僕と彼女の非日常

わらび餅

1日目

〈重力が軽くなった〉


 正確に言えば、重力が6分の1になった。


 僕は朝、空中で目覚めた。謎の浮遊感が意識を現実へと戻させたのだ。     


 そして、目覚めてからほんの数分で今日は過酷な一日になると痛感した。


 なぜなら、移動が大変すぎるからだ。一歩を踏み出そうと地面を蹴ると、その反動で勢いよく天井で頭を打つ。そのせいでたんこぶが頭に何個もできた。少しだけ馬鹿になった気がする。


 やっとの思いで支度をして、家を出るといろんなものが宙に舞っていた。砂や石、車まで浮いていた。どこかのおバカさんが車を運転しようとしたのだろう。それらを交わしながら、10分先にある高校に何とか着いた。


「おはよぉ、空」


 気だるそうな声が聞こえ、振り返ると宙を舞っている青がいた。宙を舞いながら、器用に靴を脱いで下駄箱にしまっていた。


「おはよう、青。週初めにこの気まぐれ現象やばいな」


 苦笑いをしながら言った。


 僕の住む世界では一週間に数回、気まぐれ現象が起こる。この現象は一年前の冬に突如として起こった。それから、一年いろんなことがあったが全世界の誰もがこの現象に慣れていくようになった。


「今日は確かにやばいね、でもたのしいよ」


 青は、笑みを浮かべて空中でバク宙をして見せたが、思いっきり天井で頭を打っていた。


「うげぇ、痛そ」


 うっすら涙を浮かべている青に、笑いをこらえながら言った。彼女は、頭をさすりながら行こうよと言って先に歩き始めた。どうやら少し恥ずかしかったようだ。


 僕は口角を下げることなく、浮遊する彼女についていった。


 教室に着くと、クラスメイトは僕と彼女の二人を含めて6人しかいなかった。それもそうだろう、こんな現象が起きているときに学校に来る方がおかしいだろう。そこらじゅうを物が浮いているのだから。


「予鈴がなるまでどうする?バク宙の練習でもする?」


「いいや、やめとく」


 青の提案を却下しながら何をしようか考えた。


「何しようか、でも今日は休校になるだろうし、遊びに行く?」


 青の口角が少し上がり、いいね、行こう!と言い、さっき置いた鞄を担ぎ始めた。


「でも行きたいとこでもあるの?」


「あるよ。海に行こうぜ」


 青が少し驚いた顔を見せた。まぁ無理もないかだって今、真冬だもんな!雪は降っていないが今日の最低気温は0度だからいつ降り出すかわからない。


「なんで行きたいの?」


 僕がこんな真冬に、しかも重力が6分の1になっているのになぜ行くのかって?   


 そりゃあ……。


「モーゼの海割りをやってみたいからだよ」


 全力の笑顔で青の方を振り向いて言った。青はキョトンとして首を傾げた。


「モーゼの海割り?」


「海が真っ二つに割れている画像とか見たことない?」


 青の表情が数秒後、急に明るくなった。画像が頭に浮かんだのだろう。


「あれか!いいね、やってみようよ。どうやるかは知らないけど」


「ふふふ、まだわかってないな。今日は、重力が6分の1だからこそ水が浮きやすくなるのだ!」


 青の表情がぱぁーっと明るくなった。僕のしたいことが完璧に理解できたのだろう。ウキウキして今にも飛び出していきそうだ。


「じゃあ、さっそく行きますか!」


「うん!」


 僕と彼女は置いた鞄を持ち、下駄箱で靴を履き、近場にある海岸を目指して進んでいった。



 浮遊して行くこと十数分、臨海砂浜公園が見えてきた。あともう少しで到着という時に、僕と彼女の目にある光景が舞い込んできた。


 水の玉が何個も浮いていたのだ。


 地上1、2メートル付近をふわふわと浮いている。まるで大きいシャボン玉のようにも見える。ぶつかれば全身がびしょ濡れになるだろう。


「あの水の玉にぶつ……、あっ」


 どうやら少し言うのが遅かったようだ。青は頭からつま先までびしょ濡れになってしまっていた。


 青はこちらを向き、やっちゃたみたいな顔をしている。一つくしゃみをして、ぶるぶると震えている。


「ごめんね。風邪ひきそう」


 苦笑いをしながら座り込んだ。


「しゃあないな」


 僕は鞄の中からジャージを取りだし、青に向かって投げた。かろうじて受けとった青は、ジャージを抱えたまま脱衣室に向かってふらふら歩いて行った。


「風邪ひかないといいけど」


 僕は今日のところは帰ろうと思った。この機会を逃すのは惜しいが、青が風邪をひいてしまっては、今日の事で後悔が残りそうで嫌だ。モーゼの海割りができる保証もないし、あきらめるしかないか。



「おまたせ」


 どうやら青が脱衣室から帰ってきたようだ。


「おかえり。まだ、寒そうだね」


服は着替えてもまだ、髪は濡れている。


早く帰らないといけないな。


「青、もう帰ろうか。風邪を引いたらいけないし」


僕が帰路につこうとしていたところ、不意に服の袖を掴まれた。


「どうしたの?」


青に問いかけると、少し青くなった唇を震わし優しく問いかけた。


「モーゼの海割りしないと」


「別にいいよ、しなくて。青が風邪引いたらいけないしね」


僕は笑顔を見せながらやさしく言った。でも青の顔は不機嫌になっていった。


「だーめ、私のせいで空のやりたいことを妨げるのは嫌なの」


青は、ほっぺを膨らませながら言う。


「俺は、青のためを思っていってるのに」


青は、僕の言葉を聞き流して、ふわふわと海の方に向かっていった。そして、早くとせかしてくる。


そうだった。青はこういう人だったな。


「今行くから、待ってろー。また濡れるぞー」


僕も青の後を宙を舞いながらついていった。



青と僕が砂浜に足を一歩踏み入れると、砂が舞いあがり光を反射している。スノードームの中にいるみたいな光景だった。


互いにきれいだねと笑いながら、海の近くまで駆け寄った。


近くに落ちている、3メートルはありそうな流木を拾い上げた。重力が6分の1になっているおかげで軽々と持ち上げることが出来る。


「青は、危ないからよけててー」


青が数メートル離れたのを確認してから、勢いよく流木を叩きつけた。


すると……。


バシャーンという水が弾ける音の後で、4メートル程の海の底が見えた。小さいが、モーゼの海割りが出来たようだ。


「見て!小さいけどできたー!」


僕は、流木を隣に置き青の方を振り向いた。すると、青の笑顔ではなく慌てふためく姿が目に入ってきた。


「青、どうしたのー?」


「上、上!」


青が必死そうに指をさしていた。


(上?どうしてあんな慌ててるんだろう)


僕が上を向くと、そこにはさっき青がぶつかった水の玉がいくつもあった。しかもその一つ一つの大きさがさっきの倍近くある。


「やばっ」


僕は青の方を目指して思いっきり地面を蹴った。しかし、この行動が間違っていたようだ。僕は、思いっきり水の玉へと突っ込んでいってしまった。


水の玉の一つが僕のすぐ真上にあり、地面を蹴ったと同時にびしょ濡れになった。


また、一秒もたたないうちに水の玉が地面をめがけて雨のように落ちてきた。


「青、逃げるぞ」


僕は青の方に全力で地面を蹴り、浮遊しながら急いだ。そして、青の手を掴みさらに奥へと逃げていった。


「はぁはぁ、やっと水の玉がないところに来れた」


「だね、大変だったね」


僕と青は、息を切らしながら地面に座り込んでいる。


逃げている途中、何個もの水の玉にぶつかった。そのせいで、二人ともこれ以上濡れるところがないほど濡れていた。


「早く、帰ろうか」


「うん」



僕と青は、帰宅を急いだ。早くしないと凍えてしまいそうだったからだ。青は、僕よりも前から濡れていたからさらに心配だ。大丈夫だろうか。


青は僕のお隣さんだから、帰路が同じ方向で助かった。


「青、帰ったらすぐ風呂入れよ。じゃあな」


「うん。またね」


僕は、家に入るとお風呂に直行した。そして、お風呂で温まった体が冷める前に布団にもぐりこんだ。


レトロな壁掛け時計が正午の合図をした時、僕は深い眠りへと落ちていった。





次に僕と彼女が会ったのは、4日後の朝であった。



〈了〉




























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