2-6

 大騒ぎだった夏祭りから数日後。

 てんが薬屋に来ていた。夏祭り以降、依頼の合間だとか、何かしら理由をつけては日に一回は薬屋に顔をだしてくれる。多分、魔女と言われたことを心配してくれているんだろうな。


「毎日来てくれなくても大丈夫だよ。別に患者さんも減ってないし、村を歩いていも変わりはないし」

「いや、別に無理して来ているわけじゃなくて、ちょっと手が空いたからどうしてるかな~って。あっ、もしかして邪魔だったりする?」

「別に邪魔ではないけれど」

「じゃあ、いいじゃん」


 あっけらかんと言う天にそれ以上何も言えなくて私は黙り込む。


「そう言えば、村長さん元気になったらしいよ。今日から村役場にも顔出してるって松葉まつばが言ってた」

「そっか、よかった」


 さすがは村長さんと言うべきか。あの後、翌朝には町から医者がきてくれた。バードックに住む丁子ちょうじ先生という医者で、代々タイム村の村長一家の主治医をしてくれているそうだ。本職の医者が診ているのだから、私は必要ないだろうとその後は様子を見に行くのもやめておいたのだけれど、元気になったならよかった。


「あのさ、月白、聞きづらいんだけどさ」

「聞きづらいなら聞かないで。って言いたいところだけれど、村長さんに使った薬のことでしょ?」


 おずおずとお決まり文句を口にした天を見て答える。いつまでも心配させてしまうのは申し訳ない。それに、そのセリフを言った後って、結局聞かれるしね。


「あっ、うん」

「少し長くなるからお茶でも淹れるね」


 そう言って一度カウンターの奥に下がると作っておいた薬草茶を木製のカップに二ついれる。薬屋の隅のテーブルにそれを置くと天に勧める。


「はい」

「ありがと。へ~、冷たいお茶なんだ。珍しい」


 なるほど。珍しいのか。暑くなってきたら患者さんに出そうと思って、いくつかの薬草を合わせて水出しにしたお茶の試作品を作っていたのだ。少し香りに癖があるからどうかと思ったのだけれど、天を見る限りおいしそうに飲んでくれている。


「さて、村長さんに使った薬草はリュウノクサだってことは言ったよね」

「うん」


 私の言葉に天がカップをテーブルに置いて真面目な顔でうなずく。


「で、あの場にいた誰かが私を魔女だって言ったでしょ?」

「いや、あれは気にすることないよ!」


 慌てて否定してくれる天に私は首を横に振る。


「ありがとう。でも、あながち間違ってはいないのよ」

「えっ?」

「リュウノクサは心臓の力を高める薬草なんだけど、扱いが難しくて、使い方を間違えると命にかかわるの。人の命を左右する恐ろしい薬草だから、魔女の薬だと恐れる地域もあるのよ」

「そうだったんだ」

「それに薬師自体がかつては魔女と呼ばれて忌み嫌われることも多かったしね。薬師が世間に受け入れられるようになったのは、薬師が王国の認める資格となってからよ。今でも嫌がる人はいるわ」

「えっ、そんな」


 天の顔が驚きに変わるけれど、それはそう昔の話ではない。それこそ村長さんくらいの世代の人が子どもの頃くらいまではありふれた話だったはずだ。


「まぁ、それが人の命を預かるということなのよ。得体の知れない草を粉にして人に飲ませる。助かれば感謝されるけれど、助からなかった人やその家族にとっては魔女でしかないわ」

「違う!」


 そういう私の手を天がガシッと握る。

 えっ? 何? どうした、どうした?

 久し振りの天の唐突な行動に驚いていると。


「月白は魔女じゃない。俺や、亜麻あまさん、村長さんを助けてくれた恩人だ。それにもし助からなかったとしても俺は絶対に月白を恨んだりしない。だって、いつも村のみんなの健康を考えてくれているじゃん」


 手を握ったまま自分のことのように怒る天を見て返す言葉がすぐに見つからない。


「ありがとう」


 なんとかそれだけ絞り出すように天に言う。と。


「あの~。そろそろいいですかね?」

「「ひぇっ!」」


 背後から聞こえた声に天と私の口から悲鳴が上がる。


「いや、そんなに驚かなくても。先ほどお声はかけたんですよ」

「お、黄丹おうに?」

「えっ?」


 恐る恐る振り返るとそこには不機嫌そうな顔をした黄丹さんが立っていた。


「すみません。気が付かなくて」


 ひと騒ぎすること数分。落ち着いた私は薬草茶をもう一つ用意して黄丹さんの前に置いた。


「ありがとうございます。ほぅ、冷たいお茶とは珍しい。香りも爽やかでこれからの季節にいいですね」


 薬草茶を一口飲んだ黄丹さんがにこりとほほ笑む。これなら患者さんにお出ししても多分大丈夫そうだ。なんてことを考えていたら。


「月白さん、先日は父の命を救っていただきありがとうございました」

「えっ? そんな大げさな」


 目の前でいきなり頭を下げる黄丹さんをびっくりして止める。私がしたのはあくまで応急処置だ。村長さんが元気になったのは村長さん自身の体力と医者の力だ。


「いえいえ、丁子先生も感心していました。良い薬師がきてくれてよかったと」

「いや、薬師ではないですから」

「そうなんです!」


 慌てて否定する私の手を黄丹さんが急にガシッと握ってくる。


 パシンッ。


 と、すぐに天が黄丹さんの手を叩き落す。おいおい。村長さんの息子になんてことしてんのよ。


「で? 何の御用で? お礼なら聞きましたので、どうぞお帰りを。村長さんが病み上がりでお忙しいでしょ?」


 慇懃無礼を絵に描いたような天の対応に私の方がハラハラしてしまう。でも、そんな天を一瞥すると黄丹さんは何事もなかったかのように話を続ける。


「月白さん、薬師試験を受けて正式にタイム村の薬師になっていただけませんか?」

「はぁ?」


 黄丹さんの突拍子もない話に思わず素っ頓狂な声がでてしまった。


「丁子先生が本職の薬師でもリュウノクサを扱える方は少ないと言っていました。ぜひ薬師としてタイム村に留まっていただいた方がいいとも」


 なんてことを言ってくれるんだ。黄丹さんの前だということをつい忘れて思いっきり顔を顰めてしまう。そんな私を華麗にスルーして黄丹さんがキラッキラの笑顔で続ける。


「もちろん、薬師試験にかかる費用はタイム村で負担いたします。バードックまでは乗合馬車もありますが、移動には村長の馬車をお使いください。私がお供いたします」


 王都の薬師協会ではなくバードックなのか。だったらバードックで医者をやっている丁子先生の推薦状なら文句なしだろう。って、いやいや、気にするところはそこではない。


「俺がついて行くので結構です! な? 月白?」


 えっ? いや、だからそういう問題ではないんだって。


「タイム村の薬師となっていただくのです。村長の息子として私がご案内するのが筋というものでしょう」

「単に月白と一緒にいたいだけだろ!」

「何を言っているんです!」

「月白、俺と行くよな?」

「月白さん、私がぜひ」

「あっ、あの、天で!」


 しまった!

 言った瞬間に自分で自分を呪った。黄丹さんと行くくらいならって思ったのだけれど、これじゃ行くことは承諾したみたいじゃないか。


「だよね!」

「そんな遠慮されなくても」

「さぁさぁ、お引き取りを。細かいことは後で俺が話しにいきますんで!」


 満面の笑顔で天が黄丹さんを薬屋から追い出す。

 あぁ、なんでこうなったんだろう。一体、いつになったら山小屋へ戻れるのだ? 私は心の中でひっそりと天を仰いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る