episode10 : 喜怒

「"ケッケッケ。貴様たちはもう逃げられない"」


 聞いた事のない気味の悪い声が頭の中に響く。

 

「な、なんの声だっ?!」

「修斗見ろ!あそこ」


 槍使いが指を指す先に、一匹のゴブリンらしき魔物の姿があった。

 深いローブを纏うまとう顔は見えないが、手に持った杖からして……

「ゴブリンマジシャンか?」


「"そのような下等生物と一緒にしてもらっては困るナ。我はこの世界を統べるモノ"」

「世界をすべ――」

「なんだ?何を言っている!」

「落ち着けって修斗。魔物の言葉が分かるはずないだろ」


 ……他のやつには分からないのか?

 俺の頭に響くこの声は、もしかして俺だけに聞こえているものなのか。

 あのシステムが原因だろうけど。


「"ふむ、やはり下等生物には理解できナイカ。まぁいい、ココで死ぬ運命の者ニは関係ないコト"」


「皆さん、攻撃が来ます!!」


 魔物の言葉で何かしてくることを察知して報せる。


「"ケッケッケ"」

――暗黒魔瘴ミアズマ


 直後、杖から黒い霧のようなものが湧き出て、辺り一帯を侵し始めた。

 触れた木材は腐り、取り残されたゴブリンが闇に消えていく。


――水晶壁クリスタルウォール


 まさに間一髪。

 ギリギリのところで防御魔法の発動が間に合う。


「危ない……、あれは本当にゴブリンマジシャンなの?」

「分からない。が、魔法を使うゴブリンなんて、マジシャンくらいしか……」


――鑑定


 皆が口々に魔物の正体について話す。

 その間に、俺は鑑定を使って奴を調べる。


『エターナルゴブリンLv48』


 レベル48?!

 今の俺より強いっ。しかもエターナルゴブリンなんて、見たことがない。変異種だと考えるべきだ。


「俺たちで勝てるか?」

「…………無理です。今すぐ撤退して合流を」

「できるのか?既にこの防御魔法の外は奴の霧に覆われてる。一歩でも外に出れば何が起こるか分からないんだ」


 徐々にパーティの中に混乱の輪が広がる。

 遭遇したことの無い状況は、彼らの不安を後押しする。


「ならどうしろって言うんだ!!」

「……せめて、あの杖を止めることが出来れば」


 そうだ。

 この霧はあの杖を媒介に発動している。

 となれば、杖を破壊出来れば……


――広域鑑定


 …………いた。

 他の仲間は互いに言い争っていてこちらを気にしている様子は見られない。


(やるなら今か)


 俺は大きく深呼吸をして、持ってきたナイフを握りしめる。

 昨日の矢を投げた時は、かなり真っ直ぐに飛んだ。

 ならばこのナイフだって――


「はあっっ」


 広域鑑定を頼りに、俺は力いっぱいそのナイフを投擲した。手を離れたナイフは防御魔法を抜け出して一直線に空を切る。


「"ぐあっ、ナ、ナんだ!!私の杖ガっ"」


『武器破壊"暗黒神の杖"』


 無事命中したようだ。

 というか、こんな表示もあるんだな。

 もしや、破壊しなければドロップしたのか?だとしたら少し勿体ないことをした。


「……攻撃が……、止んだ?」

「今のうちです!!皆さん全力で撤退してください!」


 突如訪れた撤退の好機に、スムーズな指揮の下、誰一人欠けること無く、その場から離脱した。



「はぁ、はぁ……」

「ここまで、来れば……っ」

 ゴブリンの集落から撤退し、俺たちは隊が別れた入口まで戻ってきた。

 あのゴブリンが追ってくる様子もない。


「み、皆さん……っ、無事……、ですかっ……はぁ」

「そっちの方が無事じゃなさそうだがな」

「いえっ、わ、私はっ……はぁ、体力がないだけなので……、だいっ、じょうぶです」


 俺は警戒してこっそり鑑定を使ったが、反応があったのはかなり遠くのゴブリンたちだけ。

 ほっと一安心したその時、タッタッタッと細い通路から数人の足音が聞こえてきた。


「追っ手かっ?!」


 慌てて構えたものの、その焦りは杞憂に終わる。


「ん?なんだお前ら、戻ってきてたのか」

 その足音は、別れた隊、元の指揮者である相賀たちのものだった。


「相賀さん!!」

「どうした?まさか、撤退してきたのか?」

「…………はい」


 撤退は彼女にとって苦渋の決断だったはずだ。

 挑戦したダンジョンから撤退することは、覚醒者からすると信用を大きく落とすことにも繋がる。


「あれは、私たちでは勝てません。見たこともない魔法を使うゴブリンです」


 それでも、俺たちの命を優先して撤退してくれた。

 リーダーとしては尊敬に値する選択だ。


「見たことの無い魔法……?ゴブリンマジシャンではなく?」

「はい。触れたものを腐らせ闇に葬る、黒い霧を発生させていました」

「そうか。お前らは良く撤退してこれたな」

「そ、それが……、急に魔法が止まったので」


 良かった。

 俺が杖を破壊したことはバレていない。


「わかった。戻ってきたところ悪いが、そこまで案内してくれるか」

「えっ?!行くんですか」


 相賀……、彼の目は闘争心に溢れていた。

 いや、なにか手柄を立てたい目かもしれない。たった今、仲間が命からがら撤退してきた場所へ、再び向かおうとしているのだ。

 戻ってきた仲間からすれば、動揺なんてもんじゃない。


「…………わ、分かりました。こっちです」

 リーダーに逆らってはいけないとかいうルールがあるのか?

 彼女は驚いた表情をした後、無表情で首を縦に動かした。突然の変わり様だ。


「……九十九、行っても大丈夫なのか?」

 その異変を察知したのか、赤崎さんが小声で俺に近づいてきた。彼女が首を縦に振ったことを疑問に思っている様子。


「正直、勝てるか微妙なところだと思います。強さだけで言えば、オークより遥かに上かと」

 レベルの情報を信じるなら……、だけど。


「……ってことは、魔法が止まったってのは、やっぱりお前のおかげか。また助けられたな」

「誰にも言わないでくださいよ」


 そう話しているうちに、茅野を連れて、相賀が集落へ歩き出していた。

 ほかの仲間も黙って従っている。


――ピロン

『状態異常攻撃を検知。抵抗するための耐性を獲得しました。

――状態異常耐性Lv2』


「赤崎さんっ!!」

「………………」


 くっそ、やられた。

 この遠隔から魔法を使ってくるなんて。

 しかも精神魔法の耐性が高い3級覚醒者がこうもあっさりと……。


 もはや意識を失い、操られるようにして集落へ向かう彼らを止める術が無い。

 俺に出来るのは、何とかしてあいつを倒すこと。


 術者を倒せば、魔法の効果は切れるはずだ。


「着いていく、……しかない」


 俺はこの状況を利用することにした。



「"ケッケ、さっきはよくもやってくれタナ"」

 操られたメンバーに着いて行くと、屋根の上で偉そうにふんぞり返るエターナルゴブリンがいた。

 

「"フン、まぐれで逃げられるとは思わナイコトダ。……と言ってももう聞こえてイナイガナ"」

 俺の存在にはまだ気がついてはいないらしい。


 全員が精神魔法の影響下にあると思い込んでいる。


「"サテ、どいつから贄になってもらおうか……"」

 ゴブリンは値踏みするように俺たちを吟味し始めた。気持ちの悪い視線がこちらに注がれる。


「"ホウ、調子のよいオンナがいるナ。どれ、あの方に捧げる前に、私が遊んでヤろう"」

 指を使ってヒーラーの一人を歩かせる。


 己の強さを行使して、欲望のままに他人を害する。

 奴の喜びが伝わる度に、俺の感情が消えていく。


――なぜお前のようなやつの喜びのために、命を失わなければならないのか。


 今までバカにしてきた奴らだって、下を見て喜びを感じていたのだろう。

 弱者にはなりたくない。可哀想だ……と。


――胸糞悪い。


「"グフフ、さっそくお試シ"」


「"装備"、ホブの長剣」

――疾走Lv2

――空中歩行


 スキルのレベルアップは、ポイントの増え方よりも上昇効果が顕著だった。


 昨日は気が付かなかったが、踏み込みから目的地までの移動が格段に上がっているのか分かる。


 敵が動くより早く、俺は剣の先を相手の首に突き刺す。

「――死ね」

 俺はそう言って剣を横に払った。


 この時の俺がどんな顔をしていたのか。

 思い出すことは出来ない。


 けれど確かに感じたもの……、


 それは――


『エターナルゴブリンを倒しました。経験値を4890手に入れました。九十九涼のレベルが42→47へ上昇。


新たな称号を獲得

――"強者への挑戦"


既存の称号のレベルが上がります

――"強者への報いLv2"』


 レベルアップの喜びだった。

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