episode09 : ナンバーズ

 この世界――覚醒者という枠組みには、幸運さいのうという越えられない壁が立ちはだかっている。


 そのひとつが、"産まれ育った家柄"。


 血筋的に優秀な覚醒者を生み出し続けてきた家系。その家族、血縁者は皆、2級以上の覚醒者ばかり。


 日本にはそんな家系がいくつか存在している。

 しかし、その中でも特に日本において大きな権力を持っている家がある。


 苗字に数字を持つ家系。

 彼らはその権力を利用してギルドを創設し、日本各地に発生するダンジョンや、日々生まれ続ける覚醒者達をまとめる役目を果たす。


 そして、人々はそんな彼らに対し、畏敬の念を込めてこう呼んだ。


――"ナンバーズ"。



「赤崎さん、おはようございます」

「九十九。相変わらずの10分前行動だな」

「毎回俺より早く来てる赤崎さんには敵いませんよ」


 ダンジョン前に到着した俺は、集合場所で待っていた赤崎さんと合流した。


 辺りを見渡すと、強烈な存在感の人達が多く集まっている。

 6級ごときのダンジョンでは、決して見られない光景だ。


 そんな集団の中でも、一際目立つ、威圧的な気を放っている人物がいた。

「……赤崎さん。あの人って」

「九十九は会った事がなかったか。俺の所属するギルド、"セブンスゲート"のギルド長、七瀬ななせ重吾じゅうごさんだ。ナンバーズの七瀬って説明した方が早いか」


 ナンバーズ……か。

 まさか生きてるうちに実際に会うことになるとは思っていなかったな。


 5級の俺には縁のない存在だとばかり思っていたけど……。


「ギルド長さんは今回の調査に参加するんですか?」

「ギルド長が?まさか。あれは単なる暇潰しだ。今回は俺も含めたセブンスゲートの3級攻略隊で挑む。オーク程度じゃ負けない」


 そう答える赤崎さんの手は微かに震えていた。

 負けない。

 それが慢心に繋がると、理解してしまったから。


「おう赤崎。昨日は災難だったな!こんな低級ダンジョンでオークに出くわすなんざついてねぇ。ま、今回は余裕だろうけどな!」

相賀そうがか。今回はお前が指揮をとるんだってな」


 お気楽な口調でやって来たのは、どうやら赤崎さんと同じギルドのメンバーらしい。

 腰には二本の剣を携えている。


「ん?こいつは?」

「今回のもう1人の案内役、九十九涼だ」

「あぁ、こいつが噂の5級君か。こんな奴連れてきて……、足引っ張るなよ!」


 赤崎さんの説明を聞いた彼は、俺を見下した目で笑う。

「おい!そんなこと――」

「赤崎さんっ、……大丈夫です。慣れてますから」

 咄嗟に言い返す赤崎さんを、俺は首を振って制した。


 実際俺は5級で、弱い者はナメられる。

 俺はそういう日常を送ってきたから慣れているし、こんなやつを庇って赤崎さんの評価が落ちるのは申し訳ない。


「今日はよろしくお願いします」

「へぇー、わきまえてはいるみたいだな」


 彼はそう感想を漏らすと、俺の伸ばした腕を無視して立ち去って行った。


「…………悪いな」

「赤崎さんのせいではないですよ」


 謝る赤崎さんを他所に、ダンジョン攻略前の確認が始まる。時間になったのか。


「行きましょう」


 何事もなく調査が終わることを祈りながら、俺たちも確認の場に移動した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『セーブポイントがあります。

 セーブしますか? はい/いいえ』


 ダンジョン内に侵入すると、案の定セーブの表示がされる。

 迷わず"はい"を選択し、俺は攻略隊の後ろについて行く。


 今回のメンバーは計9人。

 前衛が5人、後衛が4人。内2人がヒーラー職。


 赤崎さんはその中の前衛兼案内役として先頭を歩いている。よって、俺とは離れて行動していた。

 このためか、俺の前を歩く後衛からの視線が非常に痛い。


 直接口には出していないけれど、なんでこんな奴がと言われているような気がする。


「敵を発見!!ここからは作戦通りに進行する!」

 おぉ、なんか上級者の攻略っぽい。

 指示の出し方がパーティ慣れした動きだ。指示を聞いた方もスムーズに持ち場へと着く。


『ゴブリンLv8を倒しました』

 戦闘も始まった。


 俺は、そんな彼らの遥か後方で戦闘の様子を観察していた。

 動きの勉強にはなるが、ぶっちゃけそれ以外にやることが無い。


『経験値16を手に入れました』


 お、経験値はしっかり入るみたいだ。

 これはひょっとすると何もせずレベルが上がるかもしれない。


 昨日も3見た通路の景色。

 ここまではただの5級ダンジョン。


「……あれが…………集落で、……の方に」


 しばらく前へ進んで行くと、先行していた前衛の人の姿が見えた。赤崎さんがなにか説明している様子を見るに、オークがいた場所の把握をしているのだろう。

 ゴブリンの集落もついでに潰しておくのかも。


 このダンジョンの全容が掴めていない上に、オークがどこから沸いたのか、想像がつかない。

 徹底的に調査をするというのであれば、手分けした方が早いのは確かだ。


 それで俺が呼ばれたわけか。


「おい茅野かやの。俺らは赤崎を連れて横の通路を見てくる。その間にゴブリンの集落を任せる」

「私がですか?前衛は……」

「ここに二人残す。こちらも後衛を二人連れて行く」


 後衛の人に指揮権を……?

 任された方の女性も少し困惑気味。ここまで頼もしい指揮の取り方だったってのに……、何か事情でもあるんだろうな。


 他所様のギルドに口を挟むことはしない。


 ゴブリンの集落は通路が囲むように中央に位置しているから、最悪の場合でも片方の隊がすぐに助けに来れる。


「準備が整い次第、調査を再開する!」


 そう叫ぶ全体の指揮者の声に応じて、俺達も行動を開始した。


 目の前の坂を下ればすぐに集落だ。

 ここから見える入口には数匹のゴブリンが門を守っている。

 前回のパーティであれば、ここで突入はせず、奇襲の選択をするだろう。


「私が魔法で先制しますので、前衛の方はそれに続いてください」

「了解」


 茅野と呼ばれた女性は、杖に魔力を送り魔法の詠唱を始める。

 念じるだけで発動できる初級の魔法とは違い、上級の魔法使いが放つ3級以上の魔法には、それ相応の詠唱を必要とする。


 1級の覚醒者ともなれば、その詠唱を省略できるスキルを持っていたりするが、通常は少しの時間をかけて詠唱をしなければならない。


 その分効果は絶大で、こちらが有利になること間違いなし。


「行きますね。はあぁぁぁっっ!!」

――氷霜の奏陣ひょうしょうのそうじん


 キンッと空気まで凍るかのような音を響かせて、入口にいたゴブリンは門と一緒に氷漬けになった。


『ゴブリンLv14×3、ゴブリンLv19を倒しました』


「行くぞ!」


 それに続いて前衛が集落へと突撃。

 異変に気づいて集まってきたゴブリン達を薙ぎ払っていく。


――一閃

――アイスバレット


「ぐっ、後ろにもいたか」

――ヒール


「気をつけて!ヒーラーの回復も無限じゃない」

「あぁ、――無双撃」


 次々と湧き出てくるゴブリンたち相手に、陣形を乱すことなく推し進む。

 前衛の槍使いと斧使いは、動作が荒々しいもののかなり連携した動き。

 後衛の魔法使いは邪魔になりそうな弓兵を優先して狙い、ヒーラーは完璧なタイミングで仕事をこなす。


『ゴブリンLv14、ゴブリンLv10、ゴブリンLv18…………』


 俺の表示には延々と討伐ログと経験値獲得の数字が映り続けている。


 勝手に経験値が貰えるのはものすごくお得だ。

 適度に指揮者の女性に声をかけつつ、集落の中央までゆっくりと進行して行く。


 その攻略は極めて順調、問題なく集落を壊滅できる……かのように見えた。


 違和感に気がついたのは、攻略開始から僅か数分後のこと。


「修斗!!後ろ!!」

「なっ、ぐ……っ、栢木かやき、少しだけ頼む」

――ヒール

――連鎖突き


「…………なぁ茅野、敵の数、多くないか?」

 相変わらず綺麗な連携でゴブリンを倒していくも、一向に減らない敵数に調査隊たちの顔色が変わる。


「もう100匹は倒しましたよね……。案内役さん、集落の中央はまだですか?」

「……たしか、その建物の裏側に広場のような空間があったかと思いますけど」


 俺は、昨日上から集落を覗いた時の記憶を頼りにそう告げた。


「5級のダンジョンにオークが出現するのもおかしな話ですが、この数のゴブリンも変です。やはりこのダンジョンには何かがあるような……」


 指揮者の茅野が口にする疑問は最も。

 過去に確認されたゴブリンの集落は、どれだけ多くても50匹かそこら。

 いくらこちらのランクが高ゴブリン相手に負けないとしても、疲労は確実に溜まっているのだ。


 ……しかも、それだけでは無い。


 俺にしか分からない情報だが、ここのゴブリンたちのレベルが異様に高い。


 昨日はレベル一桁程度のゴブリンしかいなかったはずなのに、ここに入ってから二桁……それもLv20に近いやつばかり。

 口には出さないだけで、彼らもゴブリンの攻撃には違和感を感じているだろう。


「一度相賀さんに報告した方がいいかもしれません。……撤退しましょう」

「はぁ?!ゴブリン相手にそんな――」

「そっちの方がいい。このまま進んでもこちらが消耗するだけだ」

「栢木まで……」

「修斗も分かっているだろ。この数がおかしいってことくらい」


 相方の言い分に黙る斧使い。

 自分でも感じているから、黙るしかない。


「撤退します!皆さん着いてきてください」

「わかりました」


 正しい判断だと俺も頷いた。


「"ケッケッケ。貴様たちはもう逃げられない"」


――しかし、かの声によって、俺たちはその場に留まることを余儀なくされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る