第11話 寝る前に
「アリス、一度君の部屋に行ってもいいかな」
「……なんで」
頭の中を整理しながら歩いていると、レイモンドが声をかけてきた。
衛兵さんもいるし、言葉には気を付けないと。ご両親の部屋への人の出入りが分かるようにってことなのかもしれない。私の部屋の廊下にもいる。
そういえばメイドさんもそうだし、他人が建物の中にたくさんいるもんね。家の中でも警戒が必要か。
「ずいぶんと悩んでいるみたいだからね。明日になる前に片付けておきたい疑問点もあるんじゃない?」
「……気になっていることは確かにあるけど」
「すぐに解決できることは解決してしまおう」
「分かった」
「じゃ、先に部屋で待っていて。話が終わるまで君の寝支度を整えに来るのは待ってもらうように、メイリアたちに伝えておく」
「……うん」
「すぐ行くから」
そう言って彼は杖を大きくしたかと思うと……その上に屈むように乗って競歩くらいの速度で消え去った。
……サーフィンみたい……いいの、アレ……。
レイモンドに聞きたいことは、いくつもある。どれも他の人がいると聞きづらいことばかりだ。
恋ではないのに……恋ではないのに……あいつと二人きりで会って話したいと思っている自分が嫌だ……!
あー、気持ち悪い。ほんっと気持ち悪い。誰がって自分が気持ち悪い。
頭を振りながら、自分の部屋へと入る。
疲れている私の目に飛び込んで誘惑してくるのは、もちろんベッドだ。
うん、もう疲れた。色々あって疲れた。疲れきった。
靴を放り投げて、ズダダダダッとベッドへと走る。
ダーイブ!!!
「ふかふか……すっごくふかふか……でもなぜか深くは沈み込まない……体によさそう……もう無理だしー、知らない人だらけで疲れるしー、やってらんないしー、どっちかって言えば私人見知りだしー」
誰もいない時にしか言えない愚痴をしばらく呟いていると、ノックの音がした。
早いよ……来るの……。
どうせレイモンドだ。もうこのままでいーや。
「どぉぞーー」
だるだるーっと返事をすると、案の定レイモンドが顔を覗かせた。
「うわ! 何してんの、アリス。え、なんで靴がここに!?」
「だって疲れたし。もう無理ー、ムリカベムリカベー」
「ご、ごめん。その表現は分からないかな」
さすがに、あのアニメのあの妖怪は知らないか。
「俺をベッドの上で待つとか、おかしくない?」
彼が私の靴をそろえて、ルームシューズを持ってベッドの横まで来た。
「そのタイミングで来るあんたが悪いんでしょ。疲れたもん。横になりたかったのー」
「そうだね。両親に挨拶までしてくれてありがとう。そのままの体勢でいいよ。全ての疑問に答えていたら、寝るのが遅くなっちゃうかもしれないね。一番気になったことは何?」
レイモンドがすぐに来ることは分かっていた。どう考えても難癖をつけているのは私なのに、申し訳なさそうに笑う彼に少しドキリとしてしまう。
彼の駄目なところを引き出さなければという使命感に駆られる。
「この水色ワンピ、あんたがデザインにも口を挟んだらしいけどロリータ趣味なの? ロリロリが好きなの?」
「そこ!? 一番気になったのがそこ!?」
「こだわったにしては、最初に渡してきたのは普通だったよね。なんで?」
「えー……いやー……」
少し顔を赤くしている。優位に立てた気分になって疲れもとれてきた。
「君が読んでいた本がさ、同じ名前だし違う世界に行っちゃうし、なんとなく近いものを……さ」
あ、やっぱり『不思議の国のアリス』を知っていたのか。昔の本も家にあったけれど、私が読んだのは今風にリメイクされた方だ。そっちの表紙には萌え感もあった。……まさか、私と一緒に読んでた……?
「それに、水色の特徴的な服を着ている子が君だって定着すれば、この屋敷の誰もがすぐに君を君だと認識できるし、外に護衛もなしに一人で行くことはないだろうけど顔パスしやすいっていうかさ……。でも君の趣味ではないかもしれないし一日目は普通にとも思ったんだけど、予備として持って行こうかなーとか色々と考えて……」
「このロリロリ服のために、色々と考えたんだ」
「で、でも可愛いじゃん! 絶対こーゆーのも似合うと思っていたんだよ」
「想像して楽しんでたんだ」
「す、好きなんだから想像するよね。自分が考えた服とか着てほしいと思うよね、好きならさ」
なぜだ……彼の駄目っぷりを、浮き彫りにしようと思ったのに可愛く思えてきた。この服を着てあげてよかったかなとか思えてきた。やはり顔か……顔がいいって得すぎる。
駄目だ駄目だ……何か違う……レイモンドの変態っぷりが浮き彫りになるような何かは……。
は! よく考えたら……アレじゃない!?
覗き見ってことは……!
「レイモンド……あんた、変態だったよね」
「え……いや、違うと思うけど」
「覗き見ってもしかして、お風呂とかも見れてたんじゃない!? 変態変態変態!」
「いや! 見てない! 見てないよ!?」
「見れるのに見ないわけないでしょ! ちょ……もしかしてトイレとか――」
「見ない! 見れない! ちゃんと見れないようになってるんだよ!」
「そんな都合のいい魔法があるか!」
「あ、あるんだよ! ち、ちょっと話を聞いて!」
「変態変態変態変態変態!」
「無理なんだよ! 罪悪感を持った瞬間に見れなくなるんだ! 神の力を借りるには罪悪感がわずかでも生じたら無理なんだよ。君も魔法について勉強すれば分かるよ!」
「……罪悪感……」
レイモンドがゼーハーしながら私の両肩を持って必死こいた顔をしている。
魔法って、そーゆーものなんだ……。
「ベッドに座る私に興奮している人みたい……キモい」
「信じてくれるなら、それでいいよ。とにかく見ていないからね。今日釈明できてよかったよ」
悪態をついても怒らないよね……。
なんでだろう。
「ごめん。疲れて八つ当たりした。見てないならいい」
「いいよ。君にはこの世界に親も友人も兄弟もいない。遠慮なく話せる相手が一人もいない。その孤独感は分かる。俺に八つ当たりして少しでも解消できるなら、どれだけでも罵っていいよ」
そっか……ずっと胸の内でくすぶっているこの不安感は、遠慮なく話せる相手がレイモンドしかいないからか……。
もしここが夢でなかったら、もう私にはお父さんやお母さんの声を聞くことは二度とない。あの騒がしかった弟たちとも、もう会うことがない。
……夢かもしれないし、考えるのはまだやめよう。朝起きれば、いつもの私の部屋のベッドで目覚まし時計のアラーム音を消して、変な夢だったなぁなんて伸びをするだけかもしれない。
レイモンドと両親の間には、距離があるようだった。話し方も砕けてはいなかった。
私が何を言っても怒らないのは――、その孤独感を彼も知っているからなのかもしれない。
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