episode16 : ルーンの石

――そうだ、所持品整理をしよう。


 物が少ない自室にて、そう意気込んで体を起こす。


『構ってあげないのですか』

 問いかける賢能の疑問には理由があった。


「お兄ちゃんーー!!もう1回!もう1回弾いてよ!!ケーキ食べたの謝るから!」

 現在進行形で扉を叩くりゆうが。


 数分前のこと。

 俺は妹たちのリクエストでギターを弾いた。正直、懐かしさのあまり二人を気にせず歌っていた俺にも非はある。


 でもだ。

 それでも。頼まれたから弾いたというのに、あの反応は酷いんじゃないのか。


 一曲歌った後、たのんだ張本人の葵の反応がこれ。

「え?あ、ごめん聞いてなかった。……ケーキも食べちゃった」


 俺の分のケーキまで食べ尽くした挙句、聴いてなかったぁぁ??

 たしかに、たしかにな。

 妹の喜ぶ笑顔が見れるなら良いとは言った。言ったがよぉ…………


「俺だって食べるの楽しみにしてたんだぞ?!ギター弾かせた隙に全部食べるなんて、悪魔だ。悪魔の所業だ……!」


 そう。つまり。

 俺は今、不貞腐れて自室に引きこもっているのだ。


 扉の向こう側から聞こえる弁明の声を無視して。


「――所持品表示」

『新たに手に入れた物一覧を表示します。

唐紅からくれないのルーン

・秋のルーン

・紅の鍵

・魔鉱石の杖』


 そうそう。

 キングを倒して謎のルーンってやつを手に入れたんだ。


 インベントリから秋のルーンを取り出してみる。

 灰色で縦長の丸石に、オレンジ色で不思議な模様が描かれている。叩いても回しても、何も起こらない。


「……どうやって使うんだこれ」


 俺は助けを求めるように虚空を見つめる。

『――ルーン石を吸収して新たなスキルを獲得します。吸収しますか?』


 はい。


『秋のルーン、唐紅のルーンを吸収します。

 新たなスキルを獲得

――土魔法Lv4

――威圧Lv3』


 おぉ、こんな手軽に、しかも初めから高レベルのスキルが手に入るなんて……。これってあのゴブリンキングが使ってたスキルだよな?


 ってことは俺も魔法が使えるように?!


『特殊な称号が未獲得なため、MPを消費します』

「…………いや知ってたよ?」

『そうですか』


 俺の上がった士気は、たった一言で無に帰す。俺もMP使い放題スキルが欲しい。


「また無限迷宮に行きたいな」

 称号を手に入れるにしても、新たなスキルを獲得するにしろ、敵のレベルが上がっていく迷宮は美味しさ満点。


 ルーンの石の入手条件が分からないけど、倒していればそのうち出るだろ。


「あ、そういやルーンの石って同じものはどうなるん?スキルレベルが上がるとか?」

『はい。ルーン石に刻まれたスキルレベルによってレベルが上がります。また、従魔にもルーン石を使用することが可能です』


 なるほど。

 つまり、従魔を強くするにはレベル上げとルーンの石の確保が大事……と。何それ面白そう。早く従魔を手に入れてみたい。


 そのためにも無限迷宮に行きたい訳だが……


『無限迷宮――出現まで残り2日と9時間』


 1度入ったあとは、3日のクールタイムがあるらしい。

 そりゃそうか。スキルにもクールタイムはあったんだし。


「他に手に入れたのは杖と……、なんだこれ?鍵?鍵があるってことは扉があるってことだよな?」


 使い道の分からない鍵。

 今のところ使えそうな場所に出会った覚えはなく、もしも使えたとして、そこに何があるのかも知らない。


 説明を見ても

『紅の鍵――紅の祭壇に使用可能』と、いまいち場所に関する情報が掴めない。


 こうして所持品を確認する度に新しい情報が湧き出てくるもんだから、俺の脳みそがそろそろ限界を迎える。

 今後のは偉大なる賢能様に情報の分析を任せる。


『了解しました』

 淡白な返事。


 天井を見上げて目を閉じる。

「あの……お兄さん」

 と、妹とは違う声。


「…………」

「あれ、いませんか」


「うおわっ!!ごめんごめん、今行く」

 何故知らない人の声が?と思考停止したが、妹の友達が来ていることを忘れていた。


「俺になにか用事でも――うわっ」

 急いで扉を開けて2度びっくり。


 扉のすぐ横で、三角座りで膝に顔を埋めた葵がいた。危うく蹴っ飛ばすところだった。


「えっと……、途中から声が聞こえなくなって、心配してて……」

 俺の反応に彼女は懸命に説明をしてくれた。


 すっかりルーンに夢中で気にしていなかった。さすがの俺も反省。


「あー、悪かった葵。俺が大人げなかったな」

「…………」


 そう謝って呼びかけたが、肝心の葵から反応がない。これは相当怒ってるな……。


「葵、無視してたのは謝るから。ケーキはまた買ってくればいいもんな。…………葵?」

 ここまで反応がないと少し不安になる。


 俺は三角座りでうずくまる葵の肩を叩いてみた。


「…………すゃ」

「寝てる……な」

「寝てますね」


 ぽかんと呆気に取られ、二人で顔を見合わせる。


「ぷっ」

「あはは」


 そして二人して吹き出した。


「この短時間で寝れるとは思わなかった」

「ふふ、疲れてたみたいですね」

「昨日遅くまで起きてたみたいだし、このまま寝かせておくか」


 俺は葵を抱き抱え、リビングのソファまで移動させる。無断で葵の部屋に入るのは気が引けた。


「ったく、友達を呼んでおいて寝るなんてな。……そうだ、まだ時間ある?」

「わ、私ですか?大丈夫です」

「んじゃ、夜ご飯食べていってよ。葵のご機嫌取りにちょっと力入れるからさ」

「いいんですか?!」

「むしろこちらからお願いしたいよ。そっち方が葵も喜ぶ」


 少し前なら、こんなふうに誰かを夕飯に誘うことは出来なかった。葵にも苦労させてただろうし、今日は盛大に豪華な夕飯にしよう。


――やっぱりお金があるって最高だな!


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「んーー!美味しい!!」

「凄い……っ」


 作った料理が、次々と少女たちの口の中へと吸い込まれていく。元々料理なんてなかったのではと疑いたくなる速度で消えていくが、その対価はしっかりと受け取っていた。


「お兄ちゃん、やっぱり料理の腕上がってるよ。それに、どうしたのこんな豪華な夜ご飯!美味しすぎるよ!」

「はい!とても美味しいです。私も手伝いましたけど、いつもはこんなに美味しく作れないんですよ」


 とても嬉しそうに、こちらまで笑顔になるような表情で食事をする二人。料理を作った者としては、こうやって喜んで貰えることが一番嬉しい。


「そりゃ良かった。俺も腕をふるった甲斐があった」

「けどなんで?今日って何かあったっけ?」


 その疑問は至極ごもっとも。

 まして、俺が一日で一千万以上も稼いだなんて、信じてくれやしないだろう。


「いいじゃんか。たまにはこういう日があっても」

「私は得だからいいけど……」

「お兄さんも嬉しそうですね」

「えっ?!そ、そうか……?」


 彼女からそう言われ、慌てて口元に手を置く。

 笑っていた……のか?いや、まぁ嬉しいと感じたのは事実だし、別に恥ずかしがることでもないんだが……

(食べる女子の姿見て、無意識に笑ってるのは問題では?社会的に……)


 俺は変態じゃないぞ。

 ただ、そう。

 普段葵が学校でどんな風に過ごしているのか全然知らないから、こうして友達が遊びに来ているとこを見て安心したんだ。


――楽しく学校生活送れてんだなって。


「あー、お兄ちゃん私の友達にデレデレしないでよね」

「えっ?!私はそんな……」

「してねぇって!」


 願わくば、この平穏な日常だけは続いて欲しい。

 家族あおいが、笑顔でいられる日々が。


――そのためにも、俺はもっと強くならなければ。

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