第13話 はじめまして

「待っていたわよぅ? アリスちゃぁん?」


 私の想像していた魔女さんと違う……。


 中に入ると、簡素だけれど大きめの木のテーブルで、露出度の高い魔女っぽい服を着た女性がこちらを見ながら何かを飲んでいた。

 この匂い……珈琲かな。横には本棚があって、古びた本が何冊も置いてある。


「ア……アリスです。はじめまして」


 本当は夢咲愛里朱だと言いたいところだけど、仕方がない。偽物の名前を言うのにも躊躇してアリスとだけ名乗った。


「んっふふ、そうよねぇ? 違う名前、言いたくないものね〜ぇ?」

「あ……えと……」

「魔女さん、アリスをいじめないでよ」


 レイモンドが呆れたように言う。それだけで、両親よりも距離が近いのかなと感じた。


 なんで?

 妖艶でボンキュボーンだから、ここに通っていたの?


 そう思ってしまうくらいに色っぽい。胸の谷間が深すぎる。この世界では初めて見る黒髪で、深い紫の瞳だ。もしかしたら……この世界では魔女さんだけが黒髪なのかもしれない。


「いじめるつもりはないわよ〜ぅ」

「とにかく、この魔女さんに君は拾われて俺に受け渡されたってことにしてるから。あとは、アレをもらったらもう行くよ。早くちょうだい」


 え……何かをもらいに来たの。肝心なところで説明が足りていないよね。


「そうね〜ぇ」


 魔女さんが立ち上がって、こちらに向かって歩いてくる。


 ああ……胸がゆさゆさと揺れている。少しでもいいから分けてもらえないかな。

 あれ……な、なんか……近くない?


 ガシッと頬を両手で挟まれる。


 な、なんですか、この人!?


「可愛いわね〜ぇ? とっても可愛い。この世界へようこそ。楽しみ、とっても楽しみよぉ〜、これから。あぁ、早く見たい、ねぇ、あなたはこれからどう生きていくのかしらぁ?」


 この人……変態だー!!!

 そんな気しかしない。さすがレイモンドの知り合いだ。


 愉しげな紫の瞳は、まるで人外のように怪しく……見ているだけでグルグルと目眩がしそうだ。

 

「魔女さんってば!」


 レイモンドの抗議の声に振り向きもせず、そのまま話し続ける。


「だってぇ、この子のこと気になるものぉ。少しだけお話しましょう? レイモンドちゃん、待っていて。お話をするだけよぉ。何も……しないわぁ」

「おい!」


 突然……、周囲の景色が消失した。

 周りが深い緑の森へと変化する。


 ここは……昨日レイモンドに召喚された場所……?


 あの建物の一階のテラスにあるベンチの前に気付いたら立っていた。昨日のように森は青くない。結界を張っていないからなのかもしれない。


「んふふ? あの子が私とアリスちゃんを引き離したがっていたから、連れてきちゃったわぁ? ごめんなさぁい」

「い……いえ」


 レイモンドがいないだけで、すごく不安になる。何をされるか分からないし……対抗する手段もない。


「もっと……ね? 好きなように話して? 聞きたいこと、なんでも言って? あなたが今、何に興味を持っているのか……気になるのよぉ」


 やっぱり私と話したいだけなの?


 一晩寝て、夢ではないのかもしれないと諦め始めている。ここが現実なら、今知りたいのは学園なるところに入学して保育資格をとったとして、それをどう生かしてほしいとレイモンドが考えているかだけど……それは魔女さんに聞いても仕方がない。

 何をくれる予定だったのかも、くれるのが目的なら急いで聞く必要もない。


「……魔女さんが何者なのかと、レイモンドとの関係性が気になります」

「んっふぅ、私に興味があるのぉ?」


 うん……なんかこの人も台無しだよね。せっかく美人で色っぽい体なのに、変態にしか見えなくなってきた。


「もう少しぃ、格好よく……アリスちゃん好みの見た目にしてもいいのよ〜ぅ?」

「……え」


 視界が歪む。グニャリと目の前の彼女の形が崩れた。

 目の前には……黒髪で紫の瞳の筋肉マッチョなイケメンが……。


「……さっきレイモンドに変身や幻覚は無理って聞いたんだけど」

「そうだねぇ? 人間には……無理だろうねぇ?」


 ……その姿でも、そのしゃべり方なんだ。


「人間じゃないんだね。私の召喚のためにこの場所を貸したのもあなたって聞いた。もしかして、あなたはレイモンドが言っていた創造神の使い魔さん?」

「あぁ〜……そうかもしれないねぇ」


 手を引っ張られてベンチに座らされる。初対面の男性の大きな手に不快感を覚えた。


「いきなり手を触らないで。落ち着かないから、最初の姿に戻って」

「あれぇ? この格好になって少し話し方も打ち解けたかと思ったのに。おかしな男性相手だと、警戒心でそうなるのかなぁ?」


 また姿が崩れて、女性の姿へと戻る。


「わざわざ姿を変えて……小馬鹿にされている気分になっただけ。それで、レイモンドとの関係は?」

「あの子ぉ、可愛いでしょぉ?」

「…………」


 どう答えたらいいんだろう。


「顔はいいかもですね」

「ダ〜メ。もっとぉ、気楽に話してぇ?」


 彼女の人差し指が、軽く私の唇にあてられる。

 これほどの美女にそうされているのに……もう全くドキドキもしなくなってきた。


「分かった。それで?」

「顔じゃないのよぉ〜。あの子ね、白髪が混じっていた時期があるのよねぇ〜、可愛いでしょぉ?」

「…………」


 この女……駄目だな。女じゃないかもしれないけど。私に言うなって話だよね。


「完璧主義でねぇ? 子供らしくなかったのよぉ。乳母さんもすぐに交代していたからかしらねぇ? 子供らしくない子供なんて、可愛くて……面白くないじゃなぁい? だからぁ、せっかくこの辺りまで一人でこっそり来ていたし、この領域に踏み込ませてあげたのよぉ〜」

「ここは……誰でも来れる場所じゃないの?」

「ええ、そうよぉ。普段は他の人に見れなくなっているわよぉ。それで……なんだったかしらぁ? ああほら、八つ当たりできる相手が必要なこと、アリスちゃんなら分かるわよねぇ?」


 昨日のレイモンドとの会話を知っている……? 創造神の使い魔だとしたら……全てを知ることができるのかもしれない。

 ……未来以外の全てを。


「魔女さんに八つ当たりができて、子供らしくなりましたってこと? それでレイモンドに肩入れして力も貸してあげたの?」

「どうかしらね〜? 心の中まではそんなに分からないから。肩入れは少し、しちゃっているかもしれないわねぇ。だからぁお願いしたいのよぉ〜、アリスちゃん?」

「…………何を」

「もう……十代のうちくらい、髪を白くしないであげてねぇ?」

「……レイモンドといつか結婚しろってこと?」


 そう聞くと……彼女は意味深に笑って、少し真面目な口調でこう言った。

 

「人の心は変わるもの。レイモンドちゃんがあなたを好きではなくなったら……他の男を探しなさい。アリスちゃんも、他の男の子を好きになったっていいのよ。その時は、他の女の子との出会いの場なんかをつくってあげてもいいわね? レイモンドちゃんにも好きな女の子ができるのを、ゆっくりと待ってあげて?」


 レイモンドが私を好きでなくなる……昨日会ったばかりなのに考えもしなかった。


「レイモンドちゃんはねぇ、覚悟をしてあなたを召喚しているのよぉ」


 元の口調に戻して、彼女が言う。

 

「…………覚悟?」

「アリスちゃんを好きではなくなったとしても……他に好きな女の子ができたとしても……嫌いになる日が来たとしても……」


 私を召喚までしておいて、そんなことはあり得ないと思っていた。

 でも……レイモンドも若い。


「アリスちゃんの一生に責任を持つ覚悟。好きではなくなっても、好きなふりをし続ける覚悟……でも、そんなのつまらないでしょぉ?」


 そんな覚悟いらない。

 望んでない。


 魔女さんが黙り込んだ私を見て、くすくすと笑った。


「今の私の言葉、全部忘れていいわよ〜ぅ? 自分勝手に生きるのも人間だものぉ。でも……楽しませてね? さぁ、戻りましょう」


 きっと今の言葉は……長いこと忘れられない。

 そんな予感がした。

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