オフシーズン・ミルキーウェイ

十余一

オフシーズン・ミルキーウェイ

 初めまして、こんばんは。カササギでございます。

 皆さまはカササギという鳥をご存じでしょうか。名前にサギが入っておりますが、サギではありません。どちらかというとカラスの仲間なのです。

 身体は黒から瑠璃へのグラデーションとなっており、腹と羽の先だけが白く目立ちます。夜空を飛びますと白い羽が軌道のように見え、流れ星と勘違いしてしまう方もいらっしゃるようです。生憎とわたくしたちに願いを叶える力は備わっておりませんので、どうぞご自分の努力で成就を目指してくださいまし。


 話が少し逸れてしまいました。

 カササギといえば、七夕の説話で名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。

 大層な働き者であった織姫様と彦星様は結婚し、夫婦生活の楽しさに仕事を忘れてしまいました。そして神の怒りを受けたお二人は、天の川の両岸に分かたれ離れ離れになってしまわれたのです。なんとお労しいことでしょう。しかし年に一度だけ逢引が許され、その際に天の川を渡るための橋となるのが、わたくしたちカササギなのです。



 さて、その日以外にわたくしたちが何をしているのかというと、天の川の清掃や管理、それから橋となるための訓練でございます。


 川というのは放っておけば綺麗に流れてくれるというものでもありません。一つ一つの星を丁寧に磨き、傷があれば修繕し、時にはご機嫌もするのです。だけに。……。申し訳ございません、つい出来心で不適切な発言をしてしまいました。では気を取り直しまして。

 夜空に輝く星々も、常に同じように輝いているわけではなく瞬いています。あの瞬きは呼吸で、つまりは星も我々と同じように生きているのです。ですから当然調子や気分というものがございます。環境を清潔に保ち、褒めて伸ばすことが大切なのです。しかし夏以外の季節はなかなか思うようにいきません。二人の逢瀬の季節ではないからと、方々があまりやる気を出してくださらないのです。地上から見たとき、夏と比べて少し暗く見えるのはそのせいでございますね。皆さまにはご不便をおかけしております。


 橋となるための訓練でございますが、年に一度の大役なので皆気合いを入れて取り組んでおります。一糸乱れぬ動きで組む隊列、まるで石橋を渡っているかのような安定感、そして思わず撫でたくなるような抜群の踏み心地を目指して特訓の日々。鍛え上げられた我々は、西川の羽毛布団にも劣らぬ自信がございます。

 そうして一年間の厳しい訓練に耐え抜いた者だけが、七夕の夜に天の川を渡る織姫様と彦星様の足場となるのです。烏合の衆では務まらぬ誇り高きお役目でございます。鳥だけに。これは先程より巧い言い回しではないでしょうか。そうでもない? さようでございますか。



 それともう一つ、大切なお勤めがございます。それは織姫様と彦星様の様子を伺い、必要ならばお話の相手をさせていただくのです。

 年に一度しか会えずに、さぞ気落ちしているだろうとご心配でしょうか。お気遣いいただきありがとうございます。ですが、その心配には及びません。直接会わずとも交流できるようになった昨今、お二人は毎日のようにオンラインで逢瀬していらっしゃるのです。

 しかもそれだけではなく、織姫様は短い動画で歌ったり踊ったり、彦星様は牛とのまったりスローライフを配信し、とても楽しそうなご様子。動画を見た皆さまからの反応も好感触で、こういうのを「おバズりあそばされている」というのだと聞き及びました。


 毎日オンライン逢瀬を重ね、動画でおバズりあそばされファンの方々と交流するお二人は、往年の寂しさなどまるで感じさせません。

 孤独を紛らわせるための話し相手もお役御免かと思いましたが、今度は惚気話を聞くお役目が必要になりました。嬉しそうにお話してくださる織姫様と彦星様を前に、感極まって泣いてしまったことは、ここだけの秘密でございますよ。

 ちなみにお二人は公私をしっかりと分け、仕事を疎かにすることはございません。これには神様もニッコリでございます。もう二度とお二人の仲が分かたれることはないでしょう。



 長々とお話してしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたでしょうか。天の川を見上げたときに、今日のことを思い出していただけましたら幸いです。


 それでは、わたくしはこのあたりで失礼いたします。

 オフシーズンといえど天の川でのお勤めは疎かにいたしません。織姫様と彦星様を見習い、わたくしも懸命に働くのです。今日はまだ火曜日。お休みまでもう数日頑張って参りましょう。

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