episode29 : セブンスゲート

 無事2級ゲートをクリアして戻って来た俺は、人のいない所で攻略隊のメンバーを出し、赤崎さんに連絡した。


「…………って事なんですけど、任せても大丈夫ですか?」

「おう。助けてくれてありがとうな。後処理は任せてくれ」


 どうやら俺からの連絡を待ってくれていたみたいで、諸々の対策は準備済みらしい。

 今回の攻略がセブンスゲート地区で本当に良かった。


「しかし……だな。任せては欲しいんだが一つ問題がある」

「問題?」

「あぁ。今まではそこまでランクの高くないダンジョンだったから、報告も誤魔化しが効いていた。が、今回は誤魔化しの効く相手じゃない。特に、攻略隊の中にナンバーズがいる時点で面倒事は避けられんな」


 ……ギルド長の息子か。

 確かに、一級覚醒者が気絶するほどのダンジョンが、起きたらクリアされていました――なんて、さすがに無理がありすぎる話。


 ダンジョンも崩壊して消滅したし、逃げてきたってのも通用しない。


「こっちでできる範囲は何とかするが、いずれ呼び出しがあると思ってくれ。今日は疲れてるだろうし、ギルド仲間の対処は引き継ぐぜ」


――もう誤魔化すのにも限界が近づいている。

 何か俺自身も対策を考えないと……、このままじゃ葵に迷惑がかかってしまう。


 はぁ、面倒くさいな。

 とりあえず、赤崎さんの厚意に甘えて今日は帰ろう。目の前に見慣れた景色があるせいか、もしくは考えたくない現実を突きつけられたからか、一気に疲労が押し寄せる。


「引き継ぐまで待っていた方がいいですかね?」

「ん?あぁ、その心配は無いぞ。なんたって――もう着いてるからな」


 電話越しの声が、真後ろからも聴こえて少し驚いた。


「よっ、お疲れさん。一人でクリアしちまうなんてさすがだぜ」

「赤崎さん!いつの間に……。あ、ダンジョンボスの魔石は渡しておきますね」

「おいおい、倒したのはお前なんだから持っていけよ九十九。高く売れるぞ」

「一級に近い魔石を個人が持ってたら、それこそ疑われますって。これはセブンスゲートに納めておきます」


 高額なお金が絡んでくると、窃盗やら横取りやら不正だと騒ぎ立てる厄介馬鹿が湧く。特に、俺は一応覚醒者としてはまだ5級。


 悪い方で目立つことだけは、何としても避けたい。


「……そうか。まぁ、九十九がそう言うなら、こちらで預かっておこう」


 なんだか納得のいかない様子。

 俺がどうしてもと押し付けると、渋々受け取ってくれた。この辺りの強情さが、赤崎さんの優しさでもある。


「ありがとうございます。それじゃ、俺はこの辺りで失礼します」

「おう。気をつけて帰れ…………あぁ、家はすぐそこだっけか。んじゃな!」


 ひとまず、この日は何事もなく帰宅でき、俺はベットに倒れ伏してたっぷり半日以上は寝た。



 〜〜〜〜♪〜〜〜♪

「――っ、もう朝……か」


 翌日は、どこか既視感のある目覚め方をした。

 滅多に鳴らないスマホの着信音。


 ここ最近はむしろ多い傾向にある。


「……あ"、は、はい」


 開幕一番、寝起き丸出しの声が喉を通り抜けた。


「お、おう……九十九か?寝てるところすまねえ。今大丈夫か」

「…………赤崎さん……?――はっ?!す、すみません!!大丈夫です!それはもうバッチリで!」

「そ、そうか。なら伝えておくが、やはり昨日の件で七瀬さんから呼び出しがあった。息子の方な。ダンジョン内で何が起きたのか聞きたいそうだ」


 あーー、唯一サタンの催眠を耐えた人か。

 俺が立っていたのを見られていた……?


 面倒だけど、無視はできない。

 

「わかりました。何処に行けばいいですか?」

「今日の10時にセブンレータワーだと。俺が入口で待ってるから、直ぐに分かるはずだ」

「今日の10時ですね…………10時?!あと2時間しかないじゃないですか!!」


 セブンレータワーまでは電車で1時間と少し。

 ゆっくり準備なんてしている暇は無い。


「悪い……。昨日も何度か連絡したんだが、繋がらなくてな」

「何度か?」


 慌ててスマホの画面を付ける。


 赤崎さんからの着信履歴が沢山来ていた。きっかり1時間に1度。なるほど、俺のミスか。


「今すぐ支度しますね!!」

「慌てて怪我するn――」


 大変失礼ながら、この時の俺に、赤崎さんの言葉を最後まで聞いてから切るだけの余裕はなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 セブンレータワーとは、セブンスゲートギルドの本拠点であり、ギルド長も務める七瀬家の所有する高層タワービルだ。

 この辺りは背の高い、見上げるような建物が数多く立ち並ぶ街並だが、特にこのセブンレータワーはずば抜けた存在感を放っている。


 この街のどこにいても見ることが出来る建物。

 俺はその巨大な建物の下に、息を切らして辿り着いた。


「早かったな九十九。少し休むか?」

「……はぁ、はぁ…………はーーぁ。大丈夫です。行きましょう」


 一旦水をがぶ飲みして、俺は赤崎さんに続いてセブンレータワー内部へと足を踏み入れる。

 正直、普通に5級覚醒者として生活を続けていたら、一生入ることはなかったであろう場所。


 見た目だけでもかなりの規模感と存在感だったが、中はさらに目を見張るものがあった。


 それは、圧巻な吹き抜けのロビー。


 建物中央は遥か上、最上階まで吹き抜けになっていて、通路が一望できる構造となっている。

 そこをたくさんの人が慌ただしく行き来し、仕事や休憩をしているのが見て取れた。


「結構、色んな人がいるんですね」

「まぁな。ギルドの拠点に加えて、換金所やらフードコート、武器や防具が買える店なんかも入ってる。お偉いさんやらの会議も多々あるから、文字通りセブンスゲートの全てが詰まってると言っていい」


 すれ違う人は、スーツを着た社会人らしき人、鎧防具やブキを携えた覚醒者、その他事務仕事などを行っているであろう一般人らしき人まで。


 喧騒的でありながら、各々違った目的を持って過ごしているのが分かる。


「赤崎さん。リーダーはどこに?」

「遥輝さんは執務室で作業中だ。息子って言っても、社長は重吾さんである以上担当する仕事がある。専用部屋で最上階から数えた方が早いけど」

「それは実質社長部屋と大差ないのでは?」


 ここからエレベーターで上まで行くのも一苦労。

 一つの建物に20近いエレベーターが設置されているのは圧巻だった。


 それを上回る外の景色にも、息を飲む美しさがあった。


 景色に見惚れながらエレベーターから降り、予想外に長い通路を真っ直ぐ歩いた先にて、七瀬リーダーのいる部屋へ到着する。


 慣れた手つきで扉を叩き、

「赤崎です。覚醒者九十九が到着しました」

「入ってください」

 扉越しに言葉を一巡して入室。


 大きな窓で外からの光をめいっぱい取り込んだ明るい部屋が、俺の視界を染める。ってか目が痛い。

 白っぽい木材を基調とした明るい部屋は、光を過剰に反射していた。


 廊下も電気で明るかったけど、この部屋はそれ以上だ。


 ……いやほんとに目が痛いな。

 こんな場所でよく仕事なんてできる。


「こんにちは九十九君。改めて自己紹介をしておきますね。セブンスゲート、ギルド副長、七瀬遥輝です。昨日の攻略ではになりました」


 ……意味深な強調。

 これは荷物持ちとして……、


 やっぱり見られていたか。

 それとも赤崎さんに何か聞いたのか……。


「あ、赤崎君からは何も聞いていないですよ。誤魔化された……というのが正しいでしょうか。けれどそうですね、赤崎君は嘘が得意では無いですから、分かりやすいんですよね。そこが良いところでもあるのですが」


 あぁ、そういう事。

 話を聞いて、察したと。


 それにしても、彼はギルド内でもあの口調なんだな。

 丁寧で真摯な物言い……、評価が高いのも納得できる。


「それに、あの中で唯一悪魔とやりあえた強者ですから。私たちはギルド単位で君に助けられたわけです」

「あ、やっぱり見られてたか……」

「お恥ずかしながら、ほとんど気絶してしまっていましたけれど」


 これは隠し通すのは無理だ。

 せめて――


「もちろん、私以外はこのことは知りません。私から言いふらす理由もありませんので心配は要りませんよ」

「……何が目的ですか」

「あらら、信用されてませんね。私はただ、恩人に対してできることをしているだけです」


 にこやかな笑顔からは、嘘の感じはしない。

 何かしら裏がある気がするけど、今はこの言葉を信じても大丈夫だろう。


「分かりました。それで、本日はそれだけですか?」

「あーいえ。本題はここからです。九十九君、君は5級だそうですね?強さの秘密は聞きませんが、いつまでも5級ではやりにくいこともあるでしょう。良ければここセブンレータワーで"再検査"をしませんか。お代はこちら持ちで」

「再検査?!それは……」


 とても有難い話ではある。


 再検査とは、そのまま覚醒者の検査をもう一度行うことだ。


 しかし、全覚醒者が必須の一回目とは違い、再検査にはかなりの金額がかかる。


 それを無料でやらせてくれると。

 こちらにメリットしかない話だが――


「少し考えても?」

「いいですよ。ゆっくり考えてください」


 悩む素振りを見せた俺に、驚く様子もなく頷く。


「それにしても……ははは、本当に赤崎君の言う通りなりましたね」

「だから言ったじゃないですか」

「??」


 俺の知らないところで、不思議なやり取りが交わされる。


 ……そんなことより、再検査。

 今の俺なら1級くらいの実力はある……気がする。


 が、それでも圧倒的な強さはまだない。

 今再検査して、それで……どうなる?等級の高いダンジョンに入れたとして、サタンのような魔物相手に俺は圧倒できるのか。


――まだ、今はまだその時ではない。


 もっと、葵を絶対に守れるくらい強くなってから。


「今すぐでなくても大丈夫ですか」

「えぇ。いつでも要らしてください。連絡は赤崎君にして頂ければ」

「ありがとうございます」


 俺は七瀬リーダーにお礼をして、その日は解散となった。次の目標は紅の試練だ。そのための準備をしておかなければ。



――七瀬遥輝視点――


「ふぅ。何とか、私たちのギルドと関係を繋ぎ止めることが出来ましたね」

「遥輝さん、こんな回りくどいことする必要ありました?九十九はそんな悪いヤツじゃないですよ」

「それは私も理解できます。ですが、あの強さはそれを加味しても危険です。特に、どこかのギルドに所属でもすれば、ギルド間の均衡が崩れ兼ねません」


 特にあの、能力。

 本人があれだけ強い上、私たちでも手に負えない魔物を従えた覚醒者。


「ははは、本当に。バレたのが私で良かった」


 実際に対峙して、よく分かりました。

 どこまでも強くなろうとする強い意思。そしてそれに見合った魔力。


 彼と敵対すれば間違いなくこのギルドはでしょう。


「赤崎君、彼は再検査を受けに来ますかね」

「さぁ、どうでしょう。今は何か別のことに意識が向いている気がしました。それが上手くいったのなら、もう一度尋ねてくるかも知れません」


 赤崎君も知らない、強さの秘密……ですか。

 私も、ナンバーズも、こうして今に足踏みしていてはいけませんね。


 こんな気持ちを抱いたのは久しぶりです。

――負けていられない。


 大きく息を吐いて、私は己の未熟さを改めて感じた。

 同時に……


「はぁーー。それにしても――ですか。……私の勘違いだといいんですけど」

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