第6話
無事お父さんからの許可をもらい、私はいよいよ病院で働くことになった。
最後までお母さんが心配してくれたのが嬉しかったりした。
本当に、この子のお母さんは娘のことを大事にしているらしい。
こうして娘じゃない自分が接していると罪悪感が湧いてきてしまう。
でも、せっかく与えられたチャンスだ……今日から頑張ってみせる! お母さんやお父さんのためにも!
「今日からよろしくお願いします、先生!」
白衣に袖を通した私はバレッドさんに頭を下げる。
どうやら、私の立ち位置はバレッドさんの弟子であり見習いというものになるらしい。
そのため、私はバレッドさんのことを先生と呼ぶことにした。
ちなみに、前布とか持ってきてくれた人はアカデミーに在学中の同じ見習いの人だったんだとか。
「こっちこそ、よろしく頼む」
素っ気ないようななんというか。
けど、こうしてわざわざ私のところに白衣とか渡してくれたんだからいい人……だよね?
というより、やっぱりこうして近くで見るとかなりのイケメンさんでちょっとドキッとしてしまう。
「基本的に俺が教えることになるが、ともあれ初日はルビア嬢がどこまで知識を有しているのかが知りたい」
そりゃそうだ。
昨日まで普通にアカデミーにも入らず急に病院で働き始めようとする人間がいきなり仕事なんかできるわけもない。
ある程度どこまでできて仕事を任せられるか知りたいのは当然だろう。
「っていうわけで、今日一日は俺の傍にいろ」
うわぁ……これが病院の中じゃなかったらキュンってきちゃうセリフだ。
相手がイケメンだからちょっと本気でそう思っちゃった。
「分かりました」
「ははっ、期待しているぞ。何せ、上を説得するのに苦労したんだからな」
そう言ってどこか挑発めいた笑みを浮かべながら、先生は白衣を翻して教授室を出て行ってしまった。
……私、こう見えて前世では天才って言われたぐらい優秀なんだけど。
それが驕りで昔の話だって分かってるけど、なんかちょっとムカついてしまいました。
♦♦♦
───それから、私は先生の後ろをついて歩いた。
今日は先生に特別な予定は入っていないみたい。
先生は私と同じ……いや、正確に言ったら今の私は資格を持ってないから違うけど、前世の私と同じ外科医だ。
今日は担当した患者さんの様子を見て回るとのこと。
入院していた時はあばらの痛さとかであんまり意識できなかったけど、薬品の混ざったこの病院の空気というのも久しぶりに嗅いで懐かしい気分になる。
「ルビア嬢、この患者の病名は?」
病室の一つに入り、先生が患者の前で私に尋ねる。
目の前にいるのは少しお歳をめした高齢の患者。
弱っているのか、今は目を閉じて寝ている。
「偽膜性大腸炎の患者ですね」
私は予め渡されたカルテを見て答えた。
けど、この患者……処方が注射? どうして注射なんだろう。
偽膜性大腸炎の場合は間違いなく注射ではないはずだ。
「このカルテに書かれてある治療方法ですが……間違っているのではないでしょうか?」
「というと?」
「……注射ではなく飲み薬での処方にするべきかと」
「注射でない理由は?」
「注射での投与で効果が出ないのは多くの実験で証明されています。ですので他の疾患とは違って偽膜性大腸炎の場合は原則飲み薬での処方になります」
───この世界の医療は想像よりも発展していた。
といっても医学の体勢が整ったばかりといったところ。
まだまだ前世にいた頃の日本に比べれば劣る部分がたくさんある。
(いやぁ……念のため勉強しておいてよかった。下手にこの世界の人達が知らないことを言ったら不審がられるんだもの)
ある程度前世での知識があるから答えられるんだけど、この世界の医術がどこまで進んでいるのかは知らなかった。
もし勉強してなかったら「その治療法はなんだ!?」と思われたに違いない。
危なったよ、やっぱりどこに行っても勉強だね。
(それにしても懐かしいなぁ……私も昔はこうやって先生の後ろをついて歩いたっけ)
不意に懐かしさを覚えてしまう。
初心に返ったようでちょっと楽しいなぁ。
「正解だ、そのカルテは間違っている。恐らく見習いが出したやつだな」
ちょっと見習いさん……っていうより、そんなカルテを渡さないでください。意地悪ですか?
「だが、よく知ってるな。とても貴族のご令嬢が知っている知識だと思えん」
何故……この世界でもちゃんと証明されていることを言っただけなのに。
「ほ、本を読んで勉強しました……」
「そこらの見習いよりかは充分物知りな気がするがな。ほんと、ルビア嬢には驚かされるよ」
えーっと……つまり、見習いの人は答えられないってこと?
偽膜性大腸炎なんて別に珍しくもない病気のはずなのに。
(いや、もしかしたらこの世界では珍しい方なのかも)
それだったら反省だ。
そこのさじ加減間違えちゃうと、すぐにこの病院で変人扱いされてしまう。
せっかく病院で働くことができたのに居ずらい環境なんて嫌!
「やっぱり、天才とはルビア嬢のことを言うのかもしれないな」
「そんな、別に大したことじゃないですよ先生!」
「しかも十五歳。アカデミーに入っていたらもう話題沸騰だろう」
「だから違いますって先生!」
楽しげに笑ってみせる先生。
それがからかっているというのは分かりきっていて、腹立たしくもあり恥ずかしかった。
けど、意外ととっつきやすい人なのかも。
初めての環境だから、こういう人がいると過ごしやすい。
もしかして、私が慣れるよう気遣ってくれた?
……なんか不本意だけど、ちょっぴり先生には感謝しなくちゃいけないかもしれない。
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