第十六話 貴方が弱音を零すまでの出来事2-人魚姫の終幕

 葉月は絶望した顔でその場にしゃがみ込み、アルテミスはうっすらと瞬きすると、真っ赤な目で妖艶に笑った。


「へえ、すげえボーナスついてるんですね」


 今までの声と違う。流麗な響きの声は、凜としていてアルテミスの口から放たれる。アルテミスはまじまじと顎に手を置いてさする。


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 アルテミスは炎を丸く球体で作ると、葉月を閉じ込め燃やし続ける。葉月は魔力が尽きない限り体が丈夫な故に、熱の拷問を受け続ける。


「いやあああああああああ!!!!!!!」


 葉月の声にアルテミスはうっとりと、唇に手を寄せ、自分の口元や喉をなぞる。縫い痕はあれど、確かに自分の体を取り戻したのだ。


「存さん、……結局助けられたのはおれですね」

「……なるほど、親近感がわくわけだ」


 綺麗に微笑む姿は、存の色素が違うだけの双子そのもので。アルテミスは赤いコートを広げると掌をわきわきと握った。


「どういうことか、すげえ力が溢れてるんです」

「ああ、だって葉月が一生懸命に命を込めていたからね」


 隠れていた独水が姿を現すと、アルテミスや一同は独水を睨み付けた。睨み付けられた独水は堂々と言い放つ。


「今まで僅かな魔法しか使えなかったんだろう、これからは違うよ。葉月の年月かけた愛情という魔力がこもり続けている。それを君は吸収できたんだ」

「ああ、道理で……炎の魔法なんて今まで出来なかったのに」

「水魔法に染まっていた首の反動だろうね、さて。君たちの勝ちなんじゃないかな、僕らをどうするかね」

「どうもしない、勝手にしてろ」


 存はアルテミスに独水に関して視線を向ければ、アルテミスは存に任せるという意味で肩を竦めた。

 立ち去ろうとすれば、しくしくと炎の中から泣き声が響く。アルテミスはうんざりと振り返った。


「無関心は嫌。どうせなら殺して。嫌われるなら殺して。貴方の手で死にたい、だって人魚の三百年はもうすぐ終わるもの……」


 葉月の言葉にアルテミスは瞠目し、独水へ見やると、八本指を立てられた。あと八年で人魚の寿命がくるのだという。

 人魚には転生などない。人魚には三百年が全てで、その後など何もなしえない存在だとアルテミスはいつだったか葉月から聞いた記憶を思い出す。

 アルテミスはようやく気付いた。葉月はずっと記憶に残る恋がしたかったのだと。アルテミスに惚れていたからこそオルタナとの出来事が許せず、オルタナに勝つために首を盗んで葉月へ執着させたのだと。


「貴方がいない人生はいや!」

「……事情は分かりました、それならオレから貴方に罰を一つ授けましょう」


 アルテミスは炎の術を解き、葉月を抱きかかえると、髪をなで下ろさせ。そうっと頬を指先で拭う。アルテミスは葉月へ深い深いキスをした。

 深いキスをすれば、葉月とアルテミスは閃光を放ち、二人は真っ白に輝いていく。弓も存も目を閉じ、眩しさに耐えられなかった。疾風は何となくキスシーンを見るのが恥ずかしくて視線を反らした。独水は楽しげに悲しげに結末を見守っている。

 キスをされた葉月は閃光が消えると、真っ赤な顔で涙を零し、アルテミスを見上げた。


「百年ほど寿命をあげました、正確には貴方に力をお返ししました。オレのいない百年を生きてください」

「なんで……」

「貴方をねじ曲げたのがオレなら受け入れます、でもそこまで。貴方の愛だけは受け入れない。オレには貴方を愛せない、貴方はやっぱりオルタナを苦しめたから」


 葉月はアルテミスの残酷さに涙し、胸元に抱きつき泣き締めた。ごめんなさいごめんなさい、と泣きじゃくり。葉月はわんわんと子供のように泣きじゃくり、独水が葉月を受け止め抱きかかえる。


「葉月、諦めよう。君の恋は実らない、それでお終い。区切りが出来ただろう?」

「譲……アルテミスのいない人生なんて……」

「大丈夫だよ、お前なら。きっと、大丈夫」


 子供へ言い聞かせるような声色で、独水は葉月を抱きしめる。葉月を抱きしめ慰めながら、片手で一同に出て行けと合図する。

 指先で監視カメラを示され、これ以上いるなら警備会社がくるぞ、との脅しだろう。

 アルテミスはその場から弓を抱えて消え、疾風は存を抱えて空から飛んでいく。

 存が振り返れば、二人はずっとずっと。抱きしめ合っていた。




 後日、葉月は海へ戻ることとした。独水はお土産にあれこれと沢山世話を焼いて持たせてやり、最後まで過保護だったのだ。


「大丈夫、大丈夫だよ葉月なら。きっと楽しいこといっぱいある」

「だってアルテミスに嫌われた。私、気付いたの。ずっと、ずっとあの人に笑いかけて欲しかっただけだった……あの人の笑顔はいつも、オルタナさんのものだったから」

「……そうだなあ。それは少し。僕も判るかな。僕もね、君の笑顔が見たいんだよ葉月。ずっとずっと、楽しく遊びたかった。君といつまでも宝物を集めたかった」

「……他の人に、生首、かえしてくれた? 多分、戻れば生きることはできるはずよ。元の体になって悪い夢だったって……アルテミスはこれで許してくれるかしら」

「はは、恨ませてくれないんだね、嫌われたくないんだね。臆病な僕のお姫様。さあ、僕たちのお遊戯はもう終わりだ、僕も真面目に仕事しないと」

「譲、有難う。とても、とても貴方のお陰で判ったことがあったの。貴方にキスできたらいいのに」

「おっと僕は今は人魚のキスは怖いから、五十年後にきてくれ。待っているよ、いつの日か海の底へ行ける日を」


 独水にとって海は神聖そのもので、興味が沢山詰まっていた。生命の溢れる海に勝てるものはいないと、憧れだった。

 それだけに水族館は嫌いだったし、魚を食すのも嫌悪していた。

 そんな時期に出会った葉月は、独水にとっての救いであった。

 独水には退屈な日々は許せない出来事で、好機の日々をくれた葉月に感謝している。

 独水は少しだけ願っている。


 海へ誘う人魚のキスを。願うようにそっとから抱きしめる、葉月は独水の願いを察する。そっと唇をなぞり、動作が予感できた独水は葉月の唇を片手で塞いで苦しそうに微笑んだ。葉月に独水を背負わせる運命になるので、自らは望めない。義務感から与えられる呪いは独水にとっては興味はそそられるが、実行しづらいものだ。独水はそっと身を離して、葉月へ投げキッスを送れば葉月は微苦笑する。

 海の浅瀬まで葉月はくれば、海へちゃぷりと潜り込んでいく。足は人魚の尾びれへと変化し、独水を心配そうに見つめてそのまま深く潜り込み。最後に金魚のように美しい尾びれをひらりと翻した。


(大好きだったよ、お姫様)


 遠くから海へ帰っていく葉月を眺め、独水はスマホを取り出した。あの日、アルテミスが襲撃してきた動画を撮ってあるのだ。綺麗な画質にくつくつと笑い、独水は日にすかせないのに空に掲げた。


「エンドロールとしては最低だな、ハッピーエンドになれないし、実らない」


 独水はスマホからデータカードを取り出すと、ぱきりと割って、海へと放り投げた。


「エンディングにしては陳腐だから、要らないよ。結末は見られて嬉しかったけれど、映画のようにはいかないな、さすが現実(クソゲー)だ」


 独水は嗤って、スマホから動画も削除した。


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