第2章|七色の資格《メインストーリー》

紫の悪魔

episode21 : アウトブレイク

『残り時間が無くなりました。現在地を記録して無限迷宮を脱出します』

 聞き馴染んだ音声がそう告げる。


 第十層の魔物を片っ端から倒して回りはや2時間。


 楽しい楽しいレベルアップも終了のお時間がやってきた。


「なんだもう時間か――


 言い終える前に、転送が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はい残念でした!ここの落下は対策済みよ!!」


 俺は高らかにガッツポーズを決めた。


 一体何かって?

 毎度の転送時に遠慮ない落下ダメージを喰らってきた俺は、無限迷宮に入る前に対策を講じていたんだ。


 その名も、"ベットで寝ながら入れば出る時安全だろ"作戦!

 ちなみに、成功したんで文句はなしで。


『意味不明な努力です』

 おい!文句はなしって言ったよな!


 思わず口に出しそうになる。

 そんなことよりやることがあるだろうよ。


「従魔のレベルはどのくらいになった?」

『契約済みの従魔一覧を表示します』


『月光の蠍Lv74

 デザートイーグルLv78

 ロックスライムLv82

 メタルスライムLv69

 スペクターゴーレムLv86』


 よしよし、全体的にもう高レベルだ。

 種類によってレベルの上がり方に違いがあるが、下位個体の方がレベルが上がりやすいんだな。


 新しくスキルを覚えたやつは……

 イーグルだけか。


――風魔法Lv2


 実は一緒に戦闘している時に気がついていた。

 それどころか、かなり使ってレベルも一つ上がっている。


「はぁー。ま、いい。今日はもうやることないし、ゆっくりしてようか」


 平日の午後。優雅にお茶でも……


「――っ?!」


 その時、かなりちかくで膨大な魔力の波動を感じて飛び起きた。全身の毛がよだつ、限りなく嫌な予感。


「どこだっ?」


 ハンガーにかけてあったパーカーを引っ掴み、そのままベランダへと飛び出る。


 体中に刺さるような魔力波。

 そこから見える大通りで、騒ぎ立てる声が聞こえてくる。


「魔物だ!!逃げろ!」

「ギルドに連絡しろ!どこでもいい、繋がる場所に!」


 あれは……、アウトブレイク?!

 前触れもなく突如として街中にダンジョンか出現する、いわば自然災害のひとつ"アウトブレイク"。


 発生した瞬間は見たことが無かったけど、まさかこんな自宅の近くで発生するなんて……っ。


 しかもこの肌で感じられるほど濃い魔力。


 間違いない。――2級以上だ。


 開いたゲートから、悪魔のような魔物が姿を見せる。『グレーターデーモンLv85』


 つ、強い……。

 やっぱりまだ1級には届かないか。


 ここは大人しくギルドが駆けつけるのを待った方がいい。俺の出る幕ではな――


「うわぁぁぁぁぁぁぁん、お母さんっ……うぅ」


 小さな女の子の悲鳴。

 逃げ遅れたのかっ?!


「急いで助けないと……」


――影わた


 ……こんな場所で使っていいのか?

 こんな誰に見られているかも分からない状況で。


 危機的な状況であるにも関わらず、俺の思考は己の未知のスキルが発覚してしまう恐れで怯む。


 人の命がかかっているんだ、何を戸惑って……


「大丈夫?立てる?」

「お、お姉ちゃん……誰」

「いいから!早く立って!もうすぐ強い人が助けに来てくれるから!」


 強化された聴覚に、知っている声が届く。

 知っているだけじゃない。俺が大切な家族の声。


「葵っ」

――影渡り


 それを理解した時には身体が勝手に動いていた。

 まるで使命を思い出したように、真っ直ぐ妹の影から飛び出す。


「お兄ちゃんっ?!」


――疾走

――急所突


 奇襲効果も相まって、デーモンの心臓を一突き。

 後続に現れたグレーターデーモンを一瞥して振り返った。


「葵、大丈夫か?」

「え?あ、うん……。ありがとお兄ちゃん」

「そっちの子も……無事みたいだね。葵、悪いけどその子連れて安全な場所まで逃げてくれ」

「お兄ちゃんは?一緒に逃げようよ!」


 葵の心配そうな瞳とぶつかる。

 でも、葵の安全を考えれば俺はまだ退けない。


「悪い、俺はギルドの応援が来るまでは残るよ」

「そんな……」

「大丈夫。絶対帰ってくるから」


 俺は負けない。

 負けられない。


 だから安心しろ。

 そんな無責任な言葉は飲み込んで。


 俺は葵の頭に手を乗せた。


「約束するよ。こう見えて兄ちゃん結構強いんだ。だからここは任せろ」

「……うん。分かった約束。絶対だよ。家で待ってるからね!」

「あぁ」


 葵は少女の手を引いて、街の奥へと走って行く。

 一度こちらを振り返ったが、俺は既にその場にはいなかった。



「……さて、お前らわかってんのか」

 俺はいつにも増して怒りに燃えていた。


 その割に頭の中はさっぱりしている。

 やけに視界がクリアだ。


「お前らは手を出しちゃいけないやつに手を出した」


――疾走


「それが死ぬ理由だ、分かったか」


 疾走で目の前まで駆け、目の前でそう一言放つ。

 次の瞬間には、グレーターデーモンは倒れ伏して消滅する。


 しかしダンジョンゲートからは、まだまだわんさかと悪魔が沸いてでる。

『ジュニアデーモンLv62』


 精鋭部隊がグレーターデーモンなのか。

 後続はほとんど弱めのジュニアデーモンばかりだ。しかし数が多くて……邪魔。


――威圧


 それだけで多くの悪魔がひれ伏し足を止める。

 レベルの高いグレーターデーモンもこちらを警戒するように窺い始める。


『従魔の誓いが発動します』

 威圧に屈したジュニアデーモンが従魔の誓いよって、異空間へ消えていく。


――クラッグフォール

 痛そうな岩の塊が、自身の加速と重力によって落下する。


 残ったものの動けない悪魔は魔法で吹き飛ばすのが手っ取り早い。


「残ったヤツも……」

 武器を構えた俺は、遠くから近づく強い魔力の気配を感じて動きを止めた。


 ギルドの奴らだ。

 かなり早いお出ましだな。


「見つかる前に帰るか。――影渡り」


 面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。

 葵を巻き込むことにもなりかねないし。


 防犯カメラ?

 さすがにそこまで相手してられるかよ。



「うぅ……お兄ちゃん」

「ん?呼んだか葵」

「うわぁっ!!どっから出てきたのお兄ちゃん!帰ってきてたなら言ってよ!」


 実は自宅のベランダから侵入してきました――なんて言えるわけないよな。

 靴はインベントリにしまって誤魔化す。


「い、今帰ったんだよ。それよりあの子どもは大丈夫だった?」

「うん。無事にお母さんの元に届けたよ。お兄ちゃんにすごく感謝してた」


 えへへ、と自分のことみたいに喜ぶ葵。

 葵が嬉しそうで俺も嬉しい。


「でもさ、あの子を助けたのは誰でもない葵自身だぞ。よくやった」

「えぇ?!私はそんな……」

「感謝されなかったのか?」

「えっと……お兄ちゃんに対してしか(聞いてなかったや)」

「なら俺が感謝してやる。ありがとう葵。少女を助けてくれて」


 俺は感謝されるようなことはしていない。

 それどころか、自分と葵の未来と天秤にかけて足を止めてしまった最低なやつだ。無能力でも目の前の子どもを助けようと行動した葵こそ、真の勇者だ。


「そういえば、ダンジョンはどうなったの?」

「どこかのギルドが対処しに来てた。もうあの道を封鎖して、攻略の準備を始めているところじゃないかな」


 この辺りですぐに対応できるギルド拠点があるのは、セブンスゲートか四聖連合くらいだろう。後日赤崎さんにでも聞いてみよう。


 ……気になることもあるし。

 そも、アウトブレイクは基本的に魔力の波長や乱れを感知することで、未然に察知できる装置がある。


 そういったものはギルド単位で保管されていて、担当地区のギルドや近くの団体が封鎖したりするのが鉄則である。


 だと言うのに、今回は突然と発生した。

 ギルドも明らかに対応が遅かった。……まぁ発生してからの対応は早かったんだけど。


 彼らが察知出来なかったとなれば、何かしらのイレギュラーな事態が関わっているのかもしれない。


 これはいち覚醒者として、状況の把握をしておくべき問題だろう。


 俺が居ぬ間に、葵に何かあっては困る。


「……どうしたの?難しい顔して」

「なんでもないよ。ちょっと疲れただけ」


 過度な緊張と長いこと動いていた疲れで身体がクタクタなんだ。夕飯まではまだ時間があるし、少し昼寝しよう。うん、そうしよう。


 俺はソファで横になる。


「今から寝るの?私も寝るー」

「夜寝れなくなっても知らんぞ」

「それ、お兄ちゃんが言う?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る