第十六話 貴方が弱音を零すまでの出来事1ー望みの開花


 昔から友達と聞いて、浮かぶ物は「期間限定の仲良しごっこ」という感覚だった。

 存には友達が滅多に出来ない。というのも、家庭の異質さに大体が恐れて遠のくのだ。それでも存自身が陽気であれば近づく者はいたかもしれないが、存は根が暗かった。

 それでも女性にもてたので女性と仲良くしていれば、嫉妬の嵐。結果的に仲良くしてくれる人は、仲いい女性目当てで縁の取りなしするしかなく。取りなしをすれば仲良かった女性含めて縁が切れる。

 存にとって友情というものは、恋よりももっと儚い存在だ。恋の方がまだ執着心を感じて信じられるのだ。

 だから存にとって友達なんかより、主従の関係である疾風やアルテミスのほうが安堵できるのだ。

 ゆえに迎えに来たアルテミスを見ても、それが義務だからと受け入れた。

 理由が明確に形として分かるほうが、不確定な者を信じるよりも楽で存にとってはとても落ち着くものだったのだ。


「首だけじゃない、存さんを返してください」


 玄関からちゃんと入ってきたアルテミス。扉を壊さず中へやってきた様子に、存は面食らう。

 存は独水を見やると少しだけ食い入るように、アルテミスと葉月をうっとりと眺めていた。


「アルテミス、ああ、私のこと迎えに来てくれたの?」

「違う、オレはお前なんか要らない、存さんを放せ」

「なんでえ? アルテミスに繋がるもの、全部私のものよ? この子も貴方とお揃いの顔してるから、私のコレクションにするの」


 アルテミスの冷たい声に葉月は機嫌を損ねて、空気中の水を具現化すれば一息に氷の結晶化させ、氷で弓矢を作ればアルテミスに向かって放つ。

 アルテミスは黒剣で弾いては、葉月に近づく。一歩ずつ近づく威圧に葉月は怯えると、アルテミスの意識を目の前の弓矢に向けてから、背後から氷を生み出し射貫いた。

 氷の矢は一度射貫かれてアルテミスの体がぐらつけば、どんどんと居抜き続けていく。やがてアルテミスはぼろぼろになっていく、真っ赤なコートは、アルテミスの血の色に染まりつつあり。べっとりと黒みを帯びる。


「逃げろ」


 一生懸命、存は声にした。これ以上は、アルテミスは自分に関わってはいけない。自分との関係がなければ、アルテミスはすぐ隣に置かれている首に意識して取り返すだけで終わる話だ。存の無事を意識するからこそ、下手に葉月に近づけないのだろう。


「逃げてくれ、もういい。もういいんだ、おれにはそんな価値はない」


 存はそうっと目を細めれば、アルテミスは存の声を聞いては居らず、只管葉月からの攻撃を受けたり避けたりして抗っていた。

 時折黒剣で反撃に向かう。アルテミスはチャンスを窺っているのか、避けられないのか、一般人の存にとって判別できなかった。


「悪魔、聞こえるか。アルテミスの契約を解除してやってくれ、銀行に、一億、貯めてある」


 悪魔からの返事はないが、一気に生命力が戻ってくる感覚に契約が切れたのだと実感する。アルテミスもそれは同じだった様子で、存へ怒鳴りつけてきた。


「勝手なことしないでください! 貴方それをしたら、オレのこと信じられなくなるだけでしょう!」

「そんなぼろぼろになる必要がお前にはない。逃げろ、何処かへ行け。首だって、後でおれがなんとかしてやる」

「馬鹿なことを言いますね。大事なんですよ、オレには。弓さんがいて、疾風くんがいて、存さんがいる。そんな日常を大事にしちゃいけないんですか」


 アルテミスは葉月から抱きつかれ、葉月から心臓に向かって一息で氷の短剣でもって貫かれる。貫かれてもぐらぐらとしながら、アルテミスは葉月を蹴って、葉月へ馬乗りすると、黒剣で葉月を刺し殺してやろうとするもぬるりと抜けられる。


「お友達じゃないですか、おれら。友達に幸せに生きて欲しいってそんな過度な願いなんですか」

「……アルテミス……、おれ、は」

「望め。望めよ、存。お前は、お前は何が欲しい?」

「なに、も。何も要らない」

「お前の本音は、反対だ。いつもの言葉でしょう、言葉の反対が本音だって。お前は何かを望んでいるんだ!」


 アルテミスの言葉に、存は今までの出来事が走馬灯のように駆け巡る。過去に信じられなかった友達と名乗る人々、重たい母親、厳しい祖父。近所の纏わり付くような視線。

 優しい日々を運んできてくれた疾風、家庭の違う面を見せて教えてくれた弓、目の前で献身的に犠牲になっているアルテミス。

 その全てを自分の価値には思えないけれど。少しだけ、少しだけ存には、アルテミスの言葉が心地よかった。何かに罅が入る感覚だ。


(大事を。大事な物が欲しいと、望んで良いのか。不思議だな、おれの知ってる響きじゃないみたいだ)


 視界に入ってきた窓の存在に勇気がまたひとつ沸いてくる。遠く遠く、やってくる影に一人じゃないのだと、奮い立つ。存はゆらりと立ち上がる、体にまだ力は入らないけれど、指先の皮膚を噛み千切り。流した血液で糸を生み出し、糸に支えられて立ち上がる。この血ではたりない。存は目を眇める。

 葉月から氷がまたアルテミスが狙われている。存はアルテミスにふらつく勢いを利用して駆け寄り、代わりに体が氷に山ほど射貫かれる。氷から滴る血をするりと存は撫でた。


「痛い……なるほど、痛すぎて言葉もでねえ……呼吸もきつい」

「存さん! くそ、葉月! お前!」

「痛かったからには、取り返さないと気が済まないよな」


 存はにっと笑い。そうっと、両手を虚空に向ける。今の自分に出来る精一杯として。存は赤い糸を窓に向かって放つ。大量の糸は広がり窓に放てば、窓ガラスが割れ風圧と友に空を飛んでやってきた弓と疾風が乱入する。

 存はずっと考えてきていた。アルテミスの首は通常の手段で、手に入れたとしても即座に戻らないのではと。


「やめて、アルテミス! お願い行かないで、私の手元から離れないで!」


 葉月は泣き叫んで氷を辺りに散らし、氷の刃があたりを無差別に射貫く。

 弓に隣にあった生首を渡そうとすれば、葉月が気付いて邪魔しようとする。水が空中からうねり現れると、疾風たちを捉えようとするが、疾風が錫杖を振り回せば風がぶおんと吹き荒れる。気紛れな疾風の風は今日は味方してくれるようで、一同の視界を邪魔して生首を飾ってあった大量の花びらや宝石が大きく舞い広がる。

 弓は存からアルテミスの生首を受け取れば、アルテミスと生首を青い糸で繋げてその場で結っていく。


「受け取って! アルテミスさん!」


 花や宝石が舞い散る中、アルテミスの生首は青い糸で繋がれ二つは急速に接着すると本体と結合し、人の姿をなした。人の姿になれば、どごんと雷が真っ赤に鳴り響いてタワーマンションに落雷した。


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