episode05 : 生存者の思い

「あのオークたち、気配をほとんど感じなかった」

「変異種かも知れませんよリーダー」


 先頭を進む赤崎さんと4級の男一人。俺が前を進むと提案したが、このまま俺に責任を押し付けるわけにはいかないと自ら先頭を名乗り出た。


 その二人の会話から、ゴブリンの変異種がいるかもしれないという可能性が浮かび上がった。


――変異種。

 それは、一般的な個体から変則的な進化を遂げた、いわゆる上位種である(現代魔物辞典を参照)。


 そもそも、オークとは他の生物を襲う知能を持った魔物。ゴブリンの集落がこれだけ近くにあるにも関わらず彼らを襲わないのは、あのオーク達が何者かに操られているからだと予想する。


「その場合、やはり変異したのはゴブリンの方だと考えるのが妥当だ。あそこにオークがいたのも、待ち伏せというより元からあの場所に配置されていたと考えれば納得がいく」


 待ち伏せという、こちらに殺意を持った行動であれば嫌でも気配を感じられる。オークに対峙した際に感じたあの殺気を、知能があるとはいえ魔物が隠せるとは考えにくい。


「ゴブリンの変異種……?」


 5級の俺は、ゴブリン以外の魔物と戦ったがほとんどない。ゴブリンですら苦戦する俺が、それ以上よダンジョンに入れるわけが無かったから。

 まして、変異種なんて出会ったことすら無い。


「ゴブリンの上位種で思いつくのは、ゴブリンリーダー、ゴブリンシャーマン、レッドゴブリンだが、あのオークを洗脳できる程の者となると……」


 口を噤んだ赤崎さんの言葉を、隣のメンバーがボソッと口に出した。


「新種……、の可能性がありますね」


 魔物という存在が現れてから長いこと経つが、未だその生態系や進化などの全貌は明らかになってない。ダンジョン帰還者から新種の報告が上がることもしばしばあるらしい。


「もう少しで合流できる。急ごう」

……未知の魔物は、ダンジョンにおいて最も恐ろしいとされる。ただのスライムでさえ、情報が無ければ死傷者が出る。


 やや上へ傾いた通路を進み、ゴブリンの集落が見渡せる広い空間までやってきた。入り口から見えた穴の前で、別れたメンバー達が待っているのも確認した。


 辺りにオークの姿はなく、人数が減っている様子もない。こちらへの襲撃は回避出来たようだ。


「みんな無事かっ!」

「あれ?赤崎リーダー。合図は出てませんよね?何かあったんですか」

「……あぁ、オークが出た。何とか倒せたものの、一人が命を落とした」

「お、オークっ?!」


 動揺の波が目に見えて伝わる。

 自分たちにとってオークがどれほど危険な存在か、皆が知っているから。


「ど、どうするんですか……?」

「…………撤退する。俺たちの手に負える相手じゃない」


 その判断に全員が賛同し、一同はあの狭い道を使って入口へ戻ることになった。途中、何か言いたそうな者もいたけれど、一人失ったという事実が、その者達を黙らせた。


 音を立てぬよう慎重に移動を繰り返し、運良く入り口の光が見える場所まで引き返すことに成功した。雰囲気は完全にお通夜な状態であったが、その後1人も欠けることなく戻ってこれたことに皆が安堵していた。


「みんなすまない。危険な目に合わせた挙句、報酬もなくなってしまった」

「いいや、ここにいる皆が生きて帰ってこれたのはリーダー、あんたのおかげだ!そう自分を責めないでくれ」

「そうですよ!私たちがオークの襲撃に合わなかったのは赤崎リーダーのおかげなんですから」

「……っ」


 赤崎さんが俺を見て直ぐに目を逸らす。自分の不甲斐なさと、隠し事をしている後ろめたさのせいだろう。

 黙っていて欲しいと頼んだ俺にも責任はあるため、申し訳なさを感じる。


 複雑な事情を抱えたまま、それでも今日のところは無事だったことに手を合わせて感謝する。

 出口まで辿り着き、皆がいっせいにダンジョンからの脱出を図る。


 安心した表情で出口を潜るメンバーを最後まで見つめている赤崎さん。俺も最後までダンジョンの中に留まっていた。


「……九十九、少しいいか」

「はい」


 残り二人だけになり、赤崎さんが小さく声をかけてきた。


「俺は当分ダンジョンには潜らない。またこうして誰かを危険に合わせる訳にはいかないからな。お前のその力のことも、誰にも言わないと約束する」


 口から絞り出すように、そんな言葉を外へ出す。


「ただ、一つだけお前にも約束して欲しい。その力に甘えることだけはするな。いきなり強くなると、誰もがその力に溺れる。強大な力を過信し、自惚れ、……やがて破滅する。お前にはそうなって欲しくない」

「赤崎……さん」


 まるで子どもを心配する親のような視線に、俺は心が熱くなるのを感じた。時々辛辣な言葉を投げる赤崎さんだったけれど、それはきっと俺のことを思っての言葉だったのだ。

 最後まで、俺の事を気遣ってくれている。


「分かりました。絶対、絶対に、甘えたりしないと約束します。…………安心してくださいよ。俺、これまでずっと最弱の5級をやってきたんですから。努力と逃げることだけが自慢でしたからね」

「……そうか。それならいいんだ」


 そんな俺の返事に、赤崎さんは笑った。


 そして共に出口を潜ったその瞬間、

――彼はどこか悲しそうな表情をしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいま……、ってそうか。葵はまだ学校か」


 ダンジョンで解散した後、俺が自宅まで戻ってきたのは午後4時過ぎだった。


 静かな自宅はとても寂しい。


「今日は色々あったな……。あぁ、レベルも上がったっけ」


 オークを倒した時にも何度かレベルアップの音が聞こえてきていた。あの投擲がステータスのおかげだと言うのなら、貰ったポイントは振り分けておくのがいいだろう。


「んー、31ポイントか。レベルは27。とりあえずSTRに+10は振るとして……、AGIも欲しいよな。こっちにも+10、後はVITとDEFに5、6で振るかー」


【――九十九涼Lv27――】

『HP/250 MP/46/50

 STR +61(+10)

 VIT +19

 DEF +16

 INT +10

 AGI +34


 所持スキル

疾走 自然回復 不屈の精神


 称号効果

強者への報い : 相手のレベルが高いほどステータスが上昇

初めての回帰 : STR+10 』


 ん?HPとMPも上がってる。やっぱりここはレベルでも上がってくのか。ってかMP減ってるし……。もしかしてスキルを使うと減る?だとしたらINTも上げないとダメだったかも。


 家に帰ってきたものの、なんだかゲームをする気にもなれず、俺はただこのステータス画面をひたすらに眺め続けていた。


 突然現れたこれが何を意味して、何を求められているのか。そもそも俺の前に現れたのは何故だ。一体どこまで上がっていくんだ……。


「お、所持品なんて項目もあるのか。所持金も……って4万っ?!ちょっと待て!」


 所持品欄の右上に表示された、所持金の数字を見て俺は盛大に焦る。


「出かける前は8万持ってたはずだぞ!」


 慌ててカバンをまさぐり、財布を取りだして開ける。そこには所持金に書かれた通りの金額――4万がしっかりと収まっていた。


 間違いなく、ダンジョン前には8万あったはずだ。なぜなら、朝のうちに少し口座から引き出してきたばかりだから。


「死亡ペナルティってか……」

 そういうことは初めから言っておいて欲しい。


「はぁ、減ったもんは仕方ない。今月は節約だ」


 溜息をつきながら、俺は下の画面に目を移す。

 所持品はそこまで多くない。


「なんだ……?これ」

『・クリスタルの杖

 ・オークの魔石×5

 ・寂れたナイフ(装備中)』


 下の二つは分かる。ナイフは今もまだ持ってるし、オークの魔石も俺が手に入れた――


「オークの魔石っ!!!おいおい、これを売れば所持金、今の10倍はいくぞ?!これを忘れてたなんて」


 魔石は高く売れる。

 相場は状態や大きさ、等級なんかで変わってくるが、おおよそ


5級のダンジョンの魔石……1万〜5万

4級のダンジョンの魔石……6万〜10万

3級のダンジョンの魔石……8万〜20万

etc……


 こんな感じに等級がひとつ上がるとだいたい二倍程度は収入に差が出る。普段は5級のダンジョンからやっとの思いで数体の魔石を数個手に入れるってのに……、今回だけで3級の魔石が5個も?!


 俺の手が今日一番震えている。いや当たり前だ。今まで20万以上の大金を持っていたことなんてないのだから。


 貧乏人にいきなり大金を与えちゃダメだって言ったよなっっ!


「……はぁ、はぁ、お、落ち着け……。他には何か」


 一度魔石は見なかった事にして、そのひとつ上の物を確認する。"クリスタルの杖"……は、確か、オークマジシャンのドロップ品だったか。

 どれどれ……


『クリスタルの杖

 先端に高純度のクリスタルが埋められた魔法杖。魔力を通しやすい素材であり、硬度も高いため物理的に殴ることも可能。


 装備時 : INT+30 MP+25 STR+10

 火炎球を習得


 所持効果 : INT+5 MP+5』


「ぶ、物理で殴るって……。うわ、ほんとにSTR上がるんかい。にしても所持効果なんて、所持してるだけで効果あるってチートじゃない?装備しても強いし」


 ……ほ、本当に今日は色々あるな。


 驚きすぎてどっと疲れた。


「はぁ。もう何も無いよな。他の項目に変化は――」


 確認のためと、1度も見ていなかったお知らせを開いた。レベルアップやセーブなどの情報が残っているが、特に目立ったものは無い。

 ようやく一息つけると画面を"閉じ……


――『"無限迷宮"を解放しました』


 そんな表示に、俺の言葉は遮られたのだった。

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