第十話 この泉にコインを1-隠れ家の歌
第十話「この泉にコインを」
「もっと楽しそうな無駄が欲しいな」
設計図や完成予定の模型図を見て、男はにやにやと嗤った。
人の形をした手作りのピンを模型に差し込んでいき、噴水の形をした場所へ集めさせる。
男の後ろに控えていた男の部下達は、男の顔色を窺っている。男の気分から始まった企画なので、今更「気分じゃない」と潰されるなら冗談じゃない。とはいえ、男は気分でそういった出来事をする上に、ぎりぎりでそれがリスク回避として間に合う事実も今までの経験上あるのではらはらする社員だ。会社の利益には、男のセンスなく発展はできず、男の価値観からなる善し悪しで本当に世間的な評判も善し悪しが男の望み通りになる。
「もうちょっと遊び心欲しいな、この企画。ソーシャルイベントなんてものは、無駄あってこそだよ」
「ならいったいなにを……」
「海外でさあ、コインを入れたら願い叶う噴水なんてあっただろ。期間限定であれを真似ようよ、少しアレンジしてさあ?」
男の言葉に社員は顔を見合わせる。
男は酷く下品な笑みでにたにたと笑い、噴水の所に何か異形を模した駒を置いた。
「人が集まった方がいいよねえ」
ソーシャルイベントだから、との意味合いには社員達には聞こえなかったが、何を意味しているのかすらも判断がつかなかった。それでも男は愉快そうであった。
*
「一番目の大事な物を渡してくれと言われたら渡す奴は滅多にいないが、十番目と言われたら渡す奴はいるみたいなんだ」
食卓の席で悪魔はやれやれと一緒に、野菜炒めを食べながら笑った。
疾風の料理は悪魔の分など計算されて作ってはいないので、その時点で誰かの量は減る現実になるとはまだ誰も気付いていない。
いつの間にか夕食を一緒に食べる悪魔に、一同は唖然とし悪魔だけはぱくぱくとおかずを自賛したマイ箸で摘まんでいる。
「その十番目を貰う約束をしていたのに獲物が、他所へ契約しようとしていてね。同業者ならまだしも、その相手が人間なんだ」
「人間にその力があるということか?」
はっとして存はそのまま食卓の肉じゃがに手を伸ばす。弓はそっと味噌汁を味わい皆を窺う。
アルテミスは部屋で寝ているが、悪魔の声に慌てて起きてきて食卓の席へと着き、疾風は食べかけの茄子をとすん、と落としかけた。
「天狗の料理は毎回出汁の味がしっかりしてるねえ」
「出汁を使う割に他の料理では活かせないんだよ。人間に異能持ちがいるのか」
「何を一体どういう仕組みでそんなことになっているかは判らないのだがね、現在起こっている現実は横取りされそうだという今。話し合ってきてくれないか」
「相手が納得しなかったらどうする」
存が嫌そうな表情で会話を続ければ、悪魔はにっこりと多重の声を顕わにする。
「ねじ伏せてきてくれ、それでは美味しいご飯有難う、さようなら。ご馳走様」
「待て、いただきますを聞いてないぞ……ってもう行ってしまったか」
悪魔は存からの説教を聞かずにそのまま消え去る。弓は存のマナーを守り、食事中は黙々と食べて瞳が瞬いたり丸くなったりを繰り返していた。
相手はどうせ誰だか後で合図されるだろうと、そのまま食事をしていけば、食事の配分を減らされているのは疾風だった。
気付いた疾風は呆れた様子で冷蔵庫から魚肉ソーセージを取り出して、満たない腹の分を埋めながら考え込む。
アルテミスをちらりと見れば、やけに静かなアルテミス。
(首を見つけたぞ、なんて簡単に言える仲じゃないんだよなあ)
ただの同僚、たまたま同じ上司と契約という身だ。
互いに腹の中は、鍋の焦げより真っ黒だと感じているが、見ない振りをし続けている。
この同僚主従ごっこもいつまで続くのか疾風には見当もつかなかった。
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