第1章 |初見プレイ《チュートリアル》

episode01 : 俺だけゲームな世界

「………………は?」


 俺は目を覚まして疑問符を浮かべる。

 いや、正確にはまだ夢の中なのではと思っていた。


「なんだ?これ」


 目の前に浮かぶ青い半透明なボード。

『ステータスを割り振ってください。残りポイントは12です』


 まるでゲーム画面だ。昨夜、徹夜して積みゲーの消化をしてたせいで変な夢を見てしまった。

 こう思っている今も、絶対夢の中か。


「お・に・い・ちゃ・ん!!!!何度呼んだら気が済むの!!朝ごはん冷めちゃうでしょ!」


 扉を破壊せん勢いで俺の部屋に妹がやって来た。そして、ここが夢では無いことを理解する。

 顔面に投げつけられたしゃもじが結構痛かった。


「……なぁあおい、これ、見えるか?」

 俺は確認と現状理解のため、眠い頭を叩き起してあおいへ尋ねる。


「はぁ?まだ寝ぼけてるの?早く起きてよね」


 妹の辛辣で引き気味の視線が痛い。

 どうやら目の前のこれは、俺以外見えていないようだ。


「分かった。今起きるよ」


 一度葵を部屋から追い出し、俺は恐る恐る目の前のボードに手を伸ばす。適当に筋力(STR)に触れた。


 すると、何も書かれていなかった筋力表示の横に、新たに+1と表示がでる。本当にゲームみたい。


「よく分からんけど、こういうのは大抵近接型のが強いんだよな」


 この時の俺は、特別何かがあるとは思っていなかった。眠過ぎて幻覚を見ている程度の認識。もはや心境として、ゲームを始めたのと変わりない。


 RPGあるあるとして、序盤は主人公を近接型にすると冒険が楽になる。味方の有無にも関係するが、結局タンク件アタッカーが重宝されるんだ。


「ふむ、こんなもんか。……っと、朝飯だっけ」


 攻撃力に6、素早さと防御に3ずつポイントを割り振り、決定を押したところで俺は慌てた起き上がった。葵は、怒らせると怖いんだ。



「ねぇお兄ちゃん」

「なんだー?」

「さっきから虚空見つめて何してるの」


「え、あーー、葵、ちょっと聞きたいんだが……、ゲームとかでよくあるメニュー表示を消すにはどうしたらいいと思う?」


「何それ?そういうのはお兄ちゃんの方が知ってるでしょ。んー、基本閉じるボタンとかありそうじゃない?」

「メニューを……"閉じる"。おっ」


 "閉じる"と口にした瞬間、目の前のボードは消滅。何も無かったかのようにいつもの現実が俺の視界へと入る。


「何?なんかあるの?」

「別にー。気になっただけ」

「変なお兄ちゃん。あ、いつも変か」

「酷い言い草」


 これが何なのかは分からんが、とりあえず黙っておいた方がいいよな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お兄ちゃん、今日は仕事行くの?」

「そりゃ行くしか無いだろ」

「えっと……なんかごめん」


 さて、俺の仕事を説明するには、まずこの世界での人々の話をしなくてはならない。


 この世界にいる人、つまり人類には二種類にわけられる。


――一般市民。

 これはそのまま、一般人。この世界に生きる実に七割がこの分類に入る。


――覚醒者。

 冒険者と呼ばれることもある、とても貴重な存在。

 とある事件をきっかけに地球に現れるようになった異空間、『ダンジョン』に対抗する術を持った超人類だ。


 彼らは突如自分に現れたスキルを駆使して、そのダンジョンの攻略を目指す。何層にも渡ったダンジョンを制覇し、ボスと呼ばれるダンジョンの主を倒すことでダンジョンを消滅させられる。


 銃や化学兵器がほとんど意味をなさない、強力な魔物を相手にできるのは、彼ら覚醒者だけ。


 要は覚醒者という職業とも言える。仕事内容はもちろんダンジョンの攻略。しかし、その他にも、ダンジョン内の魔物を倒し得られる魔石や素材は、現代社会において貴重すぎる資源。


 それらを持ち帰り換金することで稼ぎとする。これが覚醒者の仕事であり、使命だった。


「お兄ちゃん!えっと……」

「ん?」

「き、気をつけてね」

「おう。葵も学校、頑張れよ」


 ここまで説明すれば俺の仕事が何なのか、大体察しが着いただろう。


 俺――九十九つくもりょうは覚醒者だ。



 覚醒者はそれだけで価値がある。とはいえ、覚醒者にもランク付けがあり、個人の能力や魔力量などによって1〜5級の階級に分けられている。


 ……俺は5級。覚醒者の中では最低ランク。


「今日は沿岸地区の6級ダンジョンだな。集合は10時。余裕だ」


 覚醒者にランク付けがあるように、ダンジョンにも等級が存在している。等級が上がればダンジョン内の難易度も上がり、覚醒者と違ってランクが6つに分けられている。


 気をつけて欲しいのは、ダンジョンの等級と覚醒者の適正ランクは異なる。5級は5級のダンジョンを単独クリアは不可能。


 覚醒者ランクのダンジョンが単独でクリア可能な基準だ。


 測定の仕方は色々あるが、ダンジョンのゲートから発生している魔力の量で図るのが一般的。

 それ以外だと……、失敗率、死亡率、階層とか。数えればキリがない。


 そして、そんなダンジョンや覚醒者を統括しているのが、各地で勢力争いを繰り広げている冒険者協会やギルドだった。


「ま、5級ごときの俺がギルドなんかに入れるわけないってな」


 最低ランクの俺に関係の無い話はしなくていいか。


 今日は6級ダンジョンのレイドに呼ばれている。ダンジョンは俺にとって唯一の収入源。……葵と暮らして行くために、俺に残されたたった一つの道だ。


 電車を乗り継いで、俺は目的の仕事場へと向かう。



「早いな九十九。いい心がけだ!」

「あー、はい。よろしくお願いします」


 今日のリーダーは3級の赤崎さん。

 何度かご一緒した事のある、かなり頼れる人。5級の俺を毎回気遣ってくれる、信頼のおける人でもある。


「ま、今日のダンジョンは6級。そう緊張しなくても余裕だぜ」

「はぁ……、そうですね」


 赤崎さんに悪気がないのは分かっている。けれど、最弱の5級にとっては、そのダンジョンも命懸けの場所。緊張するなってのは難しい。


 しばらく入口の端で座っていると、今回のレイドに参加するであろう覚醒者達が続々と姿を見せる。皆余裕そうな表情で、クリアした後の報酬の話で盛り上がっていた。


 中には赤崎さんと同様、何度か見たことのある顔ぶれもいた。が、5級の俺を気にかける人はほとんどいない。


 予定の時間になり、集まった覚醒者達に声がかかる。


「全員集まったな!!今回は最低ランクのダンジョン、出現位置が悪いため早急なクリアの要望だ。緊急の依頼に集まってくれてありがとう!!皆、気楽に行こう!!」


 演説ぶった赤崎さんの言葉に、覚醒者達のやる気が一気に頂点まで駆け上がる。そのまま彼の後に続きダンジョン内部へ侵入を始めた。


 青いモヤモヤとしたゲートを潜れば、そこはもう別の世界。いつになってもこの不思議な感覚には慣れない。そして、今回、ダンジョンの入口と繋がっていたのはどこかの洞窟の中。

 恐らく地下にボスがいるタイプの異空間だ。


 侵入時に癖で行う周囲の観察をしていると、視界の端で何かが淡く光る。


『セーブポイントがあります。

 セーブしますか? はい/いいえ』


「うわっ、な、なんだ?」

――突如目の前に現れたその表示に、俺は一人小さく悲鳴をあげた。

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