2-7 繋いだ手が温かかったからつい

 黄丹おうにさんの話から半月ほど過ぎた頃、私とてんは乗合馬車に揺られていた。

 

 薬師になる条件は二つ。然るべき人からの推薦状と薬師試験に合格すること。

 推薦状は丁子ちょうじ先生が早速書いてくださった。同じ町の医者の推薦状だから、こちらは問題なし。

 

 あとは薬師試験。そのために乗合馬車で揺られているわけだ。薬師試験は王国認定の薬師協会が取り仕切っている。薬師協会は王国の主要都市にあるのだけれど、今向かっているのは港町バードック。試験に合格すれば自動的にその町の薬師協会に所属することとなる。

 薬師はどこでも引く手あまただし、薬草や薬の知識は貴重だ。薬師と知識の囲い込みのために一度所属した薬師協会は原則退会できない。どこで仕事をするとしても所属する薬師協会は変わらないのだ。

 

 資格の更新もあるし、情報交換のためにも薬師になってからの方が薬師協会に行く機会は多い。もし、あの場で黄丹さんが王都の薬師協会で試験を受けるように言っていたら、全力で拒否していただろう。銀朱ぎんしゅが所属しているのは王立研究院のある王都の薬師協会だったはずだ。逆を言えば、同じ薬師といっても所属する薬師協会が違えば出くわす可能性は低い。


月白つきしろ、疲れた? もうすぐバードックだけど大丈夫?」


 色々と考えていたら険しい顔をしていたらしい。天が心配そうな顔で私に声を掛けてくる。


「ううん。大丈夫。馬車に乗るのは初めてだから少し緊張しているだけ」


 私の言葉に天が少し驚いた顔をする。

 しまった。この年齢で乗合馬車に乗ったことがないって何か変だった? 慌てて何か言い訳をしようとした私よりも先に天が口を開く。


「そっか。初めてが泊まりなんて大変じゃなかった? 気分が悪くなったりしたら薬もあるから言ってね。って月白からもらった薬だけど」

「ありがと」


 気を使わせてしまった。さりげなく流してくれた天に感謝しつつも少し申し訳なく感じてしまう。今回は天が相手だったからいいけれど、気を付けないと。いきなりアンドロイドとばれることはないだろうけれど、素性に疑問を持たれるようなことは避けたい。

 

 天の言葉のとおり、間に一日の野宿を挟んで翌日。バードックに辿り着いた私はその人の多さに足がすくんだ。冗談でも言い過ぎでもなく、できることなら真っすぐ乗合馬車に戻ってしまいたかった。

 

 バードックはリンデン村からも王都からも正反対。港町だから様々な国の人が入り乱れている。言葉も肌の色も目の色も髪の色も様々だ。この中で私は絶対に目立たない。私の知り合いなんているはずないと頭ではわかっている。わかってはいるのだけれど、不安で足がすくんだ。


「月白?」


 不思議そうな顔で天が私を見つめる。そりゃそうだ。さっさと薬師協会に行かなくては。


「月白、もしかして大きな町に来るの初めてだったりする?」

「えっ、あっ、うん」


 急に聞かれて素直に答えてしまった。一拍おいて、また変に思われるかも、と何か言おうとしたのだけれど。


「そっか……んじゃ、はい」


 なぜが目の前に天の手が差し出されている。

 ん? 何これ?


「えっ? 天、おなかが空いたの? さすがに今回はクッキーは持ってこなかったんだけれど」


 いや、山小屋から森を抜けた時とは話が違うし。いくら間で一泊するとはいえ行先も日程もわかっていたから余計な食料は持ってきてないよ。


「なんでクッキー? 違うわ! 手繋ごって言ってるの!」

「へっ?」

「ほら! こうすれば怖くないでしょ!」


 そう言って強引に私の手を取ると町の入り口へとずんずん歩いていく。えっ、いや、いくらなんでも子どもじゃあるまいし。と思いつつ、でも、その手の温かさが心強くて。


「ありがとう」


 小さな私の言葉に天は何も言わずに一度だけギュッと握る手に力を込めた。


「おっ、坊主、見せつけてくれんじゃねぇか」

「煩いよ。大事な人なの。はぐれたら大変でしょ」

「言ってくれんねぇ~」


 町に入る手続きの間、門番に冷やかされても天は私の手を離さずにいてくれた。


「天、もう大丈夫」

「ほら、行くよ! まずは宿屋ね!」


 天の言葉に甘えて結局私は天の手を離すことができなかった。


「えっ? ももさん?」

「思うよね。俺も最初はそう思った」


 訪れた宿屋のカウンターで思わず零れた言葉に天が笑う。


「あら、天、久しぶりって、どうしたの、その子? ……はっ、まさか彼女? とうとう天にも春が!」

「違ぇよ! この子は月白。薬師試験を受けにきたの。……月白、この人はぶどう亭のおかみさんでさくらさん。あんず亭の桃さんの妹だよ。そっくりでしょ。俺も最初見た時に驚いたよ」


 なるほど。良く見ればショートカットだし、目も桃さんはその名のとおり桃色の目をしているけれど、桜さんは少し赤みかかっているかも。とは言え、ぱっと見はそっくりだ。

 

「うん、びっくりした。月白です。よろしくお願いします」


 素直に言って桜さんに頭を下げる。


「月白ちゃんね。よろしく。え~っと二人部屋なら」

「一人部屋を二つだよ! 当たり前だろ!」

「えっ? いいの? 別々で?」

「話聞いてたか? 彼女じゃねーっつってんだろ!」

「えっ、だからお嫁さんかと」

「んなわけあるか!」


 桜さんの言葉に天が律儀に答える。いや、天、それ絶対に面白がられてるよ。

 

「冗談よ」

「おい!」


 ほらね。


「はいはい。今回は試験だけ? それとも長くいるつもり?」


 あっさり素に戻ってしまった桜さんに天が不服そうな顔で答える。


「試験だけ。試験後の手続きもあるだろうから、とりあえず三泊で」

「それじゃ、二階に二部屋続きで空いている部屋があるからそこでいい?」

「うん。よろしく」


 若干のバタバタはあったもの鍵をもらって部屋に向かう。聞けば天はバードックに来た時はいつもぶどう亭に泊っているそうで簡単に説明をしてくれた。


「風呂はないけど部屋にシャワーがついてるんだ。メシは外で食べる感じだけど、バードックは店も多いし、夜も遅くまでやってるから問題ないよ。日も暮れるし荷物おいてシャワー浴びたら夜ごはんに行こう」

「うん。わかった」


 アンドロイドだからごはんはいらないのだけれどね。何度目かわからない呟きを心の中でしながら天の言葉にうなずく。タイム村に来てから桃さんも当たり前のようにごはんをだしてくれるから、そのままになってしまったのだ。食べられないわけではないし、なんとなくね。

 バードック初日はこうして更けていった。

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