episode03 : 繰り返される恐怖

「うっ………………」


 暗い。寒い。

 ここはどこだ?俺は一体……


「ごはっ」


 長く続いた浮遊感が突如終わり、なにかに叩きつけられたような感覚に襲われた。ベットから落ちた時のような痛み。


「痛ってぇ……。な、何が」

「おい最弱!!入り口でボケっとするな!早く来い!」


 正面で叫んでいるのは、先程死んだはずのレイドメンバーの一人。待て、ここは……洞窟の入口?


 見たことのある景色だ。間違いない。


「ど、どうなって……」


 だって全員オークにやられて――


「俺っ、生きてる?!」


 かく言う俺も、確実に死んだはずだった。あの嫌な首の感覚も残っている(気がする)。何より、この手の震えがあれが夢では無いことを証明していた。


 あんなもの、忘れろと言う方が無理だ。


「じゃあなんで……」


 その疑問は、俺が今いる場所を見れば分かることだった。洞窟の入口。つまり、


 あのセーブは本当だったのか……。ってことは時間が戻った?


「おい最弱っ!!聞いてんのかっ!!……さては今更怖気付いたか?」


 これだけ散々に言われていても、なんだかすごく安心してしまう。――生きている。

 今はそれだけで充分だ。


「悪い、今行く」


 戻って来れたのであれば、いくらでもできることはある。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――ってもなぁ……。


(どう説明したらいいんだろうか。この中で最弱な俺の言葉なんて誰も聞きやしない。まして、死に戻りしたなんて……、信じる方が無理だよな)


 メンバーを説得する自分を想像してみた。


「"俺、死んで戻ってきたんです!オークの群れがいて、とにかく進んじゃダメです"」


 アホくさ。絶対信じて貰えないわ、これ。

 当の本人がこう思ってるんだ。実際に言われる側はもっと信用できないだろう。


 とはいえこのまま放置すれば死ぬ事が分かっているんだから、何もしない訳には行かない。


「そういえば、レベルって今どうなってるんだ?」


 "ステータス"と小さく呟き、目の前に現在のステータスを表示させる。


【――九十九涼Lv23 残りポイント70――】

『HP/120 MP/20

 STR +21(+10)

 VIT +4

 AGI +14


 所持スキル

疾走 自然回復 不屈の精神


 称号効果

強者への報い : 相手のレベルが高いほどステータスが上昇

初めての回帰 : STR+10 』


 お、おぉ……。なんだか凄く上がっている。スキルなんてのもあるし、称号?永続的な効果なのか?


 ポイントもたくさんあるし、適当に振り分けておくか。未だ効果を実感したことは無いけど。


(やっぱり攻撃力は必要だよな。知能……って魔法?俺、魔法なんて使えないけど)


 よく見ると、初期ステータスにはMPが20とある。レベルアップで勝手に上がるのか?……もしかして、表示されてないだけで他のステータスも上がってる?


 そもそも、HPとMPにはポイントが振り分けられない。レベルアップで上がっていると考えるべきだろう。


「攻撃力に30、あとは……試しに振り分けてみよう」


 VITに+10、INTに+10……

 あれ?下にDEFがある。VITとは別……、あ、VITってHPも上がるヤツか。んじゃ純粋な防御力はこっちだよな。念の為DEFにも+10して。


 残りはAGIでいいか。足が早くなるに越したことないだろう。これだけ上げれば多少変化が見られるはずだし。


『HP/160 MP/40

 STR +51(+10)

 VIT +14

 DEF +10

 INT +10

 AGI +24』


 やっぱりHPが上がったな。MPも……、これはINTの影響かな。他は分からないけど、まぁいいか。


(ってか、ステータスの偏り方が酷い)


 攻撃力に振りすぎた。これじゃあ脳筋キャラ待ったナシだ。


「……今後はもう少し考えtうぼぁっ」

「どこ見て歩いてんの5級さん。しっかり前見て歩いてよね」

「す、すみません」


 歩きながらのよそ見はやめた方が良さそうだ。



「ほぅ、ゴブリンの集落か」

「赤崎さん、どうしますか」

「隊を分けて奇襲をする。ゴブリン共を一網打尽だ!」


 見覚えのある光景。

 ここで俺は赤崎さんと別の隊になる。きっとあの時、先に少人数の隊が襲撃されたのだ。


「俺はこっちに行く。人数は少なくていい。お前らはそっちに……」

「赤崎さんっ、俺もそっちに連れて行ってください」


 この先の出来事が確かならば、何かしら俺が行動を起こさなければならない。そのためには、赤崎さんの身に何が起きたのか、知らなくてはならない。


「おい5級!!図々しいぞ!」

「きっと強い人から離れたくないんだわ」


 何を言われてもいい。とにかく今は死なない未来を作り出さなければ。


「お前に用はない!さっさと赤崎さんから離れて」

「お願いします赤崎さん!」


 普段ならば素直に従う俺が、今日は食い下がらないことに苛立った他のメンバーが声を荒らげる。が、俺は赤崎さんにひたすら頼み込んだ。


「…………何かあったのか」

「い、今は……話せません。けど、邪魔は絶対しません」

「分かった。いいぞ」

「赤崎さん!!」


 そんな俺の態度に何か感じたのか、赤崎さんは首を縦に振った。


「ちょっとリーダー!いいんですかあんな最弱」

「なんだ?お荷物一つ増えた程度で、攻略に支障は出ないはずだ。それともなんだ?守りきれないとでも思っているのか」

「そ、そんなわけっ」


 3級の圧には耐えられない。一度決めたことを曲げるような意思の弱い3級ではなかった。


「ありがとうございます!」


 俺は自分の未来を変える第一歩を踏み出した。


 隊を別れてから、俺たち5人は広い通路を突き進んでいた。どうやらあの集落をなぞる様に造られているようで、すぐ左の壁の向こうから忙しない音が頻繁に聞こえてきた。


 時々通路正面から見回りと思われるゴブリン数匹が現れるが、相手が気がつくまえに赤崎さんの斬撃でその命を落としていった。

 あの時、定期的に入ってきた経験値の発生源は、予想通り赤崎さんによるものだった。


 それよりも……。

 こうして間近で戦闘をみると、やっぱり3級と俺の差は歴然としている。まるで別格。経験の差だけでは無い、大きな力の差を感じてしまう。

 彼に追いつこうなんて、夢のまた夢。


「……おかしいな」

 不意に赤崎さんがそう呟き足を止める。


「ゴブリンの掘った通路にしては、大きすぎる。それに、この通路は見回りの兵士しか通っている様子は無い。……別の魔物の仕業か?」


 壁を入念に触りながら、その違和感の原因を確かめる。何度か壁を叩いて歩いていると、背筋が凍るような強い殺気の波が壁の向こう側から放たれた。

 それは足が震えるほどの殺気で、波。


「赤崎さんっ!!」

「ちぃっ」


 俺が飛び出したのと、赤崎さんが後方へ飛び退くのがほぼ同時。その隙間を縫うような形で、一本の矢が空を切って過ぎ去っていく。


「構えろっ!!格上のオークだ!」


 かけ声ひとつで俺以外の全員が警戒態勢へ移行する。これが5級にはない世界。


「赤崎リーダー!逃げた方が……」

「バカっ!奴らから目を離したら」


 ザシュッ――


 水の入った袋が引きちぎられたような鈍い破裂音。頭をよぎったオーク共の攻撃。


「くっそ……」


 たった1度、オークから目を離しただけなのに。その彼は首から上を丸ごと貫かれて倒れた。あまりにも惨い、一瞬の出来事。


「魔法で強化されているかもしれない。全員、あの弓矢から目を離すなよ」


 死を目の当たりにして、その行為が生死を分けることを理解する。視認できるだけでオークは3体。あの時ほどでは無いし、弓を持っているのはどうやら一体だけらしい。

 一切こちらに近寄ってこないのは、虐殺というこの行為そのものを楽しんでいるのだろう。躊躇なく魔物を殺す、俺たち人類への見せしめのようだ。


 弓兵がゆっくりと弓を構える。

 その瞳は次の獲物を吟味している。


「――っ」


 目が合った。オークのいやらしいにやけ顔が俺の目に映る。


「九十九ぉっ!!」


 赤崎さんの叫ぶ声が聞こえてくる。やけにゆっくりと放たれる矢が、俺の顔へと近づい来ているのが分かる。まずい。当たれば即死だ。――当たれば。


「「……え?」」


 少しアホらしく口から出た疑問は、珍しく赤崎さんの声とハモりを奏でていた。

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