episode24 : 誘導

「ゲートがないっ?!嘘でしょ」


 女性の動揺しきった声。


「ちゃんと場所は合ってんのか?場所が違うってことは……」

「ねぇよ!!そもそもゲート入ってからそんなに移動してないんだ。何より見ろ、ここで足跡が途切れてる。ここから入ってきた証拠だろ」


 二人の争う声。


 リーダーの大技を他所に、その不安は波のように伝染していく。ダンジョンから出られないなんて現象は俺も初めてのことだ。


 ましてこんな高難易度のダンジョンで。


「皆さん、どうしましたっ」

「七瀬リーダー。ゲートが……、ダンジョンゲートが消えています」

「な……、それは本当ですか?!確認しますね」


 あとから合流した七瀬遥輝リーダーが、状況判断に前衛へと向かう。騒いでいたメンバーも彼の姿を見て、少し安心したのか静かになる。


 しかし、それも一時の安心でしかない。


「……確認しました。確かに我々はここから入ってきました。そこの木の幹に印をつけておいたので間違いありません」


 指さす先には、浅い切り傷の着いた木が一本生えていた。優秀なリーダーであると同時に、その優秀さが全メンバーの不安を煽る結果にも繋がってしまった。


「どうするんですか!!まさか一生このまま……」

「落ち着いてください。ダンジョンのゲートが消える現象は、ダンジョンの崩壊以外に前例がありません。そして、このダンジョンはまだ崩壊していない。つまり――」


 だとすれば、

「ゲートそのものが移動した可能性を考えるべきです」


 妥当な判断だろうな。

 消えたという予想よりも信憑性も高いし、希望もある。


「ただし、闇雲に探しても迷子になるだけです。この吹雪が止むのを待ちましょう」


 ダンジョンはいわば別世界。

 永遠の吹雪は存在しない。

 それしかないと、メンバー達も首を縦に振った。



 その後、俺たちはリーダーの指示に従って野営の準備を始めた。交代で見張りと休憩を繰り返して吹雪が止むのを待つ。


 どれだけ待てば吹雪が晴れるのか分からない。

 終わりのない警戒は心を蝕む。交代制という案を出せるのは彼の気遣いがなせる技だ。


「メタ、ベクター、ルナ。周囲の警戒と軽く探索を頼む。何かあったら戻ってきてくれ」


 こっそりと従魔を召喚し、今のうちにできることをさせておく。

 動物系の従魔たちにこの吹雪に寒さは厳しいだろう。よってこの3体である。


 ちなみに、ルナというのは従魔にしたジュニアデーモンを何体も合成してできた『ルナティックデーモン』の名前だ。

 名前が付けられたことから分かるように、こいつも上位種である。


 ……ルナはグレーターデーモンより強いぞ。

 なんたってグレーターデーモン二体の合成後だし。


「それにしたって災難だよな僕たち!まさか出会ったら即死級の魔物が出るダンジョンの中に閉じ込められるなんてよ!」

「それにしては元気ですね……。私はもう気絶しそうですよ」

「亜沙さん、こんな時こそ明るくいないと!僕らより低いランクの涼君が不安になってしまう!」

「そ、そうですね。私の方がお姉さんなのに、不甲斐ない姿をお見せしました。大丈夫です、きっと帰れますよ!!」


 こっそりと指示を出しているなんてつゆ知らず、荷物持ち仲間の二人が励ましあっていた。

 何故か俺も巻き込まれているけど……

 指示出しのために後ろを向いてたのが、絶望しているように見えたのか。


「いや、俺は大丈夫。どちらかと言うと、魔物より寒さが厳しい」

「ほんとですよね。こんなことなら、もう少し厚着してくれば良かったです」


 大きな荷物の中には、人数分の上着の用意も入っていて全員に支給された。用意周到なことで。


 それでも寒いものは寒い。


「早く吹雪、止んで欲しいですね」

「全くだ。これじゃ索敵もろくにできやしない」


 この場合、イーグルの千里眼のことを指す。

 広域鑑定がいかに便利であっても限界がある。


 ……早く吹雪、止まないかな。

 そう切実に願う。



――野営を初めてから約5時間が経過した。


「吹雪、止みましたね」

「だな。しかも晴れてきてる」

「何も無かったね!!良かったぁ〜、僕、また襲われるんじゃないかって怖かったよ」

「その割には随分しっかり寝てたけどな」

「僕はどこでも寝られるのが特技なんだ!!」


 灰色の雲の隙間から、金色にも見える光が差し込む。それが太陽の光であることはその肌で感じ取れる。


「……おい見ろよ。あれ」

「あ、あれは……っ」

「あんな場所があったなんて。全然気が付かなかったわ」


 その光に照らされて、吹雪によって隠されていた真のダンジョンの形が顕になった。


 それを端的に表すなら、そう――悪魔城。


 禍々しい黒い霧を纏い、太陽の光すら通さない漆黒の壁面。巨大すぎる谷に囲まれた浮島へと続く長い一本の橋、そしてそこにそびえ立つファンタジーな城。


 近づけば雷音が聞こえてきそうな様相に、この距離からでも背筋が凍る。


 吹雪の合間、あれより奥へと進んでいたら、あの奈落の底へと落ちていたかもしれない。


 そう考えれば運が良かった……と言うべきか?


「すごいねぇ…………。あんなお城、見たことないや」

「僕も」

「そもそも地球にあんな城はないですからね」


 嫌に感動的で映える風景に、禍々しさを忘れて魅入ってしまった。


 やっぱり、あの悪魔たちはあそこから逃げてきたのか。……あそこにこのダンジョンのボスがいる。


「皆さん荷物をまとめてください!!あの城へ進みます!」

「引き返すんじゃなかったの?」

「この辺り一帯は先程確認しましたが、ゲートの痕跡はありませんでした。この状況から察するに、あそこにある可能性が最も高いです」


 どの道、このダンジョンを攻略するなら、いつかはあの城へは向かわなければならないのだ。


 撤退するにしても、あの城へ赴く必要がある。


 ……けどなんだろう。

 さっきから胸の辺りがモヤモヤする。嫌な予感、死の予感が俺の背後から離れない。


――誘導されてる?


 魔物の奇襲、ゲートの消失、吹雪晴れ後の視界……。全てが何者かの計算通りだったら……


(吹雪の時、従魔に探索させた時はあんなものがあるって報告はされてない。奈落の位置的に探索外だったとも考えにくい)


 やっぱり、何かがおかしい。


 これといった証拠は無いが、こういう時の勘はよく当たるんだ。一ミリも嬉しくないけど。


 俺が思索に耽っている間に、攻略隊は準備を済ませて城へと進み出していた。


 視界は開けているし、城までは一本道だから見失うということは無いが……。着いていくのが得策か。


 彼らの後に続き、俺も歩き出した。



「でけぇ……。ゲート探すのも一苦労だぞ」

「危険ですから、まとまって行動しましょう」


 遠くからでも感じた禍々しい魔力。

 目の前にするとより濃い魔力だと実感する。


 アウトブレイク発生時に感じた魔力はこれが原因だろうか。だとしたら化け物級だ。


「罠は……無いようですね。皆さん離れず着いてきてください」


 城門を通り抜け、荒れた庭を進む。

 一匹の魔物もいないと逆に不安になる。


 全方位警戒しながら進んだが、城の入口までは案外呆気なく辿り着いた。


 見上げるほどの玄関扉。両手で押すと、見た目にそぐわない軽い動きで開いた。

 俺たちを歓迎しているみたいで気持ちが悪い。


「何も……居ない?」

「好都合だ!急いでゲートを見つけるぞ!!」


 ほかのメンバーも強大な魔力を感じているようだ。今すぐにでもこの城から脱出したい気持ちが態度に現れている。


 城の内部も外装同様に広く、扉一つとっても俺の2倍以上の高さがある。


 部屋の広さなんて、貴族の王室何部屋分だよ。


『――広域鑑定』


 レベルも上がり索敵範囲もかなり広がったはずだが、これだけ広い城じゃあまり意味をなさない。


 ゲームだとボスは玉座の部屋とかにいるんだろうな。定番お決まりの仕様。


 今回ボスには興味無いし、そこを避けるようにして探索を続ける。


 右に左に、時には廊下から部屋へ侵入して、俺たちは巨大な城をこれでもかと調べ尽くした。

 しかし、肝心のゲートはどこにもなかった。


「……ないな」

「後探してないのって……」

「玉座……だけです」


 城内を一周して戻ってきた俺たちは、城の奥へ伸びる通路の奥を眺めやった。


 明らかに危険な雰囲気。


「も、もしかしたら森の中にあるかも……。一度戻って」


 この場の空気に耐えきれず、城から逃げるように玄関扉へ引き返す者が現れた。


――しかし

「あ、開かないっ?!なんで?!」


 俺たちはまんまと敵の罠に嵌められたのだ。


 ここに訪れた時点で、いや――このダンジョンに入った時から、何者かの誘導さくりゃく通りに動かされていたんだ。


「仕方ない。もうこの先に進む以外、選択肢は無いようですね。皆さん、行きましょう」


 覚悟を決めたリーダーが、重く閉ざされた最後の扉を押した――

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