episode06 : 無限迷宮

――『"無限迷宮"を解放しました』


 む……げん、めいきゅう?

 俺は知らない単語を前に見事にフリーズする。


『無限迷宮へ侵入しますか?』


 侵入ということは、ダンジョンのような別の世界へ移動するということなのか?ゲートもないのにどうやって……。


 何より、ステータスやらセーブやらの機能からして、この無限迷宮なるものはダンジョンだと考えていい。

 中身も難易度も分からない状態で入るのは無謀ではないだろうか。死ぬ可能性だってある。未知の危険をついさっき体験したばかりだ。


「中も分からないし、触れないで……」


――俺はまた逃げるのか。


 ふと、そんな声が木霊する。


――いつまで5級の地位に甘えているつもりだ。


 それはきっと、俺の心の声。

 覚醒時に5級という真実を伝えられてから、いつしか5級に甘えていた過去の自分。


 あいつ5級だろ。

 5級の癖に……

 また5級と一緒か


――俺は5級だし、しょうがない。


 俺の言葉。無意識的に思い続けていた、自分自身の想い。結局、一番自分を5級だと諦めていたのは俺だったのだ。


「……忘れちゃいないさ」

 あの時の赤崎さんの言葉を。

 自分が返した言葉を。


 今の力に甘えない。

 俺は、逃げることと、――努力は得意なんだ。


「強くなる。家族のために、俺のために」

 俺は迷いを捨てて、その決断をした。


『無限迷宮へ侵入しますか?』

――はい


『無限迷宮へ移動します』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「………………ここ、は」


 目の前が真っ白になり、再び目を開けるとそこはどこまでも広い平原の真ん中だった。


 青い空、真っ白い雲、爽やかな風とそれに揺られる草木。そして、


「冷たっ」


 淡い水色を太陽よ光に照らした、小さなスライム


「やっぱりダンジョンだった!」

 足にまとわりついていたスライムを、的確に核を突いて撃破する。見える範囲にも数体のスライム。転移先はダンジョンのど真ん中だ。


『無限迷宮第一層。

出現レベル : 1〜5、残り時間は5.59.42……』


 そう表示されたボードから読み取れるのは、このダンジョンには制限時間があるということ。出現レベルが指定されていること。

 そして、上へと上がる何かがあること。


「階層が上がるに難易度も上がるやつだろ!この制限時間は……分からないか。ボスを倒すのか、このダンジョンに居られる時間か、それとも別のか」

 どれにせよ、ここで突っ立っている場合では無い。


「レベル上げ放題ってなら、上を目指さなきゃだ」


 俺はそう意気込んで、颯爽と平原を駆け出した。


 その体はやる気と意欲に満ち溢れ、なんだか足取りが軽い。今ならテスト勉強ですら笑顔でこなせるかもしれないと、そう思った。


 思ったの、だが……。


「っておい!!!このだだっ広い空間から、どうやって階段見つけりゃいいんだよぉぉぉ!!」


 数十分後に俺は平原のど真ん中で大の字になって叫んでいた。


「スライム以外の魔物は見つからない。経験値は入るが何か罪悪感がすごい。挙句こいつらの攻撃じゃ俺にはダメージないし」


 今もこうしてぺちぺちとスライムに叩かれているが、もう構う元気も無くなっている。前半に力を使い果たした。


 学生時代の持久走で、後半追い抜かれる典型的なダメプレイ。……現状、後半にすらなってない。

 まさに竜頭蛇尾。自分の判断の鈍さにいっそ笑うしかない。


――ピコン

『新たなスキルを獲得。

――"鑑定"』


 よく分からないタイミングでスキルの獲得。

 さらに悪意のあるスキル。

 ……あれ、もしかして俺……、煽られてる?


『スキル : 鑑定

 敵のステータス確認』


 確認してみたところ、かなり使える効果。

 けど、何か腹が立つ。もっとしっかり情報を分析して判断しろってことですかね。


「はぁ、もう少し探してみよう」


 渋々立ち上がった俺は、ひとまず獲得したスキルを使ってみることに。"鑑定"と念じると、足元のスライムの頭上に白い文字で『スライム Lv2』と表示された。


 同じく横のスライムの頭上には『スライム Lv4』


 個体によってレベルが違う。

 ステータスは全部見られるわけじゃないのか。もしくは俺のレベルが足りないとかか。


 ま、相手のレベルの情報が手に入るだけでも、生存率はぐっと上がるはずだ。


 そのまま、適当に周囲にも鑑定を使ってレベルを確認していく。ほとんどがスライム Lv1〜4で、変わった様子は無い。

 適当に辺りを歩きながら、そのまま鑑定を続けていく。緑色の景色にも飽きていた頃だ。気分転換にはちょうどいい。


 スライムLv3、スライムLv1、スライムLv3、トレントLv5、スライムLv2、スライムLv4…………


 ほんと、スライムばっかり……

 ……おん?


「今なんか別のものが見えた気が……」


 もう一度同じ方向を確認してみよう。

 スライムLv3、スライムLv1、スライムLv3、トレントLv5、スライムLv2、スライムLv4…………


「待て待て、トレント?!」


 トレントと言えば、ダンジョン5級の厄介者。

 

 前に説明した通り、ダンジョンの等級は覚醒者より高い。同じ等級で比べると、5級のダンジョンに出現する魔物を倒すには、5級の覚醒者が最低3〜4人必要。


 そんな5級ダンジョンでの最難関と呼ばれるのが、このトレントと言う魔物だった。


 木に擬態できる能力と、蔓を使った複数相手への攻撃。極めつけに自然回復能力を持っていて、長引くとこちらが不利になっていく。


「蔓を無視して本体を倒そうにも、再生する蔓がどこまでも邪魔をしてくる。昔、赤崎さんが教えてくれたっけ」


 慢心はせず、どうにか確実に倒せる方法を探す。

 俺の知識の中につかえそうなものは……


「そういえば、本体と蔓の索敵範囲は違うんだったな。あの蔓に自動……ぼうぎょ?的なのが付いてるとか言ってた記憶がある」


 敵の攻撃に反射で防御をする機能。

 そんな便利なもの、俺も欲しい。


「索敵範囲外から攻撃すれば、本体に気が付かれずに攻撃できるかも」


 安全に、地道な策をとる。まずは蔓の攻撃情報を得るために、手頃な石を拾って投げてみるか。


「これなら大きさもちょうどいい」


 手のひらにすっぽり収まる大きさの石ころ。距離にしてだいたい20メートル前後。


 上手い具合に手前に落とせば、蔓が攻撃されたと勘違いして動き出してくれるはず。


 石を握った右手を後ろへ構えて、大体の位置を目で確認。後はその方向へ腕をしならせて大きく振りかぶるっ!


――ズドォォォォォォォォォォォォッッッッ


 地面がえぐれて木々がなぎ倒される。

 風圧で草花が吹き飛び、あろうことか石そのものが空中で爆散する。


ピロン

『トレントLv5、スライムLv1――etc……を倒しました。経験値244を手に入れました』


「スーーーーーーーーッ…………、やべ」


 確かに慢心は良くない。自分の力を過信しすぎるのも死に繋がる。命を大事にするならば、どれだけ慎重な考えをしてもいい。


 そうは言ったけど、…………さすがに過小評価しすぎた……か。


「STRステータス、やっぱ凄いな。って、良く考えればそうだよな。あのオークですら一撃で粉々だったんだ。それもLv30越え。ただの5級ダンジョンのボスLv5程度に慎重過ぎた」


 自分の力を理解していないと、それはそれで被害が出る。人的被害が出る前に気がつけたのは運が良かった。

 

 自身の能力に驚きはしたけれど、ボスを倒せたのは事実。体力もまだまだ残っているし、次の層への階段を見つけに行かないと……


『第一層のボスの討伐が確認されました。

第二層へ転送します――』

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