episode23 : 想定内の異変

 ダンジョンのゲートを潜ると、不意な浮遊感に足元がふらつく。そして眩しい光と肌に突き刺さる感触に震え上がった。


「「「さむっ」」」


 そこは雪の積もる森の中。

 更には猛吹雪の影響で視界が悪い。


 かろうじて見える足元も、積もった雪で足跡等の情報すら得られない。

 状況としては最悪で、敵の奇襲にはもってこいの環境。


「カハッ」


 攻撃を受けた声がして、


「奇襲だ!!備えてください!」


 リーダーの叫び声が続く。


「な、何?奇襲?!」

「慌てないで夜見さん!僕達より前に攻略隊のメンバーがいますから、動かない方がいい!」


――早速奇襲か。

 翔の言う通り、この吹雪だ。視界が悪いこの状況ならむやみに動かないのは正しい判断と言える。


 ……しかし、それは通常の場合のみ。


 もし、


「チッ」

――疾走


 明らかな殺意が俺を動かした。


 亜沙の背後へと飛翔してきた矢をギリギリで掴み取る。


「えっ、えっ?!なに?だ、誰?!」

「九十九だよ。魔物に囲まれてる。止まってると弓兵の餌食だ」


 あの的確な軌道……、相手はこの吹雪でも俺たちをしっかり視認できていると考えるべきだ。


 そんな奴らからすれば俺たちは格好の的だ。

 俺たちを獲物としか思っていない魔物の仕業……。


――舐めやがって


「急いで正面の攻略隊に合流しよう。俺たちだけでは狙われるだけだ」

「ああ、はぐれないよう近くで固まっていた方がいい」


 冷静な翔の判断はさすがのものだ。

 よく耳を澄ますと、どこからか金属と金属がぶつかり合う戦闘音が聴こえて来る。弓兵だけでなく、前衛もいるのか。


 2級、1級とやり合っているとなれば、敵もかなりのレベルのはず。


『――広域鑑定』


『【虐殺】コンバットラビットLv105、コンバットラビットLv95、コンバットラビットLv93……』


 レベル100越え?!

 ……この名前の前に書いてあるのはなんだ?

 【虐殺】って、特殊個体かなにか?


『二つ名持ちです。他の個体より遥かに高い能力を持っています』


 二つ名ねぇ。

 虐殺ってことは、殺したくてたまらんのかね。


――俺も似たような気持ちだよクソったれ。


 高個体は攻略隊に任せて、せめてあの弓兵は何とかしないとな。


 視界が悪いこの状況は、俺にとってはそこそこ嬉しい。


――召喚


「ベクター、弓兵を倒してこい」

 小声で呼び出し、指示を出す。


 物理が効かないこいつなら相性もいいだろ。

 こっそり従魔を向かわせて、その隙に合流しよう。


 前へ進むほどに大きくなっていく戦闘音。

 あまり近くに行き過ぎて巻き込まれることを警戒する。


 それにしても……、少しおかしい。


 アウトブレイクの時に俺が倒したのは悪魔ばかりだった。てっきり悪魔城的なダンジョンだと思っていたんだけど。


 今のところ悪魔の"あ"の字も見当たらない。あのラビットたちも悪魔的な強さではあるが、本体は悪魔では無い。


(俺たちは、何か見逃しているのか……。違う、やはりのか?)


 ダンジョンの入口が、こうも魔物に都合よく視界の悪い森の中になったのは偶然?そこに待ち伏せかの如く魔物が奇襲してきたのは?


 そもそも悪魔たちのレベルはもっと低かった――


「まさか、あの悪魔は攻めて来たんじゃなくてのか」


 悪魔たちは何者かから逃げていた。

 その先にあのゲートがあれば、藁にもすがる思いで飛び込んだだろう。その先が地球いせかいに繋がっているとは知らずに。


 だとすれば、このダンジョンには彼らよりも強い何かが待っている。


 そんな奴らがあのゲートに疑問を抱かないわけがないよな。


 つまり、ここにいる何者かはこのゲートの先が異世界であることを

 奇襲時に感じた、攻略のために俺らが侵入してくること想定されているようってのは案外的を得ていたようで……


――このダンジョンは危険だ。


 下手をすると2級どころでは無いかもしれない。

 

「な、なんだこいつらっ。俺たちの攻撃が効いていないのかよ!?」

「いいえ、効いているはずです!手を止めては行けません!!」

「――ウィンドカッター。くそっ、視界が悪くて敵が見えねぇ」


 戦闘音が近いところまで来ると、戸惑いながら何とか対処を迫られている攻略隊の声がした。


 地面にいくつか魔石が転がっているから、歯が立たないわけでは無いようだ。少なくとも奇襲で全滅するようなメンバーではなかった、と。


「七瀬リーダー!一度引きましょう。囲まれています。このままでは被害がでます!」

「その声は……、荷物持ち班!無事でしたか。囲まれているというのは……わかりました。こちらの魔物を片付け次第撤退します!」


 彼はかなり話の通じるリーダーだ。

 最低級の俺の言葉にも素直に耳を傾けてくれた。プライドに左右されない、正しい判断をできる人。


「そうは言うけど、リーダーさんよぉ!こいつら一向に数が減りませんぜ」

「吹雪が大変厄介です。一度私が大技で隙を作りますから、皆さんはゲートに戻ってください」

「大技……って、おいおいマジかよ。全員急いで離れろ!!」


 その言葉を聞いたリーダーと顔馴染みらしい男が、大慌て走り出す。彼に続き、リーダーの"大技"を知っているらしいメンバーたちが一斉に後方へ移動する。


「え?ちょ、一体何を……」


 当然、俺たち初見勢は動揺を隠せない。

 が、ただならぬ展開を察して彼らの後に続いた。


 そうしてある程度離れた時、俺たちを二つの衝撃が襲った。


 ズコォォォォォォォォォオオオッッッ


 一つはお察しの通りリーダーの大技。


――暴風域テンペスト


 吹雪すらも霞むような竜巻が発生し、辺り一帯を飲み込む。七瀬家は物理に特化した家系だったはずだ。

 ……あれを一個人で起こしたってのか?馬鹿げてる。


『コンバットラビットを――』


 撃破の表示は途中でキャンセルする。

 倒せたことが確認出来ればそれで充分。


 俺が空を見上げて呆気にとられている間に、もう一つの衝撃的な異変が発覚したのだった。


「お、おい!ダンジョンゲートがないぞ?!」

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