第14話 聖樹の杖

「アリス!」


 戻るなり、レイモンドが近くに駆け寄り私の手をとった。


「……アリスに何を言ったんだ」


 レイモンドが魔女さんを睨みつける。

 彼女は笑みを浮かべるだけだ。

 

 いけない……私のせいで喧嘩をさせたら駄目だ。


「大したことは言われてない。質問に答えてもらっただけ」

「でも……すごく心細い顔をしているよ」


 心配そうに見つめられる。背はほとんど同じだから顔が近くて、少しの表情の変化も読み取られてしまいそうだ。


「……大丈夫。変態マッチョ男になった魔女さんに気後れしただけ」

「な……魔女さん! アリスの前で男にならないでくれる!?」

「いいじゃな〜い。仲よくなりたかったんだものぉ」

「男にならなくたって、なれるよ!」

「私を引き離そうとしたくせに〜ぃ」

「ろくなことを言わないのは分かっているからな」


 やっぱり……仲がいいんだな。

 

 うん、さっきの話はいったん忘れよう。先のことなんて保留にしよう。

 考えていたら心配させてしまう。


「その話はもうおしまい。何か私にくれるんだよね。早くちょうだい」


 さっきのレイモンドのように、魔女さんに要求する。


「あ〜ぁ、そうだったわねぇ。はい、どうぞぉ」


 象牙のように白い小さな杖が突然魔女さんの手の中に現れて渡された。美しい彫刻が施されていて、レイモンドの杖と似ているけれど女性らしい。似たような透明の珠も埋め込まれている。


 この杖を……くれるってことだよね……。


 いかにも魔法使いですって感じだなぁと見ていると、上から魔女さんが手を重ねて何かを呟いた。


 杖にあしらわれた珠が発光し、静かにその光を消した。


「え、何? 何かしたの?」

「アリスちゃんの杖だって認識させたのよぉ。本当は自分でするんだけどぉ……特別にねぇ? 魔法が使えるようになれば、大きくすることもできるわよぉ?」

「あ、ありがとう」

「腰のベルトにつけておいたらぁ?」


 ああ、このロリ服に似合いのベルトはそのためだったのか……。

 挿し込むと綺麗に収まった。


「じゃ、そろそろ行くよ」

「ええ、ごゆっくりぃ〜」


 ごゆっくり?

 どういうことかと聞く間もなく、レイモンドに手を引っ張られる。魔女さんがひらひらと手を振っているので、一礼すると扉を出た。


 スゥと扉が消えてなくなる。

 魔女さんが入っていいと思った時にだけ現れるのかもしれない。


「それで、本当に何を言われたの」


 ……いつまで私の手を握っているつもりだろう……。まぁいいか。


「少し、客観視した私について教えてもらっただけ。心配しないで」

「心配するよ。君の不安は全て消してあげたい」


 しつこいなぁ。……それが自分の義務だとも思っているのかな。


「私の未来が楽しみって言われた。この世界のことを知らなさすぎて少し不安になったの。レイモンドはどうしてほしいの。そうなるかは置いといて、保育資格をとれたとして辺境伯の息子やその嫁になんかいいことあるの」

「あはは、夢じゃないって思えてきた?」

「……多少はね」


 昨夜は夢まで見てしまった。

 なんの変哲もない……中学校の廊下で友達と話している夢を。


 土を踏みしめながら歩く。森の細い道を私の手を引いて進みながら、彼がすまなそうに笑う。

 

 罪悪感があると覗き見はできないと言っていた。こんなに申し訳なさそうにするのは、この世界に来た直後に私が責めたからなのかな。

 ……どう責めたのかはあんまり覚えていないけど、罵ったことだけは確かだ。


「卒業後に戻ってきてからの話だけど……現役の間は、辺境伯としての仕事は父が変わらずし続ける。父に何かあった時のためにも、ある程度は俺もするけどね。いずれは父が最終確認をするだけになり、そのあとは引退かな。でも、しばらくの間は俺には時間がある。基本的にここの魔導騎士団は現地登用だ。彼らの生活基盤もここで、子供たちにも才能が生じやすい。魔力封じをせずに保育をすることで優秀な騎士へといずれ成長する。俺や君が先生として週に一度でもいいからわずかでも参加すれば、より忠誠心の強い騎士になるだろう」


 そういえば、魔女さんが言っていた。レイモンドは完璧主義だったって。

 でもなー……その結果が……うーん、この世界の保育士が謎すぎる。


「騎士さんの子供ばかりなの?」

「いや……才能や発達、将来性を鑑みて決めるね。騎士の子供が入りやすい傾向にはあるよ。誕生日が早い子も発達が早いから有利にはなっちゃうかな……今の制度ではね」


 将来性……まぁ、どこかのお店を継ぐ可能性が高い子を強くしたって、みたいな部分もあるのかな。


「……保育科とか色々と分かれているの? 中学校みたいなのとは違うの?」

「分かれているよ。最初の一年は全員普通科で、翌年から分岐する。高度な魔術について学ぶのは共通だよ。父は応用魔術学科、母は魔道具造形学科だったらしいよ」

「保育施設には資格なしでもたまに先生として参加することもできるんじゃない? 辺境伯の息子なら。なんで保育科まで選ぼうとするの」

「魔導保育士資格というものができてから、そこまで年数は経っていない。調査を俺自身でしたいのもある。都市ラハニノスでも、同じ資格を取得できるようにしたい。それが、騎士団をより強くもする。学園自体はあるけれど、ただの保育課程しかないんだ」


 そっか、未来を見据えた上での選択なんだ……。

 

「君への利点は……そうだな。残念ながら才能は努力を凌駕する。専門に学ばなくても、君なら独学でも強い力の行使や高い技術を身につけてしまえるだろう。それなら一緒の学科を選んでほしい。でも……いいよ。他の学科についても一年目で検討しなよ。他がよければ俺も一緒にそっちに行く」

「……待って、私と同じ学科にするためなら保育科はやめるの?」

「うん、もちろんだよ。どこだっていいよ」

「……主体性がなさすぎる……。え、辺境伯息子として魔導保育士課程を設けるための下調べも兼ねているんだよね?」

「だって俺、アリスと一緒がいいもん。無理なら無理で、そっちも違う方法でなんとかするよ」


 いいの、それで……。

 まぁ、辺境伯としての仕事をきちんとするなら、それでいいのかな。


「保育科がいいけどねー。君の世界での保育についても結構詳しくなったしね! よく読んでいたよね、育児本」

「……家にあったしね。覗き見している時は言語って変換されるわけ? 文字とか読めないでしょ」

「いやー、助かったよ。君の弟が小さかったから皆して言葉を教えるだろう? たくさん絵本も読んでいたしさ。一緒に学べたよ。音声ペンで音が出る絵辞典もよかったなー」

「音……聞こえるんだ」

「集中すればね。もう可愛くなっちゃってさー、君の弟。俺が君の世界に行ったら普通の保育士になっていたかもなー」


 ……そういえば昨日、ソフィが三年以上前から魔女さんに予言を授かったってレイモンドが言ってたとかなんとか教えてくれたっけ?

 だとすると光樹が一歳、大樹が六歳くらいがスタートかな……確かに言語を覚えるにはちょうどいい環境だったのかもしれない。


「待って、あんた家庭教師からの勉強もあるって言ってなかった?」

「そうなんだよ。だから基本的に君が学校から帰ってからの夜しか見れないよね。残念残念」


 ストーカーだ……盗聴器まで仕掛けているタイプのストーカー。


 でも、弟を可愛いと思っていたんだ。保育士になりたいと思うくらいに……。眺めている分には可愛くても実際には面倒なことも多いけど……レイモンドなら向いているのかもしれない。子供相手だと、何をされても怒らない無の境地になることも必要だから。


 ねぇねにプレゼントーって、光樹から団子虫やセミの抜け殻を渡されることもあった。どんなに嫌でも笑顔でお礼を言わなきゃいけないこともあるのが、小さい子を相手にするってことだ。


 そんなどうでもいい雑談をしていたら、さらさらと流れる川に辿り着いた。

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