第十話 この泉にコインを3-暴走アルテミス
美容室にあるような様々な首の羅列。美容室と違う点は生首なところだ。
綺麗な宝石やアクセサリー、季節の花を所々で飾っていて、中央には水槽と共に存によく似た色素の生首が華美に着飾られていた。
存に似た生首を着飾っているのは、美しい人魚だ。とろんとしたたぬき顔に、銀髪青目。首のないアルテミスを見つけると、人魚は一気に色香が弾けた。
「やっと見つけた……こんなところにいたんですね」
アルテミスがずい、と疾風を押しのけて水槽に近づき。すらりと黒剣を取り出す。
人魚はふるふると首を振り感動している様子である。
「愛しいあなた、私のあなた。お会いしたかったの、大好きよ」
「オレはお前なんざ嫌いですよ! お前の所為で首を探す羽目になった、オレは化け物になったんだ!」
「まあ熱烈な愛の告白、そうね、私達両思いなのね」
日本語でありながら言葉の通じない人魚は、ちゃぷんと金魚のような尾ひれをふわりと水槽の中で浮かせる。
尾ひれがぱしんと跳ねた瞬間に、水槽越しに水で出来た矢が何本も現れ、ぴしぴしと凍っていきながらアルテミスのみを狙う。
狙って撃たれた矢をアルテミスは弾き、矢を弾いた勢いを使いそのまま相手へ跳ね返す。
跳ね返された矢は水槽をぱりんと打ち抜き、一気に水槽から水が溢れていく。
疾風は存が被害に遭わないように存を連れて隅へと追いやる。
「どうしたんだいったい、あの首はもしかして」
「そうだ、あいつの捜し物だ。あの社長は僕たちじゃなく、正確にはアルテミスを歓迎していたんだ」
「ということは、加護も人魚の加護か」
「そういうこと。あの子のことはアルテミスに任せよう、僕たちはあの子の加護の源となっているものを探そう。それがあいつに出来る気遣いだ」
依頼さえ終わればアルテミスはあの人魚と対峙して首を手に入れるのに集中出来るだろうと、疾風は思案すれば存も頷いた。
二人で手分けして何らか部屋を荒らしていれば、人魚はちらりと目をくれてきたが、ふおんと尾びれで水槽をかき混ぜればそのまま消えていった。
「待て葉月! 葉月!
アルテミスはそのままその場から風を巻き起こして目を閉じてる合間に消え去り、追いかけていった様子である。
場に残された二人は水槽から水がびしびしと罅が入ってる間に、さっさと怪しい物を探していく。時間も限られている、水槽からは水が注がれ続けている上に大きな水槽が壊れれば、その先溺れてしまいそうで怖いのは確かだ。
「さっさとしねえとまずいな!」
「喋る暇があるなら手を動かせ」
家捜しをしはじめていればやがて水槽はばりんと水圧で割れて、勢いのままに水が流れ込んでくる。注がれ続ける水を無視していればどんどん水は天井間際まで行き、呼吸を取り入れるために一回天井まで浮上しては床にまで泳ぎに行き探しに行っている。やがて一枚、赤いコインを見つけた。異様な色をしている。疾風はコインを手にして盗んだ。
逃げだそうと存は扉を糸で壊すと水は少しだけ減り、階段へ泳いでいくと、そのまま水分を吸収した重い衣服でゆっくりと屋敷を逃げ出した。
不思議と警備会社からの防犯は機動しておらず、びしょびしょのまま門前で呼吸を整える。
遠くから男がやってくる、ブーツの音を鳴らしながらやってくれば、スーツ姿の男だった。スリーピースのスーツが様になる上品な男で、見覚えがある。
サイトで確認したときの顔そのままの、独水譲だ。独水は二人のびしょ濡れの姿を見れば可笑しそうに喉を揺らして、二人に片腕を広げた。
「うちを乱暴に扱わないでよ泥棒さん。折角宝物をこつこつ集めた別荘なんだ」
「それは悪かった、……驚かないんだな」
「僕は葉月のあしながおじさんになりたくてね。あの子のために何でもしてやりたいんだ。君たちを招いたのも、あの子のためなんだ」
「わざと悪魔と願いを被せたってことか」
「その手にしてるコインがあれば元に戻るだろうし、それさえ回収できれば僕も許されるだろう? 悪魔ならきっとこの出会いに大喜びだ、あいつらは面白い劇に敏感だからね」
「どうして……アルテミスの生首を盗んだのはお前たちか」
「ううん、怒るつもりかな? 盗んだのは葉月で、僕はあの子の宝物コレクションのスポンサーだ。二人で大事に飾って楽しんでいるんだ。イエスと言ったとして、どうする?」
「返してやれよ、アルテミスは首がないと苦しんでいる」
告げたい主張は疾風も存の意見に賛同なので、睨み付けながら主張する存にすべて言葉は委ねておく。此処で意思が互いにずれることはないだろうと、感じるくらい嫌悪が存から窺える。嫌悪感について疾風は共感もするし、概ね怒りだとしても賛同だ。
独水は片眉をつりあげると、広げた腕で頭を掻き、こめかみに指をくるくると巻く仕草を行う。
「折角の楽しい玩具だ、返すわけがない。葉月も楽しんでいる、君たちの心情など僕のあずかり知らぬところだ」
「……道徳心を説教しても意味が無いし、状況的におれたちにも説得力はなさそうだな」
「そうそう自覚してるじゃないか、泥棒さん。条件次第では叶えてやってもイイが」
「条件?」
「葉月の恋を叶えてやってくれないか、五億追加してもいい。アルテミスくんを葉月に捧げたい」
独水は泣きそうな笑みで嘲り、指をくるくる回していた動きをぱっと掌を広げる変化をつけ。にっこりと笑いかけ、何処か縋るような声を浴びせた。
独水の表情や雰囲気に二人は飲まれそうになるが、存はいつもの信念で独水を見つめ、それに倣った返答を送る。
「望んでもいないものに五億出すって、道楽主義か?」
「手厳しいね」
存は疾風に行くぞ、と肩を叩けば疾風ははっとして。疾風は存を抱えて空を飛んで去って行く。びしょぬれのままで交通機関も、このまま道路歩行も中々怪しまれる。速攻で自宅に戻った方がいいと判断したのだ。
疾風が振り返ればばいばい、と笑って独水は二人に手をいつまでも振っている様子だった。
自宅に戻ればアルテミスは窓辺に項垂れていて、落ち込んでいる姿だった。葉月をその後見つけられなかったのか、赤いコートは泥だらけに部屋の隅に押しやられている。
アルテミスは紙袋をぐしゃぐしゃと潰すと、そのまま蹲り、ようやく二人に気付いた。
言葉に悩んでいるような所作だった、表情は判らぬが何処か迷いや反省が明らかだ。
疾風はそんな捉え方をすれば、アルテミスに近づきばしんと肩を叩いた。
「暴走したなお前」
「すみません……昔からこうなんです、首が見つかりそうになると」
「あのお嬢ちゃんはお前の何なんだ」
「首泥棒です。あの人のせいで、オレはこうなった……昔、色々あったんです」
「そうかそうか、しかしその調子で毎回いられたら困るなあ。僕らが危ないときにまたお前だけ逃げられても意味が無い、あのままこっちが死んだらどうしていた?」
「判ってます……解雇しますか、存さん」
疾風の言葉に賛同したアルテミスは、しょんぼりとした動きで存へ体を向けると、存はうーんと考え込んでからアルテミスに言葉をかけてやる。
「反省文五百枚で」
「……体罰じゃなくていいんですか、手下の躾は体罰じゃないんですか? そもそも解雇もできるのに貴方なら」
「二十万文字の反省のがつらいと思うけど? 体罰は今時流行らないし、解雇の理由も心当たりはない」
おどけた様子で存が告げれば、疾風も吹き出しアルテミスの背中をばしんとまた叩いた。
「洗濯や風呂当番変わるなら、二百五十枚くらいは内容考えてやってもいいぜ」
「わあ、いけない裏取引だ!」
「僕も楽をしたくてなあ、あー足腰いたむなあ、誰かさんが変わってくれたらなあ」
「そういうの察してっていうんですよ!」
いつもの空気に戻ったアルテミスへ二人はほっとする。
二人にはアルテミスの経緯も判らないし、どれだけ執着していて首が大事かも判らない。そもそも首を取り返したとしてどうなるかも。
ただ判るのは、首を手に入れる行為を手助けしてやりたいなという、僅かな思いやりの存在。二人はアルテミスを好んでいた。
アルテミスは二人にとって、嫌いになれない仲間に変化しつつあったのだ。疾風は思案を巡らせ存と自分の抱いたアルテミスへの感覚に笑った。
「作文用紙買ってくるかな」
「その前にお二人とも着替えしたほうがいいですよ、きっと悪魔さんもくるでしょ」
「そうだな、回収しにくるだろうな。元凶のこれを」
疾風はコインをくるくる回すと、指先で虚空に弾いた。
その後やってきた悪魔から報酬を貰えば、弓の帰宅を待ち、一同は出前で中華でも頼むこととした。
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