第4話 扱いに困る新人

 オレリアは急遽本社の社員に召集をかけさせ、新年早々新入社員の紹介と研修を行うこととなった。それぞれの新年を迎えていた社員たちを呼びつけるのはやや申し訳ないが、のんびりしている場合ではない。

 そして、いの一番に合流したのは買い出しという名目で新年市の食べ歩きに出ていたアンナだ。

 勇者のお膝元らしい豊富な料理文化のおかげで、新年市はアンナの胃袋を満たしてもなお余るほどの屋台が出店している。


「ただいま戻りました。寒いんだから、中で待っていてくださってもよかったのに。風邪ひきますよ?」

「おかえりなさい。香りだけでも新年市を楽しむことにしただけです」


 本当は中で待つのが気まずかっただけだ。ウーティスが焼いた餅を無言で食べ続けるスルダをどう扱うべきか、オレリアにはまだ見えていない。

 

「客人にもお土産を少し分けてあげてください。そろそろ備蓄の餅がなくなります」

「また拾ってきたんですか?」

「今回は私じゃありませんよ、アンナ。から来てから入ってきました」

「そりゃまた……」


 ひとまずオレリアは先にアンナとスルダの顔合わせを済ませておくことにした。

 国王オーウェン2世はオレリアの身元引受人でもある。その彼が直々にオレリアを指名してきた以上、スルダを預かることは王命と判断すべきなのだろう。

 オーウェンには近々直接会って事情を聞く必要がありそうだが、それまでは当たり障りのない対応をしなくてはならない。一番オレリアの側にいる時間が長いアンナとは接する機会も増えるだろう。

 階段を上り、荷物を置いて応接室に戻る。扉の向こうから聞こえる賑やかさから見て、どうやら社員たちはすでに集まっているようだ。

 しかし、応接室の扉を押して見えた賑やかさは、オレリアが予想していたものより幾分混沌としていた。


「戻りました……何をやっているのですか、これは」

「スルダちゃん、おじさんがなんでもうまいもん食わせてやるからなあ……腹いっぱい食うんだぞ……うおおん!」


 号泣しているのは営業部長のダズ。元は傭兵団「赤火の虎」で交渉を担当していた巨漢の斧使いで、アンナとの決闘でボコボコにされた男だ。

 親思いで涙もろく、給与の大半を故郷に残してきた母親と弟たちへの仕送りに回している。最近アンナに指摘された頭頂部の薄毛を気にして剃髪した。


「ああああの、お茶が入ったので……よよ、よろしければ、どうぞ……」


 給湯室から湯気の立つマグカップをトレイにいくつも載せて運んできたのは庶務のミーシャ。赤火の虎では洗濯婦として団の衛生面を担当していたほか、夜目が利き毒に詳しい優秀な工作員でもある。

 きれい好きで手先が器用、レフコス王国におけるメイドの手本のような娘だが、極度の人見知りのせいで最近までオレリアと目を合わせることすらできなかった。


「シエナの貴人に独占取材、勇者の美食と僧の粗食……違うな、もっとこう、読者の眼球を鷲掴みにするような力強い見出しを……!」


 部屋の隅でブツブツと何事かを呟きながら羽根ペンを指先で踊らせているのは編集部長のヴィゴ。本来であれば前線組としてホプトン男爵領の鉱山労働者を守るべき腕前の持ち主なのだが、本人の強い希望で内勤となった。

 また、彼の強い希望により、社員は彼をデスクと呼んでいる。そう呼ばないとへそを曲げるため、呼ばされているというべきかもしれない。

 自分の先祖が古の詩人であると主張する彼は『月刊・同時代』のコピーライティングも担当しており、正気を疑うほど精力的に働いている。印刷室からは「デスクの高笑いが印刷機よりうるさいので寝かしつけてほしい」と毎週苦情が届く。


「……あ、おかえり」

「おかえり、じゃないですよ殿下。なんですかこの空気は」

「君が集めた人材なんだから君の責任だろ」


 諦めた顔でミーシャが運んできた茶を啜るリシャールは、縁側で孫たちを見守る老人のような目をしていた。

 気持ちはわからないでもない。ソファで餅を黙々と口に運ぶスルダは目鼻立ちも整っているし、無垢な小動物のようでどことなく庇護欲を掻き立てられる。

 しかし、この警戒心を削ぎ落としにかかるような存在を相手に軽率に気を許せるほど、オレリアは慢心していない。

 オレリアはミーシャから茶を受け取って、スルダの向かい側に腰を下ろした。


「……お口に合いましたか?」

「美味。初めての体験。拙は感謝を伝えるのが妥当であると判断する」

「いえいえ。勇者ゆかりの品ですからね、シエナの方のお口にも合ったとなれば作った者も喜ぶでしょう」

「勇者ゆかりの品。であれば拙の行為は共食いにあたるのではないか」


 何を言っているのだ、この娘は。

 オレリアは貼り付けた笑顔にヒビが入りそうになるのをぐっとこらえた。

 黒髪にアジア系の顔つき。確かに勇者の血縁と名乗れば人々を納得させるだけの根拠はあるかもしれないが、彼女は大陸南東部の半島であるシエナ出身だ。レフコス王国の系譜をどう辿ってもスルダという女性は出てこない。

 一体何の目的があるのか。

 オレリアがアンナを待ちながら考えを巡らせ、現時点で浮かんだありえそうな仮説は3つだ。勇者召喚時の保険、レフコス王国の王権への干渉、オレリアへの刺客。

 どれもありうる。

 もし何かの間違いで勇者が召喚されなかったとしたら、魔王封印の結界が途切れる可能性がある。そのリスクを考慮せず手をこまねいているほど教会は無能ではない。教会側で育てられた勇者の子孫という説が1つ目。

 2つ目はもっと生々しい政治の話だ。

 現在世界情勢は混迷を極めている。オレリアの故郷であるガロア王国がシエナの門閥に乗っ取られた。教会内の政治闘争でレフコス王国を押さえておきたい派閥があるのかもしれない。

 最後はあまり考えたくはないが、考慮に入れておくべきだろう。オレリアは教会に好かれていない。そしてこの国では勇者は大抵のことを許される。


「あなたは勇者にゆかりが?」

「肯定。拙は……謝罪。拙の出自や目的について、詳細を口にすることは猊下に厳しく禁じられている」

「いえ、こちらこそ不躾な質問を。ご容赦ください」


 スルダと名乗ったシエナからの賓客は本当に奇妙だった。

 餅焼き機と化したウーティスに味の感想を求められれば誠実に応えるし、謝罪を口にした時など本当に今にでも泣き出すのではないかと思わせるくらい申し訳なさそうな顔をする。

 社員たちがあっという間に篭絡されるのも納得だ。まるで悪意という概念を知らないまま育てられたかのような精神的清潔さ。

 送り出した者の狙いははっきりしない。枢機卿から名を与えられたと言っていたから、彼女は枢機卿個人か、もしくはそれに親しい人物の手勢なのだろう。教会内部の状況に詳しくないオレリアには想像すら難しい。

 しかし、少なくとも彼女は腹芸がうまそうではないのが不幸中の幸いだろうか。


「陛下から、あなたを弊社の社員として預かるよう勅をいただいています。ただ、弊社としては当人であるあなたの意思を尊重したいと思っています」

「拙の意思? 拙の意思は神とともにある。神の聖意が拙の意思だ」

「敬虔でらっしゃるのですね」

「否定。拙は敬虔なのではない。真に敬虔な信仰者は惑わされてなお揺らがず。拙が敬虔かどうかはこれから聖意によって試される」


 焼きたてのバター餅を頬張りながらの言葉にしては説得力がある。

 しかし、どうしろというのか。

 表向きの社長であるウーティスは教会に指名手配を受けている脱走した修道女だ。印刷機には教会の禁忌である魔術を使った金属加工を用いている。ミトラス教の聖都であるシエナからやってきた貴人を預かる場所としては最悪だろう。

 当然、社員には印刷機の製法が禁忌だなどと教えてはいない。ウーティスの素性も同様だ。どこからぼろが出るか、わかったものではない。

 社内には置いておけない。しかし、王命である以上邪険に扱うわけにもいかない。

 では、どうするか。


「わかりました。では、せっかくですからレフコス王国を見ていただきましょうか」


 彼女は今日からアルバス・カンパニーの取材班見習いだ。

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