一度、ダンジョンに潜ってみて、それでもしも無理だったなら……その時は諦めます。それで……ダンジョンの攻略に、着いてきて頂けませんか」


 命を奪う。

 それは、こちらの命を賭けて初めて成立する。

 慣れて欲しくは無いけれど、覚醒者になった以上は彼女の言う通り避けては通れない道。


 必要なのは、慣れではなく奪うことの重みをどう感じるかだ。


 彼女には、それを感じるための場が必要。

 俺が今、彼女にできるのは、その場を設けてあげること。


「それじゃあ、1回ダンジョンに行ってみようか。俺は5級だから、低ランクのダンジョンしか参加出来ないけど、初めてならそっちの方が気持ちも楽なはず」

「本当ですか!!」


 嬉しそうに身を乗り出し、ニコッと笑顔でそう反応する。ようやくこの店に似合う表情になった。


「ちょうどいい。俺はこの後装備品を見て回ろうと思ってたんだけど、一緒にどう?」

「いいんですか?!行きます!」


 話がひと段落したところで、タイミングよく頼んだものが机に並ぶ。結構な量のデザートが。


 女子の甘いものは別腹だ……と、あの話は本当だったのか。いや、この時間だとお腹が減っていただけ?


(……低ランクダンジョンなら、赤崎さんにお願いしてみようか。限定レイドを組んでくれるかも)


 どうせダンジョンに挑むのなら、彼女にとってやりやすい環境を作らないと。事情を話せば、きっと何とかしてくれるはず。


 それから、あと必要な情報は……


「自分の能力について、教えられる範囲で聞いても?」

「はい!私は確か、ヒーラー?向けの能力だと言われました!」

「ヒーラーか。君にぴったりだな」


 殺生が限りなく少ない役職。

 その中でも、仲間を守ることに特化した職。


 命を奪うことが無くなった訳では無いが、それでも彼女にとっては前向きに考えられる事実の1つだろう。


「それじゃ武器は杖かな。それと、回復に補正の入る装備も探してみよう」

「分かりました!」


 一人で黙々と準備をするはずだった今日のこの時間に、新たな仲間と明るい雰囲気が彩りを添えてくれた。



「うわぁーー!!!武器ってこんなに種類があるんですね!あっ、これなんて葵に似合いそう……」

「も、持つのは君だからね」

「はっ?!そうでした」


 防具、魔道具、武器。

 色々な店を回って、一つ分かったことがある。


「見てくださいお兄さん!これ!すごく葵に似てませんか?」

「な、なんで武器屋にキーホルダーが?」


 彼女、三佳絵名は、重度の葵Loveだ。

 友達として……だぞ。きっと。恐らく。め、メイビー。


 何せ、防具を選ぶ基準、目を惹かれる物、見た感想。その全てが"葵に○○"なんだ。似合う、似てる、喜びそう。

 家族であるはずの俺よりも葵に詳しい。……実はへんt


「お兄さん?聞いてますか?」

「うわっ、ご、ごめん。どうした?」

「これです。この杖の効果、どうでしょうか」


 どれどれ……

『"セインツワンド"

所持効果

聖女の加護Lv3

自動MP回復Lv2

回復効果上昇』


 ……強いな。

 武器効果3つて。しかもヒーラーにとっては嬉しすぎる内容のものばかり。特にこの"聖女の加護"ってのは優秀だ。


――聖女の加護

 所持者のMP総量を上げる。

 継続的な回復効果を付与する。

 闇の攻撃に耐性を持つ。


 誰が作ったのかは分からないけど、相当なぶっ壊れ装備だろう。

 効果が俺にしか見えていないとなれば、この装備の凄さは俺にしか伝えられない。


「すごくいいと思うぞ、それ。かなりおすすめできる」

「本当ですか!!この先端の水色宝石、葵の好きな色なんですよ!これ買います!」

「そ、そうか…………」


 なんだろう。一瞬鳥肌が……。


「すみませんー!お会計いいですか」


 半ば助けを求めるように、俺はレジへと呼びかけた。

 奥の部屋から一人の男性が出くる。


「はいはーい!お会計ですか?」


 やや暗い部屋でもよく分かる茶髪の店員が、その細い腕を捲って接客を始める。

 彼女がお財布を出し、杖を台に置く。


「これをお願いします」

「はーい!!えーっと、これですと…………」


 杖の状態を上から確認し、値札を確認。手馴れた動作でレジ打ちを行い、顔を上げる。


「あ」「あれ?」

 ふと、後ろで待っていた俺と目が合う。


 目が合った彼は、その笑顔をより一層の輝かせて声を上げる。


「九十九くんじゃないか!!!」

「ここで働いてたのか翔」


――今日は知り合いとよく遭遇する日だ。


 そのイケメンな店員は、昨日ダンジョンで一緒だった遠野目翔だった。

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