episode04 : 逆襲
「「えっ……?」」
赤崎さんが驚いた。
俺も驚く。
他の人も俺を見て目を丸くしている。
俺だって目を丸くしてることだろう。
「お、おい5級……。い、今……何して」
ゆっくりと放たれた矢は、俺の目の前まで飛んできていた。
まるで走馬灯のように過去の光景が思い浮かび、これはあの、死ぬ間際に起きる時間の遅延だと思い込んでいた。
「な、何……?矢を……、つ、掴み……ました」
目の前で止まった矢は、俺がしっかりと握っていた。どこを?先端に触れる訳にはいかないから、人が持つべきシャフトの部分を。
誰が?俺が。
「……俺が?」
4級ですら対応できない、3級が集中してやっと避けられる矢を。5級の中でも弱い部類に入る俺が、手で掴んだ?
なんの冗談だよ。
「は、はは……ははは」
矢がゆっくりだったのは、走馬灯なんかではなかった。俺が、放たれる瞬間から目の前に接近するまでの軌道に
「ま、マジ……?」
握っている矢の感触は確かなもの。意識すると、かなり丈夫でしっかりしているのが伝わってくる。これだけ丈夫なら、投擲しても武器として充分役に立つだろう。
……投擲か。
なんとなく疑問を抱いた。
きっと、矢を掴めたのはステータスのおかげなんだろう。レベルアップで基礎的な能力も上がっているのかもしれない。
そうでなければ説明がつかない。
ならば、そのステータスは今どうなっているのか。
馬鹿みたいに攻撃力にポイントを割り振ったのは、どこの誰だったか。
半ば無意識に矢を逆手に持ち直した俺は、腕を大きく振りかぶる。そして、今持てる最大の力でオーク達へ矢を投げ返した。
「ぐォっっ?!」
「……マジか」
その投擲を目で追えた者はいなかった。
――俺を除いて。
『オークLv29を倒しました。経験値430を手に入れました。九十九涼のレベル : 23→24へ上昇。残りポイントは7です』
言葉にならない悲鳴を上げて、一体のオークが消滅した。代わりに床には大きな魔石が落ちる。
「……チートだろ、これ」
自分の能力に震えてしまった。オークは3級が複数人で相手する魔物だぞ。それをたった一撃で。
「ぐ、ぐぎゃぁぁ!!!○×△@〜〜っ」
ようやく思考が追いつき始め、オーク達が騒ぎ立てる。
「なんだ、怒ってるのか?」
俺は慌てる奴らを見てニヤリと笑った。
仲間を殺されて怒るなんて、あんな奴らでも人間らしい一面があるじゃないか。
「けど……さ。そっちだって一人殺したんだ。これで……、お相子だろ?」
いつの間にか、奴らに出会った時のような恐怖は消えていて、代わりにどこかドス黒い、好奇心のような感情が芽生えてきていた。
「こっからはずっと俺のターンだ!」
その瞬間、一度も使った事が無いはずのスキルの使い方が脳裏に浮かぶ。
見た事があるだけの戦い方、頭の中でイメージしたそれが、身体の神経を撫でるかのように伝わっていく。
――疾走。
頭の中で念じることで、一時的にAGIに補正がかかる。オークが反応するより早く、一体の喉元をナイフで掻き切った。
「グアァァァァ!!」
気がついた横のオークが随分と大振りな動作で大剣を振りかざす。
ズドンッと、地面が揺れるほどの大きな振動が洞窟を揺らした。そして、大剣を持った腕と胴体が切り離され、二度と大剣が地面から離れることは無かった。
「やっぱり、三匹だけじゃなかったか」
前衛の目の前に移動したことで、背後に控える2体のオークを発見できた。
今倒したばかりのオークと同じ大剣を持った奴と、謎の杖を抱えてローブを纏った奴。オークにも魔法使いみたいな役職があると見るべきだ。
「×△×○〜〜〜っ?!」
何を言っているかは分からないが、魔法を使われると厄介だ。
――しっ
使えない?!クールタイム的なものか?
疾走と念じ切る前に、視界の隅でボードが光る。
『現在使用不可です』
使えないものは仕方がないから、自力の足で側面まで回り込み脇を切り裂く。羽織っていたローブが切り裂かれ、緑色の肌が顕になる。
「俺、魔法使えないんだ」
誰に物申したのか自分でも分からない。
少し魔法を羨ましく思ったのかもしれない。
脇を割かれ怯んだオークに、首後ろからナイフを突き立てた。
「グアァ……」
「もういいよ」
最後の一匹は、ナイフを投げて終わらせた。
もはや俺に勝てるとは到底思えなかったから。
『オークLv32×3、オークマジシャンLv25を倒しました。経験値を1820手に入れました。
オークマジシャンのドロップ品を獲得。
"クリスタルの杖"
九十九涼のレベル : 24→27へ上昇。残りポイントは31です』
――オークと人間、完全に立場が逆転した瞬間だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
投げたナイフを取り戻し魔石を回収したところで、俺はハッと自分を取り戻した。
別に他人に操作されていたのでは無いけれど、なんだが本来の自分とは異なる"自分が自分でない感"のようなものがあったからだ。
「つ、九十九……お前」
「えっと、このことは内緒にしていただけると……」
実力を隠す……というよりも、これの事実が広まることによる自分の身の危険を案じた発言。
よくゲームなどである展開として、大きな力が発覚したことで危ない組織や個人から狙われるようになり、家族の身にまで危険が及ぶ、とか。
俺には両親が居ない。唯一と呼べる家族は妹の葵だけ。俺のせいで葵に何かあったら、一生立ち直れない自信がある。
「ご、5級のくせに……、実力を隠していたのか?!まさか……不正を」
けれど、赤崎さんではない、取り巻きの連中は一方的に騒ぎ立てていた。当然だ。今までバカにしてきた相手が突然強くなったのだから。
「おい、黙っていろ」
「リーダーっ!」
「お前も知っているだろう?覚醒した時に行われる等級審査の正確さを。不正など無理に決まっている。あれは正真正銘、九十九が自らの力で手に入れた成長だ」
上等級の威圧で一度静かにさせた彼は、1歩前へ踏み出して、頭を下げた。
「どちらにせよ、助かった。俺たちだけじゃ決して勝てない相手だった。ダンジョンを甘く見た、俺の責任だ」
この誠実さは、他の3級にはあまり見られないものかもしれない。自分が強くなるに連れて、内に秘めていた傲慢な欲が己より下の者に対して顕になってしまうのが人間らしいとも言える。
けれど、その中でも正しいこと、良くないことを取捨選択し、他人に気遣える。
赤崎さんのそんな態度に、俺はこの人を死なせてはならないと強く思う。
「ありがとうございます」
元はと言えば、赤崎さんが俺を信じてくれた結果なるものだ。この力に気がつけたのも赤崎さんのおかげだと思うと、むしろこちらが感謝するべきな状況。
けれど、ここでこうして反省会を繰り広げている暇は無い。
(……夢じゃないんだと、今なら確信を持てる。まだどこかに奴らがいるんだ)
あの時数えた限りで最低8匹はいた。
つまり、この洞窟内にまだ……いる。
「赤崎さんっ。別れた部隊の様子を見に行きましょう!」
「あぁ、まだ他にも生息している可能性がある。急いで合流しよう」
赤崎さんがダンジョンの攻略から生存へと目標を入れ替え、一人を失った計4人で大きな通路を足早に進んだ。
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