第十話 この泉にコインを2ー暴論家捜し

 悪魔の教えてくれた男の名前は独水譲(どくみずゆずる)といい、有名な大手企業の社長だった。家柄も立派で、資産家の末っ子。

 最近譲の会社のソーシャルイベントが開催されていて、とある公園でコインを投げ入れようとのこと。投げ入れられたコインは後日回収し、募金する企画だ。

 願いをしながら、というのがコンセプトだがその願いが叶う確率と、何かを失う確率が同時に高くて評判が大きく広がっている。

 悪魔の言う狙いが被った部分はこの企画のところだろう。


「通常の人間に願いを叶える力は、金がなければできない。金を経由すれば出来るかもしれないが、それも物理的な遣り取りを経由しないとできないはずだ」


 疾風と存は一緒に公園に来て、くだんの噴水を眺めている。アルテミスは噴水の水に触れ、何かを考えてる様子だ。顔のないやつだから、何を考えているかは判らない。紙袋を被ったアルテミスのにこにこ似顔絵だけでは何を思っているか予想などつかない。

 疾風の推察に、存はアルテミスの様子を眺めながら小首傾げる。


「何かしら加護があるってことか、異形からの」

「そうとしか考えられない。人間は本来、ツールだ。何かを思う力が強いから、欲の力が強いからその力を異形や悪魔は欲しいんだ」

「アルテミスの魔法とかも、ツール? 何かの経由なのか」

「あれは感情や想い、欲望を異形の力で具現化している。呪文や動作が、力を世界に現す合図だ、力への」

「おれの赤い糸もか」

「お前の想いが具現化したものなのだろう。赤い糸は人間にとって強い縁の色で命の色だ、強い縁でありながら、お前の想いが歪だから。異形を消し去る力をしている」

「想う物が代金となって、赤い糸が商品となって出ているようなものか」

「その力を、あの噴水からも感じる」


 その力にも心当たりはあるし、アルテミスがあんなに真剣に噴水を調べているのにも心当たりがある。

 人魚は人の望みに敏感で、水を通してなら魔性の力を引き出せる。人魚は水を通して、願いを具現化できるはずだ。人魚姫に出てくる魔女を聞いてる限りでは、疾風はそんな推察をしている。

 いつ人魚の話をしようか思案していると、存はそれならと提案する。


「独水さんの家行ってみよう」

「え。まさか、真正面からごきげんようしてお茶でもしてくるのか」

「ピンポンして誰も居なければラッキーだよな」


 その発言はいつもの礼儀正しい存の行動ではなかった。どういうつもりだと疾風が訝しんでいれば、存はさっぱりとした様子で笑った。


「最初に盗んだのは独水さんなのだろう、被らせたなら。泥棒に泥棒をしたって、罪にはならないだろ」

「お前の物差しは極端すぎて、理解ができない。突然いいこちゃんになるときもあれば、突然独自の読解になるときがある」

「簡単だ。残業があるのは嫌だと言う想いもあるんだよ、おれには。今回の仕事は長引きそうな気がする」


 確かにと疾風は嫌な予感もする。アルテミスとあの人魚を、会わせなければならないのも事実だし。それだけでも沢山事情を含んで、事件が長引きそうだと疾風は噴水を眺めて、煌びやかに太陽を反射する景色に眩しさを感じる。




 疾風は事前に悪魔から教えられていた住所にアルテミスと存を案内する。アルテミスはじっと固まって辺りを窺っている。新築の一軒家は白く、カーテンのない一軒家は中の様子が丸見えで人が居ないのかと思いきや、家具や生活臭はする。警備カメラはきらりと疾風や存を映そうと狙っている。存はカメラが存の動きに合わせてる角度に気付けば、ぺこりとお辞儀をした。

 今から家捜しする相手の監視カメラに向かって丁寧にお辞儀をする馬鹿さ加減に、疾風は呆れたものの、多分歓迎なのだろうと疾風は玄関を見て感じ取った。

 玄関には本物の赤い縫い糸を編まれた首無し人形が飾られている。まるで自分たちの来訪を知っていたような動きだ。

塀に置かれた首無し人形を手に取ろうか悩んだ素振りのアルテミスは、考えた結果手にして出っ張りがあるので押すと声が響いた。


「どうぞ勝手に中へ入って、君たちなら歓迎だよ!」


 ボイスチェンジャーを使われた声がきゃらきゃらと笑い声を響かせ、体感五秒の伝言は終わる。もう一度押せば同じ言葉は繰り返される。

 不自然なまでの歓迎に、疾風は罠のような気持ちと、招いた主が相当楽しみにしていた異様さを同時に抱く。

不可思議な一軒家の持ち主に不快感を顕わにした疾風は、遠慮無く敷地内へ勝手に入り扉に手をかける。扉はかちゃりと、鍵をされることなく開いている。

 最初に中へ入ったのは疾風で次は存、最後にアルテミスだ。アルテミスは疾風から存越しに赤い糸の人形を預かる。アルテミスは手の中の人形を握りつぶし、録音された埋め込みの機械は潰れて手の中から血が滴っている。

 一同は中へ侵入すれば家捜しのように、家主を探し、家の中を探し廻る。

 室内からは不思議な音がする。美しすぎる歌声とともに、クラシックの大地讃頌だ。

 歌声はクラシックの音楽とはちぐはぐに、時折音程を保ち、りり、ら、と歌っている。何処からかと思えば地下へと繋がる階段を見つける。地下室からの様子だ。

 緩やかな階段を下りていけば、地下室に入るための暗証番号入りの扉がついている。暗証番号は判らない、ただここの家主はとても挑発してくるから、簡単な暗証番号にしている予感もした。


「扉にメモが貼ってある、〝僕のことが大好きなら判るはずだよ〟って相当ナルシストのかまちょ野郎だな」

「だとしたらこの番号じゃないか」


 存はスマホから調べた独水の誕生日をパスワードに打ち込めば、簡単に開いた。赤色だったセンサーが碧になっている。独水に会った覚えはないが、独水からの笑い声や笑顔が浮かんできそうで一同はげんなりとした。


「大好きすぎて悔しさで涙出そう」


 独水の思い通りに全て運んでる気がした疾風は警戒心を顕わに扉をそうっと開く。

 扉を開けばカーテンがあり、カーテンをしゃっと開けば、中は異質な空間が広がっていた。


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