第5話
まるで、研修生の時に教授から呼び出された時のようだ。
お父さんに呼ばれて執務室に入った時は、ふとそんなことを思ってしまった。
「来たか、ルビア」
部屋にはお父さんの姿。
待ち構えていたのか、テーブルには温かい紅茶が置かれている。
……座れ、ってことで合ってますか? 聞けない空気だからそれが正解なのかが分からないよ。
「まぁ、座れ」
あざっす。
「あ、あの……お話とはなんでしょうか?」
中央に置かれてあるテーブルの前に腰を下ろす。
だけど、お父さんは執務机の前に座ったまま。
私の対面に座ろうという気はなかった。
「その前に、怪我は大丈夫だったか?」
「はい、ご心配おかけしました……」
この子もお父さんの前では怯えていたのかな?
ただならぬ圧に、三十路近かったおばさんですらビクビクしちゃう。
けど、お父さんはそんな私の様子に気づいていないのかそのまま話を続けた。
「そうか、毎度言うが周囲を困らせるな。今回の件もお前の自業自得でそうなったのだからな。少しはマリーに心配をかけないように気遣え」
マリーというのは、私のお母さんだ。
この子とは違って、とても優しい人だったのを覚えている。
目を覚ましたと聞いてやって来た時は大泣きしていたし、目を覚ましたことを喜んでくれた。
前世の私の両親は共に他界しちゃってたから、その温かさが無性に懐かしく思えた。
「以後、気をつけます」
「ふむ……随分と大人しいじゃないか、ルビア。いつもなら「私が悪いわけじゃない!」と言っていたのに」
そりゃ中身が違うからね!
「は、反省していますので……」
「まぁ、いい。ルビアが初めて反省していると言ったのだ、当面はそれを信じよう」
それより、と。
お父さんは立ち上がって私の横に腰を下ろした。
「よくやった」
「えっ?」
「聞けば、公爵家のご子息を救ったそうじゃないか。先日、公爵家の遣いの者から公爵直筆のお礼の手紙をもらったぞ」
あ、あの人は公爵家の人だったの?
そんなこと知らなかったから、お父さんの言葉に思わず驚いてしまう。
「その様子を見ると、相手を知らずに助けたみたいだな───誇らしいぞ、ルビア。ようやく人を大切にする気持ちが芽生えたか」
そう言って、お父さんは険しい表情を柔らかくして私の頭を撫でた。
本気で嬉しいと思ってくれているのか、その手はとても温かかった。
それを受けて、どうしても私は思ってしまう。
お母さんが来てくれた時もそう。私は、実の娘じゃないのに。
でも、どうやっても説明ができないから心の底にしまわなくちゃいけない。
素直にこの温かさを受け取れないのが、胸を少し痛めつける。
「今度、公爵がお礼を言いに来るそうだ。その時はもちろん、ルビアも同席しなさい」
「分かりました……」
話は終わったと、お父さんは立ち上がった。
だけど、このせっかくのチャンス───逃がすわけにはいかなかった。
「あ、あのっ! お父さん!」
「どうした?」
「お願いが……あ、ありますっ!」
そろそろちゃんと言わないと。
私が過去の後悔を払拭できないまま二度目の人生を歩むことになる。
せっかく手に入れたチャンスを、ここで棒に振るわけにはいかない!
「私、病院で働きたいのっ!」
その言葉を言った瞬間、お父さんの顔が険しいものへと戻ってしまう。
「……なんだと?」
「あ、の……バレッドっていう先生から「働かないか」って誘われて、医者を目指したくて……」
思わずお父さんの圧に気圧されてしまう。
すると、お父さんは私の頭にもう一度手を置いてくれた。
「あのな、医者というのはそんなに簡単な仕事ではない。日中人に触れ、命を手に取る仕事だ。急患が来れば休むことだってできなくなる。褒められるだけの仕事ではない、時に責められることだってあるのだ。今までの生活とは比べものにならないほど過酷な仕事だぞ」
そんなの、私は驕っているわけではなく知ってる。
医者という仕事がどれだけ辛いのかを。
それと───
「けど、それ以上に医者という仕事は誇らしい職業だということを知っています」
「どうして分かる? それに、敢えて言及しなかったが、どうしてルビアが公爵家のご子息を助けられるような知識を───」
「人を救う仕事は楽しいんですっ!」
お父さんの疑問を掻き消すように、私は強く訴えた。
「誰かに感謝された時も、誰かを自分の手で救えた時も、私は凄く嬉しかった。あの瞬間は、きっと医者じゃないと味わえない! 何より……私は、誰かを救いたい」
確かに辛いこともいっぱいある。
手の届かなかった患者、休む間もなく訪れる仕事、家族を失った者から受ける言葉、何回でも覚えなきゃいけない単語や知識の羅列。
折れそうになったことなんて数え切れない。
それでも医者として生き続けてきたのは、誰かを救う医者という仕事が好きだったからだ。
きっとこの先、私は何をやっても医者以上の仕事は見つからないと思う。
それほどまでに、私は医者に恋をしているのだ。
「……本当に、お前は別人のように変わったな」
その言葉に、私は思わずドキッとしてしまう。
だけど───
「やるやらしっかりやりなさい。ダメなら帰ってきてもいい……俺から言えるのはそれぐらいだ」
お父さんはそれだけを言って執務机の前に座った。
もう少し何かを言われるかと思ったのに、何かを言う様子もない。
関心がないのか、放任主義な家庭なのか。
……ううん、そういうわけじゃないと思う。
最後に見せた顔が、なんだか誇らしそうな柔らかいものだった。
多分、周囲からなんと言われていようともこの人達はこの子を信頼してくれてるんだ。
だから───
「ありがとうございますっ!」
私は頭を下げた。
悲しいけど、私はあなたの子供じゃない。
でも、この子に向けられた期待を裏切りたくはなかった。
───私、名前に恥じないような立派な医者になります。
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