episode15 : 待ち人
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――ダンジョンが崩壊を始めた。
突如として現れた裏ダンジョン。
その中へ
昔の九十九は、もっと臆病で、弱くて、心配になるような人物だった。最低ランクの5級の中でも、特に弱いとされ、メンバーに彼を見掛ける度にハラハラさせられたものだ。
それでも、幼い頃に両親を亡くし、たった一人の妹と暮らすため、ダンジョンに潜るしかないという彼にいつしか昔の自分を重ねていた。
いつか無茶をして身を滅ぼす。
そう思うと、俺は余計なお節介を出さずにはいられなかった。
「それがまさか……」
彼は自分よりはるか上のランクの覚醒者が未だ目を覚まさない中、一人でボスを倒し、さらに裏ダンジョンにまで挑んでいる。
もうあの頃の九十九はいない。
いつの間にか急激な成長を遂げた彼を知るものは居ない。……俺以外。
そんな俺――赤崎
九十九と別れた俺は、まず目を覚まさないメンバーを外へ送り出すために試行錯誤した。
一人で抱えられるのは二人まで。
この人数だと数回は往復せざるを得ない。
……まぁ、このままここに放置しておく訳にも行かないか。
ただ待っているだけなのは性にあわない。
体力が回復したのを確認してから、全員をダンジョンから逃がすために動いた。
一通り作業が終わったのは数時間くらい後のこと。
後は彼の帰還を待つのみとなった。
もうそろそろ心配になってくる時間だ。
……まさか死んではない、よな。
そんな雑念が頭をよぎる。
その時、
ゴゴゴゴゴゴ………………
ダンジョンが大きく揺れるのを感じる。
ダンジョンが崩壊を始めた――。
洞窟タイプのこのダンジョンが崩壊するとなると、天井も崩れ落ちる可能性が高い。
俺も直ぐに脱出しなくては。
「九十九……」
ダンジョンが崩壊したということは、彼がボスを倒したのだ。必ず帰ってくると約束はしたが、それでもホッとした。
………………迎えに行くべきか?
安心したせいでおかしな考えが浮かび上がる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!急げ急げ!!」
だが、その思考は洞窟奥から聞こえてくる、聞きなれた気の抜ける声でかき消された。
「九十九!!……やったのか!」
「赤崎さん!話は後です、崩壊に巻き込まれますよ!せっかく倒したのに崩壊で死ぬなんて、覚醒者の死としては恥ずかしすぎますって!」
減速せずに目の前を通り過ぎた彼を見て、なんだか子が親離れするような、なんとも言えない気持ちになった。
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――九十九涼視点――
「あっぶねえーー!何とかなった…………」
「ダンジョンの入口が消滅するぞ!危なかったな」
入口から転がりでた俺たちは、その瞬間に入口が消滅するのを目撃した。
……間一髪。ダンジョンに取り残されずに済んだ。
「赤崎さん、ダンジョンで待っててくれたんですね」
「そりゃ、お前一人残していく訳には行かないだろ」
「あはは、ありがとうございます」
しかも、倒れていた人達を外に運び出してくれていたようだ。
「な、なんか……雑用みたいなことさせてすみません」
「ん?あぁ気にするな。そもそもこいつらは俺のギルドメンバーだしな。むしろこれくらいしか出来なかった俺が不甲斐ない」
そう言う赤崎さんの赤髪が揺れた。
どちらも申し訳なさそうな表情に、目が合って苦笑い。
「ま、お前は早く帰りな。後の処理はこっちでやっておくから」
「えっ?!そこまで迷惑かける訳には……」
「それこそこっちのセリフだぜ。これ以上お前に迷惑はかけらんねぇよ。家帰ってゆっくり休みな」
親切な赤崎さんの心に触れ、俺の心が暖かくなる。
せめて、なにかお返しが出来れば……
「じゃあ赤崎さん、これを」
「ん?これは……」
「エターナルゴブリンの魔石です。賄賂みたいになってしまいますけど、俺の事、黙っていてくれるお礼だと思って受け取ってください」
正直、傍から見ればかなり怪しい取引なことは明確だった。しかし、こうでもしなければ赤崎さんは受け取ってくれないだろうから。
「……九十九、お前、怪しい取引みたいだぞ」
「同じこと思ってますよ」
再び笑った赤崎さんは、素直にそれを受け取ってくれた。
「んーーーっ、14時かぁ。帰っても葵はいない…………今日土曜日だ」
たった二日で濃い体験をし過ぎたせいで、時間感覚が狂ってしまった。
土曜日だから学校は休みだ。
……よし、魔石を換金して、なにか買って行こう。
甘いものなら喜んでくれるだろ。
この地域の換金所は二箇所。
そのうち一箇所は都合のいいことに自宅のすぐ近くなのだ。徒歩20分。
ついこの間オープンした駅前のケーキ屋が美味しいって評判だし、そこにしよう。
電車の揺れに眠気を誘われながら、俺は喜ぶ妹の顔を思い浮かべるのだった。
「はい、魔石の換金ですね。秤の上に乗せてください」
「あ、はい」
たまに訪れるこの換金所の雰囲気は、何度来ても少し落ち着かない。
受付の机の上には大きな秤が置いてあり、これで魔石の鑑定を行う。
重さだけでなく、保有する魔力量も計測される優れもの。より重ければ高い。しかし、小さくても魔力が多く含まれていれば値段も高くなる。
魔石を鑑定するのが難しいとされる所以であり、この魔石秤が高性能であることの証でもある。
「…………」
「どうしましたか?この上に魔石を」
「あー、全部乗るか分からないので」
大きいとはいえ、五十を超える魔石が乗せることは出来ない。
「ではこちらへお持ちください。職員が一つずつ鑑定します(一つも持っていないように見えますが)」
渋る俺に、慣れた対応をしてくれる受付。
受付奥の部屋に通された俺は、部屋の中央にあるこれまた大きな銀机を目にした。
「ここへ魔石をどうぞ」
「了解です」
賢能、魔石を全部出してくれ。
『魔石に分類される所持品を実態化します』
「え?えぇ?!う、嘘っ?!」
音もなく、突如として目の前に現れた大量の魔石を見て受付の女性が悲鳴を上げる。
その中には一際大きく濃い魔力を放つゴブリンキングの魔石もあった。
「こ、これっ、全部おひとりで……?」
「いえ、レイドに参加したので」
倒したのは俺一人だが、嘘はついていない。
それに魔石を貯めて一気に換金したり、等級が上の者から譲り受けたりするケースも少なからずあるはずだ。この量は流石に多すぎたが……、それでもこの反応は驚き過ぎだ。
「今すぐ鑑定は難しいですか」
「へ……あ、大丈夫です!!今すぐ鑑定を開始します!」
パタパタと慌てて作業を始める女性。
一度マイクを使って誰かと話していたようだが、内容的に鑑定の手伝いを要請していたのだろう。
いつの間にかこの部屋に三人もの鑑定係が集結していた。
「う…………あ……」
『呼吸を整えてください』
「そ、そんなこと言われてっ……も……、スーーっ、はぁぁーーーーー。あのな?こちとらついこの間まで毎月ギリギリの生活を送ってた貧乏人だぞ?!」
俺は開いた
「手持ちだけで20万!!!口座にはなんと一千万以上の大金がっ!!!お金で溺れ死ぬって」
薄々感じてはいた。
昨日のオークの魔石だけでも俺にとっては夢のような額だった。しかし今日は?
一体どれだけの魔物を倒してきたと思っている。
「葵になんて説明しよう…………。秘密にしておいた方がいいか?」
『知りません』
辛辣な
俺の心は、嬉しさの許容量を超えたショックでバグり散らかしている。
「と、とにかくケーキを買おう。そうしよう」
心を落ち着かせるために、事前に決めていたケーキ屋へと足を運んだ。
その道中、お金が頭の上を楽しそうに飛んでいた(幻覚)。
俺が住むマンションは、有名な学校から近く学生の出入りがかなり多い。
土曜日だから制服の学生はあまり見かけないけれど、さっき学生らしき子どもと狭い通路ですれ違った。
「ただいまー」
今朝この扉を出ていったのが、遥か昔のことのように感じる。
玄関には整頓された靴が並ぶ。
その中に一足、見慣れない靴があった。
「誰か来てるのか」
大きさや形状を見る限り葵の友達だろう。
靴を揃えてリビングへ移動すると、扉の向こうから楽しそうな会話が聞こえてくる。
「ただいま。友達が来てたんだ」
「あれ、お兄ちゃんおかえり。早かったね」
「えっ?!葵のお兄さん……?こんにちは」
「こんにちは」
紺色の髪を後ろで束ね、葵の膝に座っていた彼女が慌てたその場から飛び起きた。
身長は……低いかな。顔は整っていて、美人と言うよりかは可愛い?葵の友達ならば悪い子ではないだろう。
「そうだ、ケーキ買ってきたけど食べる?」
「ホント?!食べる!!珍しいねお兄ちゃんが何か買ってくるなんて」
「今日は稼いだからな」
俺はドヤ顔でケーキの入った箱をテーブルに置き、キッチンから皿を持って戻る。
「わーー!これって、あの駅前に新しく出来たとこのやつだ!美味しいってみんな言ってた!」
「そりゃよかった」
目を輝かせて飛びついてきた葵は、嬉しそうにケーキの箱を覗き込む。ふむ、これだけ喜んでくれると俺も嬉しい。
「えっと……友達の……君もどうぞ。いくつか買ってきてるから、好きなの選んで」
「へっ?私もいいんですか?」
「えな!一緒に食べよ!」
うん。ケーキを前にして葵のテンションがどんどん上がっていく。
俺は笑いながら葵の友達もテーブルに誘う。
ふと、二人が座っていたソファの位置に目がいく。
「あれ、どうしたんだこれ?昔の俺のギターなんか引っ張り出してきて」
そこに置いてあったのは、まだ俺が学生だった時に買ったアコギ。昔はかなり弾けたものの、覚醒者になってからはめっきり触らなくなってしまった。
「い、いやぁ……何となく?」
「なんだよなんとなくって。別にダメとは言わないけどよ」
「そ、そうだお兄ちゃん!!ギター弾いてよ」
「げっ、また無茶振りを」
もう一度言っておくが、弾けたのはもう何年も前の話。数ヶ月やそこらならいざ知らず、これだけのブランクがあると正直怪しい。
「お兄さん、ギター弾けるんですか?!」
面倒だと渋っていると、思わぬところから反応があった。
「ほら!えなも聴きたいって!いいじゃん、昔よく弾いてたあれ!なんだっけ……昔の曲!」
「んー、まぁ、あれくらいなら」
これだけ期待されると断りにくい。
「じゃあ一曲だけな」
ジャ――ラン〜
上から下へ、ピックを弦に当てて下ろす。
心地よい音と手に残る振動が懐かしい。
目を閉じ、あの頃の感覚を取り戻す。
あとは体が覚えている。
――♪
ゆっくりと口ずさみながら、昔好きだったあの曲を、あの頃に戻ったように歌った。
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